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オーシャンニューズレター

第283号(2012.05.20発行)

第283号(2012.05.20 発行)

新たな北極域砕氷船建造の必要性

[KEYWORDS] 砕氷船/北極域/海氷
北星学園大学社会福祉学部教授、九州大学名誉教授◆高橋孝三

韓国の北極研究始動計画を機に、日本でも北極研究を本格化しなければならない時期に来たと認識している。しかし、わが国には砕氷能力を有する北極研究のための観測船がないため、わが国独自での研究が進んでないのが現状となっている。
北極域砕氷船がないことにより、北極研究において日本が世界から取り残されることを危惧する。

極地研究の動向

韓国は、2009年に「アラオン」(6,950トン)という南極観測兼輸送砕氷船を就航させた。これは1988年以来、比較的海氷が少ない南極最北端に近いキングジョ-ジ島世宗(セソン)基地において砕氷船なしで科学研究を邁進して来た韓国にとっての大進展である。韓国は新たな韓国第二基地を2013年よりロス海側のテラノバ湾に建設を開始する予定になっており、さらなる南極での科学研究の発展計画がある。
韓国は、同船を新たな南極観測に活用するのみでなく、北極研究にも投入する計画だ。2013年夏に韓国は、「アラオン」を使いアメリカ合衆国・カナダとの共同での北極ボーフォート海掘削の予備調査を計画中である。この北極調査には、往復の航行日数も入れると約1.5カ月の同船の運航計画が組まれており、毎年2カ月程度の北極研究に使用計画とのことだ。
一方日本では、1958年来の砕氷船「宗谷」等を使用して南極観測を継続して来たが、これらの砕氷船は北極海の海氷域には乗り入れていない。理由は、海上自衛隊の運航する「しらせ」(11,600トン)等の空き日数の不足と聞いている。韓国ではできて、どうして日本ではできないのであろうか。筆者は、今回の韓国「アラオン」の北極研究始動計画を機に、日本でも北極研究を本格化しなければならない時期に来たと認識している。日本国内での北極研究は、例えば(独)海洋研究開発機構所属の、「みらい」(8,687トン)は、毎年のように北極のチュクチ海やボーフォート海の海氷外縁部で研究活動を行って来ているが、なにぶん砕氷船ではないため海氷域にはまったく入れない現状だ。

北極域への期待

■図1:IODP 302次航海において北極点の海氷に接岸した研究砕氷船「オーデン号」(スウェーデン)

■図2:IODP 302次航海時の北緯80度付近の氷海域での「ビダール・ビキング」(ノルウェー)、手前は「オーデン」(ともに筆者撮影)

近年の北極海を取り巻く環境は、温暖化を含め著しい変貌を見て来た。例えば、比較的高温の太平洋水のチュクチ海流れ込みが起き、一時的にではあるにせよ北西航路が開通した。また、北西航路周辺の海氷消滅に伴い、太平洋珪藻種が大西洋側まで運搬されてラブラドル海で発見された事実も目新しい。現在の北極海では、海氷域の減少に伴い北極用砕氷船なしでの研究範囲は広がりつつあるものの、依然として未知の部分は海氷域にあることが多い。日本として砕氷船なくして、今後の飛躍的な北極研究は有り得ない。
筆者は、2000年に北海道大学練習船「おしょろ丸」にて、チュクチ海航海に参加した。さらに、2004年には他の二名の日本人科学者と共にIODP統合国際深海掘削計画の北極掘削計画302次航海に参加して、氷海域北緯88度、水深1,250mのロモノソフ海嶺にて3船体制で海底掘削作業に従事もした(Ship & Ocean Newsletter 249号参照)。この航海で科学者チーム19名は、「オーデン」(スウェーデン、9,438トン)に乗船し、掘削船「ビダール・ビキング」(ノルウエー)との間をヘリコプターで行き来した(図1および2)。砕氷には、主として風上側で原子力砕氷船「ソビエツキー・ソユーズ」(ロシア、23,000トン)を駆使して大規模海氷破砕を行った。さらに、「オーデン」による細部の破砕を行って、「ビダール・ビキング」にかかる氷圧を細小化することに成功し、無事に海底掘削と428mに及ぶ堆積物コアリングを成功に導いた。

極地研究への課題

日本にも北極研究の専門家は多く存在する。南極研究でも既に実証済の通り、雪氷域からの試料の分析技術でも一部の研究では卓越しており、世界的に活躍している研究者も少なくない。また、(独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、毎日の北極海氷分布図をウエブ上に公開しており、世界に貢献していることは甚だ嬉しい(図3)。問題は、日本には北極用の砕氷船がないので、独自に試料採取に出かけることができないことだ。外国勢の助けを借りて、参加する程度のことしかできない。せめて「しらせ」の運航を整理して、南極だけではなく、年1.5カ月でも良いから北極の海氷域に入ってほしいと願う。「しらせ」は、現在防衛省に所属しており、北極観測は主として文部科学省の管轄なので、現在の縦割り行政の中で「しらせ」の有効活用には政治的な北極研究の方針設定が重要である。
最も道理に叶うのが、新たな砕氷船の建造を急ぐことだろう。事実、2000~2002年には、(社)日本深海技術協会主催による「次期観測船の開発に関する調査」委員会が開催され、筆者もこの委員会に参加する機会を得た。造船会社各社代表が参加しており、理想の砕氷船についての詳細検討を行った経緯がある。しかし、その後この計画は立ち消え、実行には至っていない。北極観測用の新造すべき砕氷船は、「しらせ」の若干小型版の1万トンクラスが望ましい。これ以上小さいと特に夏以外の季節では、単独で氷海深部へ入れない可能性が増加する。北極海での単独砕氷には多量の燃料を消費する故、「オーデン」の様に大型の重油タンクを仕様に組込むべきだ。海氷域で行うべき研究には、海洋学の多くの分野が考えられる。例えば、海水、海氷、大気、地殻に関する物理、化学、生物、地球科学がある。特に温暖化で北極海氷が消滅する前の、海氷中・海氷底面のアイスアルジー(植物プランクトンの一種)研究は重要だ。また、海底堆積物採取、海底下の物理探査や海底下のメタンハイドレートの研究も欠かせない。
前述のIODP北極掘削結果として、われわれは有機物が多量に含まれる堆積物を発見した。これを機に世界の経済界は、特に石油と天然ガスに関してだが、北極圏に対する触手を動かし始めた。一例として2007年8月には、ロシア海軍潜水艇によるロモノソフ海嶺上北極点でのロシア国旗設置が話題となった。これは、「同海嶺がロシア大陸棚の延長上だ」という主張に基づく資源競争の表現と取られている。日本での砕氷船構想が裁ち切れになって10年経った今、北極研究も進み、天然ガス、石油、メタンハイドレート等資源競争の激化のおり、科学研究においても日本は北極圏で活動しなければならないと考える。韓国の「アラオン」に協力を頂くほかないと思われるが、日本独自の砕氷船を早急に建造しないと、すべての面で北極研究では世界から取り残される危惧を抱くのは、筆者ばかりではないであろう。(了)

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