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オーシャンニューズレター

第283号(2012.05.20発行)

第283号(2012.05.20 発行)

運輸安全委員会の船舶事故調査について

[KEYWORDS] 運輸安全委員会/事故調査/事故の再発防止
国土交通省運輸安全委員会事務局長◆大須賀英郎
国土交通省運輸安全委員会次席船舶事故調査官◆金子栄喜

運輸安全委員会は2008年10月の発足により、それまで海難審判庁が行ってきた海難の調査を、航空事故調査、鉄道事故調査と並ぶ「船舶事故調査」として行ってきた。
調査開始から3年、運輸安全委員会は漁船の沈没事故などの重大事故も含めて約4,000件(平成23年末)について報告書を重ねてきた。具体的な事例も交えて委員会の船舶事故調査について紹介する。

新たな船舶事故調査とは

運輸安全委員会が2008年10月の発足により、それまで海難審判庁が行ってきた海難の調査を航空事故調査、鉄道事故調査と並ぶ「船舶事故調査」として開始してから3年が経過し、漁船の沈没事故などの重大事故も含めて約4,000件(平成23年末)について順次報告書を世に問うてきたところである。
委員会による事故調査は、それまでの海難審判のような、事故原因としての船員の行為や懲戒を課すことに重点を置いた事故調査では必ずしも十分に尽くされていなかったような点、すなわち、(1)事故の発生の工学的なメカニズムに迫るとともにヒューマンファクターを考慮してきめ細かなメッシュで調査を行うこと、(2)単一の原因に留まらず事故の発生に関わった多くの要因のそれぞれについて再発防止の措置を執ることができる者に直接提言していくこと、(3)被害者のサバイバルファクターの観点から被害の原因の究明を行うこと、などを実現することが求められていると言えよう。さらに、そのために、同一の国際標準の下で事故調査を行う各国の機関と協力し連携すること、また、最近の世界的な流れを受け、被害者等の関係者への適時適切な情報提供を行うことなども必要になってきた。以下、これらについての具体的な事例も交えて、委員会の船舶事故調査について紹介したい。

事故分析の精緻化と国際的な枠組みでの調査

■傾斜後乗揚げたフェリー

事故調査に当たっては、400メートルの大規模な実験水槽を有する(独)海上技術安全研究所(海技研)をはじめとする、独立行政法人や各大学のリソースも最大限に活用することとし、船舶の転覆・沈没メカニズムについての実験・解析の実施や、各分野の専門家に専門委員としての調査への参加・情報提供を依頼している。例えば、「巻き網漁船の斜め追い波航行中の危険性」(漁船第十一大栄丸沈没2009/4/14)、「高波高の追い波中の危険範囲での航行」(フェリーありあけ船体傾斜2009/11/14)などの各重大事故の調査において、事故のメカニズムを客観的・科学的な視点から明らかにしてきている。また、解析の基礎となる詳細なデータも可能な限り報告書に添付し、事後の検証を可能にするとともに、研究者の利用に資するものとなるように努めている。
2011年1月に、SOLAS条約第XI-1章に「海上事故及び海上インシデント調査についての要件」が追加され強制規定となったことから、各国の船舶事故調査が標準化された国際的な枠組みが確立された。国際標準の制度が審判制度と比べて画期的なことは、責任追及の手続きと分離するとともに、外国の船舶や船舶管理会社等に対して、条約に基づいて再発防止対策を求める安全勧告等を発出できることである。
委員会では、旗国、船舶管理会社等に対して安全勧告の発出を積極的に行っている。一例を挙げると、2010年3月神戸港の岸壁において発生した、コンテナ専用船KUOCHANG(中国香港籍)の着岸作業中の作業員死亡事故では、台湾の船舶管理会社に対して勧告を行うとともに、旗国である中国香港政府に対しても指導監督についての安全勧告を発出し、香港政府からは必要な措置をとる旨の回答を得ている。また、委員会の事故事例は、IMOの委員会に提供され、事故の教訓が船員向けの教訓集としてまとめられて各国関係者と共有されるほか、貨物船RICKMERS JAKARTAのクレーン滑車が割損し貨物がはしけに落下して作業員が死傷した事故事例(2006/4/3)は、新たな安全規則の議論のために活用されている。

再発防止のための提言

海難審判庁の末期においても、筆者等が関わって関係行政機関へ意見を述べることができるように法改正を行ったが、審判制度の下では個々の裁決の中で関係機関に意見を発出することはできなかった。委員会となり、関係機関への意見に加え、原因関係者に対しても勧告を行うことができるようになったので、これを活用しつつ再発防止を求めている。例えば、2010年5月西表島から石垣島に向け航行中の旅客船第九十八あんえい号において、荒天中の旅客の誘導等が適切でなく、旅客2名が負傷した事故では、荒天時安全運航マニュアルを作成すること等が勧告された。また、同種事故が多発し、多くの旅客が腰椎圧迫骨折等を負っていたことが明らかになったため、国土交通大臣に対して、高速船等の旅客船を運航する事業者に、荒天時安全運航マニュアルの作成を指導する旨の意見が発出された。

被害者等の関係者への積極的な情報提供とより分かり易い報告

■シミュレータでの事故再現

一般に、事故の被害者やご遺族の切実な希望は、事故の原因や状況を一刻も早く知りたいということだと言ってよい。運輸安全委員会設置法制定時の議員修正により、被害者等の関係者への適時適切な情報提供の規定が追加されたことは、事故調査の新たな方向を先取りするものとして画期的であったといえよう。委員会はその実施のため、報告書公表時に限らず、被害者等の関係者の要望に応じて情報提供を行うこととしている。前述の漁船第十一大栄丸や第七浩洋丸の沈没事故(2008/9/21)においては、報告書公表直後に、被害者、ご遺族に対して現地で報告書の説明を行った。他の事故でも、報告書公表以前に調査の進捗の状況について説明を行ったケースもある。
重大な事故については、原因と再発防止の重要性をよりよく理解いただくため、実験の映像や事故に至る経緯をシミュレーションで再現した画像等を報告書の公表時に併せて公開している。コンテナ船CARINA STARと護衛艦くらまが衝突した事故(2009/10/27)では、海技研のシミュレータを使って衝突までの状況を正確に再現し公表した。また、漁船の転覆、沈没事故の報告書の公表の際には、転覆等の水槽実験の映像を公表し、海水の打ち込みの危険性について、よりよい理解が得られるよう配慮した。ちなみに、これらの映像は当委員会のホームページ上で閲覧可能になっている。

おわりに

委員会が発足してから、事故の再発防止の成果が挙がっていると信じたいところではあるが、最近においても、残念ながら、社会的に注目される重大事故も引き続き発生している。運輸安全委員会が事故の再発防止のために原因究明の調査を行っていくには、事故に関係した方々からありのままの貴重な証言が得られることが不可欠である。委員会の調査の目的は、原因を究明し、教訓を共有して再発防止を図ることであり、だれが悪かったのかの責任追及をするものではない。運輸の安全の向上のため、皆様の調査へのより一層のご支援をお願いする次第である。(了)

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