Ocean Newsletter
第281号(2012.04.20発行)
- NPO法人宇宙利用を推進する会技術調査部長◆木内英一
- 海上自衛隊幹部学校研究部員◆後瀉(うしろがた)桂太郎
- ワイン・ライター◆飯山ユリ
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所名誉教授)◆秋道智彌
ブドウ畑の島 一 海風の聞こえるワイン
[KEYWORDS]ワイン/ワイヘキ島/東オーストラリア海流ワイン・ライター◆飯山ユリ
ワイン産地として有名なニュージーランド。そのなかでもワイヘキ島のブドウ畑には新鮮な驚きがある。ブドウ畑は普通の人が訪ねてワインを楽しむ場所ではないが、この小さな島では紺碧の空や青い海がブドウ畑の畝の奥に見えて、それは自然色のパレットを使って描いた絵のようで避暑地とみまごうばかりである。
ブドウ畑の島
なにげない飲食が印象的になるのは空気や景色の効果が大きい。ここの海もそうだ。恐ろしい姿を現すのも海であるが静かで美しい海辺の風景に人々は理屈なしに惹き付けられる。たっぷりの陽射しを浴び、風の流れや排水のよい、一定の高度にあるなだらかな斜面が優良なワインを作るためのブドウ畑の定位置であるとすれば、海岸に近い台地や丘陵にブドウ畑があるなどは規定外のようにみえる。まして、それが小さな島にあるとすればなおさらだ。
ニュージーランドのワイヘキ島は、北島の大都市オークランドに接するハウラキ湾にすっぽり包まれた所にあり車で1時間もあれば島を一回りできてしまうような非常に小さな島で複雑な地形が島を構成している。おおざっぱに島の地図をみれば、左を向いた毛むくじゃらのテリア犬が走っているようにも見え、毛先にあたる沿岸線は長く複雑に入り組んでいる。東を向く頭の部分ではオリーブなどの生産が多く、首から尾にかけての地区に約23のブドウ畑とワイナリーがある。そこへはオークランドの中心部にあるフェリー乗り場から毎時に出るフェリーでほんの30分程度で着く。船内にはパソコンを開く通勤ビジネスマンにワイナリー巡りや海遊びを楽しむ人たちが交じり、路線バスのような感覚だ。
ワイン造りに適した気候
■ワイヘキ島
ニュージーランドでは国の主要な農産物としてワインがある。イギリス人探検家キャプテン・クックがニュージーランド海岸線を測量した1643年からイギリス人子孫や欧州移民が始めたワイナリーは当初からヨーロッパ志向のワイン造りをしてきた。
国土はほぼ日本と同じ大きさで南北に細長い2つの島で構成されるニュージーランドは、島の東と西に流れる東オーストラリア海流のおかげで全般的には温暖な気候であるが、南極からの冷風や雨、オーストラリア大陸の気候の影響でワインの出来はヴィンテジ(収穫年)に左右される部分があり、ワイナリーでのワインの解説がまずヴィンテジの説明から始まるのは新世界ワインでありながらフランスワインのようでもある。
南極からの冷たい風が吹きつける南島の西海岸は曇りや雨が多いが南北に連なるサザン・アルプスに遮られたクイーンズタウンあたりのセントラルオタゴ地区は冷涼な気候を好むピノノアールの新進の産地として注目されている。南島の北端にあるマールボロ地区はライムのような柑橘系の香りや味が特徴のソービニヨンブランを産出して世界中の人気を集めニュージーランドスタイルを確立した。
北島にはクラシックなピノノアールの産地として古くからの銘産地であるマーチンボロや、赤ワインの産地として温暖なホークスベイなどがある。
ワイヘキ島を北半球に置き換えてみれば、イタリアのシシリー島南端あたりである。シシリーのワインが主としてイタリア品種を使ったアルコール度のやや高い日常向けの白ワインや赤ワインを作っているのに比べて、ワイヘキ島ではボルドータイプのニュージーランドを代表する豊潤な赤ワインが作られている。
ボルドータイプとはフランスのボルドーをならってカベルネソービニヨン、メルロー、カベルネフラン、プチヴェルド、マルベックの中から選んで混醸して作られる長熟型の本格赤ワインである。ボルドー始め、北半球のブドウ畑は一般的に太陽の動きに合わせて南東向きや南西向きの斜面が好まれる中、ワイヘキ島のオネタギビーチからほんの1キロ程度内陸に入ったところにあるストーニーリッジの畑は南西の冷風を背に受けるよう北向きに造られて世界的なワイン「ラ・ローズ」を生産する。
3月の真夏には湾の懐に包まれている島は日陰でも30度を超えるという乾燥した気候とジュラシック期の岩がまざった痩せた粘度土がなだらかな斜面を作る起伏の多い島はブドウづくりに恵まれている上に近代的なブドウ畑の管理と伝統的なワインづくりが共存する。
海とワインを楽しむ
ワインを価値あるものにするには、ワインの品質が優れていることはいうまでもないが、実際にワインを賞味するには多くの付加的要素が必要となっている。どんな高級ワインであっても適切な環境がそなわらなければ実力を完全に発揮できないものである。その一方でシチュエーションに恵まれてデイリーワインが存外にワインをおいしく感じる経験はだれもが持っているだろう。ワインは様々な場所で楽しめるものではあるが地場の季節の食材をつかった料理を伴えば「場」は整い、それを楽しむ連れがあれば尚更で、風景が加わればほぼ完成する。
四季を通じて美しい姿を見せる丘の斜面のブドウ畑を眺める景色は世界中で非常に良く似ている。もし、目隠ししてどこかの国の整然とブドウの木が植えられた陸地の畑の近くに降ろされたとしたら、そこがどこであるか分かるのに時間がかかるかもしれない。ワイヘキ島の青い海を背景にしたブドウ畑は舞台が変わったような新鮮さがある。
カリフォルニアには太平洋の寒風を浴びる沿岸近くの斜面の畑は少なくないがほとんどが農地としてのブドウ畑で普通の人が訪ねてワインを楽しむ場所ではない。しかし、この小さな島では紺碧の空や青い海がブドウ畑の畝の奥に見えて、それは自然色のパレットを使って描いた絵のようでもあり夏の避暑地と勘違いしてしまいそうだ。輸送のショックを経験することもなく醸造所での静かな熟成の眠りから覚めさせられた赤ワインは、あたりの空気を含んで時間の動きとともに最も純粋な変化の姿を見せる。あたりに漂う赤ワインの香りと海の景色からは風や波音が聞こえるようで幸せな無口になる。(了)
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