Ocean Newsletter
第281号(2012.04.20発行)
- NPO法人宇宙利用を推進する会技術調査部長◆木内英一
- 海上自衛隊幹部学校研究部員◆後瀉(うしろがた)桂太郎
- ワイン・ライター◆飯山ユリ
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所名誉教授)◆秋道智彌
米国防費削減がわが国に及ぼす影響
[KEYWORDS]米国国防予算の大幅削減/日本の役割/海洋安全保障海上自衛隊幹部学校研究部員◆後瀉(うしろがた)桂太郎
今後米国は大幅な国防予算削減と米軍の再編を断行する。削減の度合いについてはまだ不透明であるが、米軍は一部国家のアクセス阻止/エリア拒否(A2/AD)能力拡大とアジア太平洋および中東情勢を見据えて再編を進める傍ら、わが国に対し、さらなる安全保障上の役割分担を期待するだろう。
わが国はこの情勢を受動的に捉えるのではなく、海洋の自由に恩恵を受ける国家として積極的に役割分担を果たし、国益の確保と拡大に努めるべきである。
米国の財政支出削減に関する動向
米国は2011年8月に成立した"Budget Control Act"(予算管理法)に基づき、財政支出の大幅削減を進めている。しかし、削減案をとりまとめるための与野党協議は同年11月に決裂したままである。予算管理法にはトリガー条項が設けられており、同法が改正されず、かつ2013年1月までに削減案が妥結に至らない場合、トリガー条項に基づく最大5,000億ドル規模の国防予算が追加削減される※1。下院軍事委員会の試算(表参照)によれば、米軍の規模は歴史的低水準に陥るとされている。
このような財政上の懸念が存在するなかで、2012年1月から2月にかけ、国防省から"Defense Budget Priorities and Choices"(「国防予算計画」)および「2013会計年度 国防予算要求」という二つの予算関連文書が公表された。ともに後述する"Sustaining U.S. Global Leadership"(米国の世界的リーダーシップの維持一21世紀の国防の優先事項一:以下、「戦略ガイダンス」)の内容を多数引用しており、財政支出削減という要因だけではなく、戦略から導き出された予算であることを国防省は強調している。
トリガー条項による削減とは別に、国防予算は今後10年間に従来の見積もりから約5,000億ドル削減される。国防省は具体的に、イラク、アフガニスタンからの戦闘部隊の撤収に合わせた陸軍・海兵隊計約10万人の削減、巡洋艦7隻およびドック型揚陸艦2隻の早期退役、F-35の調達時期を繰り下げ、米欧州軍の2個歩兵旅団削減等の措置を講じる旨を表明している。
「国防予算計画」等を見る限り、アジア太平洋での米軍の削減幅は限定的であると考えられる。ただし、中東情勢が緊迫した場合、一時的であれアジア太平洋地域における米軍戦力が手薄になる可能性は否定できない。なぜなら、米中央軍には基本的に司令部機能しかないため、欧州軍等が大幅に削減される以上、作戦部隊の多くを派遣し得るのは米本国および太平洋軍ということになるからである。今後、中東の緊張が高まる場合、アジア太平洋に残る米軍戦力を、わが国をはじめとするアジア太平洋の同盟国・友好国によって、いかに補完するのかが問題となる。
米国国防戦略の転換
このような厳しい財政的制約の下、米軍は今後どのような戦い方をしようとしているのであろうか。
本年1月5日、米国防省は「戦略ガイダンス」を公表した。パネッタ国防長官の冒頭言によれば、本文書は「コンパクトで機動性のある米軍」に再編するための指針である※2。
「戦略ガイダンス」に引き続き、本年1月17日にはJOAC(Joint Operational Access Concept)が公表された※3。「戦略ガイダンス」によれば、JOACは、一部の国家および非国家が向上させつつあるアクセス阻止/エリア拒否(A2/AD:Anti-Access/Area-Denial)能力に米統合軍として対抗するために実行するものである。
また、2月20日には "The American Interest" ホームページ上でシュワルツ空軍参謀総長とグリナート海軍作戦部長の連名による "Air-Sea Battle" が発表された。エアシーバトルはJOACの "key element"であり、海空軍はエアシーバトル構想に基づいて高度に統合(integrate)されると述べられている。今後エアシーバトルは太平洋軍、中央軍等、各作戦部隊指揮官の手により具体的な作戦計画へと発展することになる。
わが国の対応
「国防予算計画」において米国は、アジア太平洋と中東における兵力のリバランスについて触れ、その中で「アジア太平洋では海空軍を重視し、地上戦力は現状を維持する」と言及している。パネッタ国防長官は陸軍兵力を主体とする在韓米軍の現状維持を表明していることから、地上戦力の現状維持とは、主として朝鮮半島有事を想定するものであると考えられる。一方、海洋が大半を占めるアジア太平洋の島嶼部では、海、空、宇宙そしてサイバー空間にある脅威に対応することとなり、海空軍が主体となる。
このように、米国は現在厳しい財政支出削減に取り組むと同時に、国防戦略の一大転換を図っている。同様に厳しい財政事情を抱えるわが国は、同盟国である米国の戦略転換期にあって、不断の情勢判断と、要すれば防衛態勢の見直しを主体的に検討し、限りあるリソースを効率的に「選択」と「集中」する必要がある。
海洋国家であり島国国家であるわが国の繁栄の源は、言うまでもなく海洋を通じた貿易と資源の確保である。つまり、海洋の自由=グローバルコモンズの恩恵を誰よりも受けているのは、他でもなくわが国である。海洋が一部の国家の専有物ではなく「コモンズ」、すなわち公共財であるという前提が崩れた場合、それはわが国の存立に関わるものである。
そして、島嶼部と海洋における主たる脅威は、前述のとおり海、空、宇宙そしてサイバー空間にある。具体的には、長距離精密誘導武器や長距離攻撃機、潜水艦といった装備を中心とするA2/AD能力が中心となる。わが国が今後の防衛態勢を検討するにあたっては、いかにこれら高度なA2/AD能力に対抗するのか、ということが一つの焦点になる。
また、米軍の再編と国防戦略の転換に伴い、日米同盟に基づくわが国と米国の役割分担についても変化する可能性がある。その際、わが国が主体的に変革することは、自らの死活的国益を確保するとともに同盟国を強力にサポートし、さらにはアジア太平洋地域におけるわが国の戦略的選択肢を拡大させ、再び成長するための礎石ともなるのである。(了)
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