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オーシャンニューズレター

第270号(2011.11.05発行)

第270号(2011.11.05 発行)

次世代に海を引き継ぐために「ネレウス・海の未来プログラム」始動

[KEYWORDS] 海の世界の人づくり/持続可能な漁業/資源管理
NF-UBC ネレウス・海の未来プログラム 副統括(Co-Director)、ブリティッシュコロンビア大学 上級研究員◆太田義孝

日本財団とブリティッシュコロンビア大学の共同による「ネレウス・海の未来プログラム」が2011年秋に始動した。
海は一つであり、私たちはその海を共有している。
魚資源の枯渇の問題は人類の共通の課題であり、持続可能な漁業のためには国境や立場を超えた共通理解を深めることのできる海の人材を育成することを目的としている。

はじめに

■ネレウスプログラム:http://www.nereusprogram.org

日本財団は、これまで総合的な漁業資源管理と海洋保全を積極的に行ってきたブリティッシュコロンビア大学と共同で、世界初の取り組みとして、国際海洋プログラム『ネレウス・海の未来プログラム NF-UBC Nereus Program』を2011年秋より開始している。このプログラムは、「魚資源の枯渇の問題は、世界人類の共通の課題であり、私たちは個々の利害や視野を超えてこの問題解決に取り組まなければならない」という理念に基づき、海洋関係者が異なった視点から総合的に海の問題を理解する経験と、未来につながる多分野横断的な人のつながり(インターリンケージ)を育む「日本財団・海の世界の人づくり事業」の一環として実施されている。

ネレウス登場の背景 ― 魚資源の枯渇と持続可能な漁業のための海の人材育成

魚資源の枯渇は、海洋生態系、生物多様性の保全という海洋環境に関する問題であると同時に世界の食糧安全保障と水産雇用にかかわる社会的問題でもある。また、私たちがよく食べる大型魚(マグロ等)は海洋を広範囲に移動し、 加えて多くの魚は国際取引によって国境を超える。そのため、持続可能な漁業と海洋保全の実現には、分野横断的かつ国際的な視野を持って進めることが必要である。そのような要請に応えて、世界の海の未来を見据え、正しい魚資源管理と利用を実践するための新たな海洋科学プログラム、「NF-UBC ネレウス・海の未来プログラム」が登場したのである。
魚は、食を通して培われた伝統と水産(漁業、流通、加工)に関わる人々の生きる糧として強く私たち日本人の生活、社会に結びついている。しかし、既存の課題であった漁業関係者の高齢化や水産雇用の減少はとどまらず、また、輸入の増大は水産の自国供給率を低下させている。それに加えて、今回の東日本大震災は日本の魚供給に大きな打撃を与え、私たち自身が食卓を通して魚と海の関係を見直す必要に迫られている。
漁獲高は世界的に見ても過去20年間にわたり停滞しているか、減少傾向にある。1960年代から技術の発展等によって漁獲能力が飛躍的に向上したにもかかわらず、現在の魚の供給量は1980年代当時の量を下回っている。地域的に言えば、北大西洋海域では、一隻の底引き網船の漁獲高は一世紀前の漁獲高の5~10%まで減少しており、また東南アジアでも、漁獲高は40年間で50%まで落ち込み、西アフリカでは、大型魚種の漁獲が最高時の5~10%まで減少している。唯一、環境負荷の高い養殖生産のみが拡大しているが、天然の魚資源の枯渇は、世界規模で海の生態系を壊し、次世代に引き継ぐべき豊かな海に深刻な脅威を与えていると言えよう。
日本、または世界においても、漁業は食糧を安定して供給するために非常に重要な生産活動である。しかし、上記の現状から海が未来の世代に十分な魚を供給できないという懸念が漁師や科学者ら漁業専門家の間で広がっている。魚資源の枯渇問題は、専門家そして漁師が一体となって解決すべき課題であり、まずは、人間活動も含めて海に影響をおよぼす要素を正確に認識し、多様な視点から今の海の姿と変化の傾向を予測することが必要である。
しかし、欧米をはじめとして、海洋保全学(Marine Conservation)や単一種の漁業資源管理を中心としたスタンダードな水産学は発展したにも関わらず、社会・自然科学を統合した学際的なアプローチによる取り組みは限られている。ましてや、国際的な規模で長期的な取り組みとして、魚資源の問題に対し調査研究、人材育成そして一般への周知啓発をもって向き合う海洋プログラムはこれまで存在しなかった。

日本財団・ブリティッシュコロンビア大大学共同プログラム ― ネレウス・海の未来プログラム

ネレウスプログラムは、調査研究・人材育成・周知啓発の三つを行い、科学的研究を基盤とした持続可能な漁業と海洋保全の促進を目的としている。参加研究機関は、カナダ・ブリティッシュコロンビア大学を含めた、6つの大学・研究機関(英国・ケンブリッジ大学、米国・プリンストン大学、デューク大学、スウェーデン・ストックホルム大学、英国・世界自然保全モニタリングセンター)であり、日本財団と共同にて、2011年9月より、1期3年、2期3年、3期2年(計8年)の研究期間で遂行される。調査研究としては、生態学・経済学・保全学・地理学・生物学・人類学等の研究者の参加によって、魚資源の在り方、海の生態系の状態を含めて"2050年の海の未来"を予測し、それに基づいて、より健全で持続可能な魚資源管理を続けるための管理制度や水産流通システムの在り方を考察する。その上で、必要とされる管理制度、流通システムなどの実践的な分析を行い、具体的な政策提言をもって戦略的な国際魚資源管理の向上に寄与する。
この取り組みに加え、プログラムでは、「魚は本当にどのぐらい減っているのか?」「国際機関は、国は、個人は資源保全のために何をすればいいのか?」という一般的な質問に答えるべく、国際セミナー・シンポジウム・ワークショップ等を自ら開催していく。また、国内外に研究成果の情報発信も積極的に行っていくことを考えている。
プログラムの主要目的である人材育成としては、各連携機関に専門分野の異なった若手研究員が配置され(博士課程、ポストドク各1名)、魚資源問題解決のための専門的研究を行う。これらの研究は、最終的には、海洋生態系・地理空間分布モデル等を使ってネレウスの下に統合される、参加研究員は、各研究成果を最終的な統合研究にまとめる全てのプロセスに参加することによって、総合的かつグローバルな視点に立ち、分野横断的議論と学際的研究の経験を積んでいく。ネレウスプログラムでは、最終目標として、「学際的視野」と「コミュニケーション能力」そして、「政策的思考」を伴った研究者を輩出し、持続可能な漁業の実現に寄与する総合的な海洋科学ネットワークの構築を目指している。

まとめ

日本は、海を介して世界とつながる素晴らしい伝統と知識を持つ海洋国である。今後、ネレウスネットワークには日本研究者の参加が不可欠であるのは言うまでもなく、『知識と人材のつながり』というプログラムの指針に是非ご賛同頂きたい。海は一つであり、私たちはその海を共有している。この事実を理念とし、ネレウスプログラムは、立場を超えた共通理解を深めることのできる人材の育成、海洋のバランスを考えた地域的、国際的な資源管理の在り方を追求した研究、そして政策実践を可能にする人々の協力の拡大を世界規模で進めていきたい。(了)

※ 太田義孝 個人ブログ:http://blog.canpan.info/otanereus

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