Ocean Newsletter
第268号(2011.10.05発行)
- 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授◆佐藤愼司
- 公益財団法人原子力安全研究協会会長◆松浦祥次郎
- 海の中道海洋生態科学館 館長◆高田浩二
- 「21世紀の海洋教育に関するグランドデザイン」が完成
- ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男
海への礼、水族への恩を返す場としての水族館
[KEYWORDS]水族館/社会教育機関/海洋教育海の中道海洋生態科学館 館長◆高田浩二
わが国において、海洋教育の充実は様々な視点から最重要課題でもある。
生きている水族を扱う自然系博物館である水族館を、学校教育だけでなく、大学、企業、市民団体、行政、他の博物館、図書館、公民館など様々な機関と連携し、「海洋の学び」に活用すべきと考える。
プロローグ
海洋や河川などの水辺環境や、そこにすむ多種多様な水族の情報を入手する(学ぶ)ために、私たちはこれまで、どのような学習の機会や場を供与されてきただろうか。思い返せば、わが幼少時代は、今のように、簡単便利に知りたいことが手に入る情報氾濫社会ではなかった。海や水族への興味・関心を埋める手段は、もっぱら科学雑誌や図鑑を読んだり、水族館を訪問したり、海水浴や釣り、潮干狩りなどの自然体験からでもあった。ありがたいことに、かつては身近に白砂青松の海岸があり、水族館にも路面電車で行ける場所に住んでいた。
一方、義務教育では、理科にフナやカエルの解剖はあったけれど、海洋からの恵みを広い視野で学んだ授業の記憶は浮かんでこない。美しかった砂浜や干潟、磯などの自然海岸は、暮らしの利便や安全を求め埋め立てられ、頑強な波消しブロックや護岸に変容した。それだけが要因でないにせよ、子どもたちは室内に遊び場を求め、より娯楽性を強くしたレクリエーション施設が人々を余暇の場として迎えるようになった。
時代の変遷を通してみても、学校教育だけでなく社会教育でも、計画的で内容の充実した海洋教育が組織的に取り組まれてきた事例は多くはない。海洋で囲まれたわが国において、海洋教育の充実は様々な視点から最重要課題でもある。このような中、生きている水族を扱う自然系博物館である水族館を、学校教育だけでなく、大学、企業、市民団体、行政、他の博物館、図書館、公民館など様々な機関と連携し「海洋の学び」に活用しない手はない。
誰のための水族館か
水族館人の仕事に就いて35年を経過したが、「いつ頃、なぜ、水族館で働きたいと思ったのか」とよく質問される。少年時代は前述のように、どの子も通った道なのだが、海へ強く関心をもつきっかけになったのは、多感な高校生時代に海洋調査船のテレビ番組『エンデバー号の探検』に出会ったからで、また生物部に所属していたこともあり、迷うことなく不思議に満ちた海洋生物の世界へ飛び込んだ。水産学関係の大学に進み、将来は生きている水族と日々過ごせる水族館で働くことを夢見ていた。その頃、多くの幸運や支援もあって念願の水族館人となれたが、ただここが私のゴールではなかった。
最初は魚類の飼育係としての採用であったが、学生時代に取得した学芸員資格は、水族館を博物館としてより社会教育機能を充実させるためのものであり、このまま大好きな魚に寄り添い探求する日々を過ごすのは、私自身の興味を埋めるための目的でしかないことに気付いた。少なくとも水族館は、私と同じように海を目指したいと思う青少年や、その夢を実現してあげたいと思う保護者のためにもあらなくてはならない。つまり、利用者が主体の施設であるべきであり、そのためには、多くの人々に「私の好き」を広め、水族の魅力を知っていただく必要があった。しかし、水槽の魚を観察しても彼等はヒトの言葉は話さない。水族にも水族館に来るまでのエピソードがあり、自慢したい特徴もあるに違いなく、私が通訳をしなければ、内に秘めた情報は伝わらない。そもそも水族館に来た水族の使命は、ヒトと出会い外観を見せるだけではない。両者の交流を通して、その生き様や棲んでいた水域にも関心を寄せてもらうことにあるのだ。
私はかつてこの道に就いてから、「ヒトはなぜ動物を飼うのか」ということを深く考え、纏めたことがある。動物の一種であるヒトが動物を飼育する文化は、いつどのような背景で生まれ発展し、今日の動物園や水族館という姿に変容してきたのか。また、時代の要求と共に変遷した動物園や水族館が、飼育生物とどんな関係を結び、彼等へどのような責任を返すべきかを模索した。これは、動物を飼う意義をペットや家畜としてではなく、公益性の高い社会教育機関である動物園や水族館でどう位置づけるかという自問自答でもあった。
海への礼を返すために
水族館や博物館の定義は、多くの場合「様々な学術資料を調査、研究、収集、保管し、公衆に展覧する場」と解釈されているが、私はこれだけでは、集めた水族たちに十分な礼が返せていないものと感じてきた。つまり、水族たちに十分な飼育環境(繁殖や摂餌など)を与えるだけでなく、彼等のもつ情報をいかんなく発信してあげることも、大きな責務であると思ったからだ。情報発信には受け取る相手があり、またそこに感動と理解が伴わねばうまく伝わらない。これこそが教育の役目であり、教育の責務がきちんと果たせてこそ動物や水族への礼が尽くせ、それが動物福祉にもなるという解釈が、前述の自問への答えとなった。
私はこれまで、水族館の展示開発や解説などの情報発信だけでなく、様々な教材やプログラムを開発しての教育活動、学校教育連携、社会教育連携などにも取り組んできた。また、生きた水族や自然環境を活用した実物教育だけでなく、ITと呼ばれる情報機器を活用し、館の外にいる人々との交流にも活用してきた。それらは、出張展示や出張講話などともあわせてアウトリーチ活動とも呼ばれるが、顧客は館外のほうがはるかに多いことから考えても必然の活動だろう。また、大学での講義、実習生指導、市民塾などを通しての人材育成にも力を入れている。さらには、水族たちを紹介する著書や連載などの執筆の仕事も、来館されずとも分かりやすく海洋や水族に関心を深めていただく方策の一つである。水族館人にできることは、海のように広大でありまた奥が深い。この仕事を通して、海への礼が返せるのもありがたい立場と感謝する日々である。(了)
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