Ocean Newsletter
第264号(2011.08.05発行)
- 東京海洋大学海洋科学部教授◆神田穣太
東京海洋大学海洋科学部教授◆石丸 隆 - 元海上自衛隊幹部学校長◆岡 俊彦
- (独)海洋研究開発機構 インド洋太平洋海洋気候研究チーム チームリーダー◆安藤健太郎
- 第4回海洋立国推進功労者表彰の受賞者決定
- ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男
東日本大震災における海上自衛隊の活動について
[KEYWORDS]海洋安全保障/海からのアクセス/左警戒右見張レ元海上自衛隊幹部学校長◆岡 俊彦
自衛隊は、3月11日の発災以来、10万人規模の陸海空部隊を派遣して対応してきた。現在は、漸次規模を縮小しつつも、行方不明者の捜索、生活支援等の活動を継続している。
この間、国内外から、その即応性と行動力、とりわけ無私献身的な活動に対して最大級の賛辞が寄せられてきた。ここでは、自衛隊の中でも国民の目の届きにくい海上を舞台とする海上自衛隊の特徴ある活動状況を概観する。
即応性発揮は訓練の賜物
発災6分後の14時52分に岩手県知事から最初の災害派遣要請がなされ、海上自衛隊はその5分後の14時57分に、大湊航空基地からヘリコプターを偵察等のため離陸させている。その後、近傍の基地から相次いでヘリコプターを発進させるとともに、15時19分には八戸基地からP-3C哨戒機が現場に向け発進した。また、艦艇部隊も15時39分に護衛艦「さわゆき」が横須賀を出港し、以降、各基地から所要の災害派遣用資材等を搭載した艦艇が逐次出港した。翌12日までに約20隻が、13日には約60隻が現場において活動を開始した。このように初動の対応は極めて円滑になされた。これは、阪神淡路大震災以来、地方自治体の意識の向上と、海上自衛隊を含む自衛隊との各地震対処計画に基づく協同防災訓練が浸透した結果である。また、自衛隊では、「日本海溝千島海溝周辺型地震対処計画」が決裁直前であったことが、初めての統合運用の円滑な実施に寄与した。
海上自衛隊の活動状況
海上自衛隊は、人員約1万5,000名、艦艇等約60隻、航空機約100機を派遣し、7月1日現在、救助した人員約9百名、収容したご遺体約420体、漂流船舶の発見・通報約2百隻、給水支援約40万5千リットル、糧食支援約23万5千食、毛布提供約1万3千枚、診療支援約5千名、入浴支援を含む被災者支援約6万7千名などの実績を挙げている。
海上自衛隊の保有艦艇数は、災害派遣には向かない潜水艦や補助艦艇を除けば約100隻であり、通常は、修理中の艦艇を除く稼動隻数は、約70から80隻である。このうち60隻の稼動艦艇を確保するために海上自衛隊は、アセアン地域フォーラム(ARF)災害救助実働訓練のためインドネシアに派遣していた艦艇を中途帰国させるとともに、シンガポール等で実施予定の掃海訓練への参加を取りやめた。また、13隻の艦艇の年次検査の時期を調整するなどして稼動隻数を確保した。一方、わが国周辺海域への警戒、監視、特に東シナ海における中国海軍の不測の動向などに備えるため、艦艇部隊の一部を災害派遣部隊の編制から外し、わが国周辺海域の警戒、監視にあてている。
海上自衛隊の活動の特徴(海からのアクセス)
■2011年3月13日、屋根につかまる漂流者を救助(写真:海上自衛隊)
■2011年3月30日、輸送艦「おおすみ」入浴支援(写真:海上自衛隊)
今回の地震により三陸海岸から陸中海岸に至る沿岸部一帯は、陸からのアクセスができなくなった。また、この地域には多くの島が存在し、特に、松島(塩釜)および牡鹿半島近傍の多くの島は、津波により大きな被害を受け、孤立した。このような被災地に対する最も有効なアクセス手段は、海からのアクセスである。しかし、被災地域海面には流出した家屋の瓦礫が浮かび、海底には自動車、漁船等が沈んでおり、大型艦艇のアクセスができない状況であった。そこで「おおすみ」型輸送艦の搭載艇「LCAC」(ホバークラフト)や、艦艇搭載の小型舟艇、ゴムボートを駆使して、孤立していた島々や陸路接近不能な沿岸地域に、発災直後から艦艇乗組員が上陸し、被災状況を把握し、急患の有無、必要物資の調査などを行い、飲料水、乾パン、缶詰などの糧食などを提供したほか、診療支援、入浴支援も実施した。入浴支援では、被災者の入浴前に、本人の同意を得て携帯電話と下着を預かり、入浴後には充電済みの携帯電話と洗濯済みの下着を返却し、物心共に充電(リフレッシュ)してもらい好評を博した。
一方、掃海部隊は、現在に至るまで、潜水員が冷たい海中に潜水して、行方不明者の捜索に当たるとともに、陸上の港湾施設が安全に使用可能か、航路帯の海中に障害物等がないかを確認する作業にあたってきた。海上保安庁と協力して、福島第一原子力発電所10キロ以内の行方不明者の捜索も行なっている。
海からのアクセスにもう一つ欠かせないのが、海上自衛隊の航空部隊であった。広域捜索はP-3C哨戒機が行い、捜索情報を艦艇部隊に送り、被災者の救助等に役立てた。洋上での救助は、艦艇に搭載している小型舟艇で行い、陸上における救助は、艦載ヘリコプターおよび陸上基地ヘリコプターにより行なわれた。人員救助、人員輸送(救助者、被災者、医師など)では、ヘリコプターが活躍した。また、20機以上のヘリコプターを搭載できる護衛艦「ひゅうが」(1万3,950トン)が、ヘリコプターへの燃料補給などを行なう洋上母基地として活用された。
左警戒右見張レ
海上自衛隊には帝国海軍から伝わった教訓として、「左警戒右見張レ」という言葉がある。これは例えば、部隊の左側から敵の部隊が攻撃を仕掛けてくる公算が高い海域を航行中であっても、部隊の全神経が左側に集中し勝ちとなるのを戒め、必ず右側からの奇襲にも備えて万全の警戒態勢を取るべきことを戦訓として教えたものであり、一つのことに集中するあまり、全体が見えなくなることを戒めた言葉である。
東日本大震災は、まさに未曾有の国難であったが、海上自衛隊の全兵力が震災対処に集中して、わが国周辺海域の警戒監視が疎かになっては、わが国の海上防衛は覚束ない。海上自衛隊が、わが国周辺の全体情勢を判断し、必要な部隊を周辺海域の警戒監視に充当した事は、健全な判断であった。目前の国難に「仁魂」をもって全力で取り組む一方、防衛という(本質)事態への対処を常に忘れることなく備えた海上自衛隊の「士魂」は、健在である。今後も「防衛任務」が至上の任務であることを片時も忘れることなく、しかし今回のような国難に際しては、日ごろ練磨した即応力と行動力を、一気に発揮する気概を失わず、粛々と国民の負託に応えて貰いたい。(了)
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