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オーシャンニューズレター

第241号(2010.08.20発行)

第241号(2010.08.20 発行)

海運関係者と水産関係者の相互理解の場

[KEYWORDS] 輻輳海域/航行安全/操船シミュレーション
社団法人日本海難防止協会 常務理事◆濱野勇夫

(社)日本海難防止協会では、昭和51年から沿岸海域における船舶輻輳海域の海上安全の諸問題について海運関係者と水産関係者の意見交換による相互理解の推進の場として「海運・水産関係団体連絡協議会」を開催してきた。
異なる立場の両者がお互いの立場を理解することが重要であると考える。

はじめに

わが国の沿岸海域、主要湾内水域は航行船舶が輻輳するとともに、その海域では漁業操業も活発に行われているので、海運関係者および水産関係者の相互の安全確保ならびに海域利用の理解向上が長年にわたり重要な課題となっている。
海上交通安全法の施行後、海運業と水産業の興隆、発展に欠くことができない海上安全の諸問題について、海運関係者と水産関係者の双方の関係者がともに歩調をそろえて真剣に取り組もうとの気運が、昭和50年半ば頃から一挙に高まりを見せた。海運および水産関係団体の実務者レベルの人々が、平素から意見交換し相互の実態を把握するための話し合いの場を設定し、諸施策の円滑な運用、実施に対処しようとする意図で、昭和51年に「海上安全問題海運・水産懇話会」が設立され、当協会が事務局を携わることとなった。この会が、現在においても継続し「海運水産関係団体連絡協議会」として実施している。協議会の構成メンバーは、海運は中央団体から、水産は海上交通安全法に関連する航路を持つ都道府県の水産団体、関係官庁からのオブザーバー等であり、相互の海上安全の諸問題に関し、忌憚のない意見を交換できる場として1年に1回開催し、またその前に打合せ会を3回開催している。毎年、船舶交通と漁業操業に関わる諸問題を調査検討し、その成果を協議会で発表するとともに「船舶交通と漁業操業に関する問題の調査」報告書として取りまとめている。

立場を変えての乗船経験

調査検討事項として昨年度までの過去4年間は、水産関係者と海運関係者がお互いの立場を理解することが重要であると考えられるため、海運関係者と水産関係者の実務者レベルで、お互いに立場を変えてシミュレーションによる乗船経験を実施した。船舶に実際に乗船して体験することが最も理解できる方法であるが、法的なこともあり、外航船に乗船操作することは困難なところがある。それに代わる方法として、シミュレーションによる体験が最も理解し得る方法であると考え、海運関係者には漁船の体験を、また水産関係者には大型タンカーの体験をシミュレーションによって実施した。同時に、アンケートによってシミュレーション体験をどのように感じたか、また実務上の困った点などを記入していただいた。海運関係者の参加者は、水先人、海運会社の船長、航海士等で、水産関係者では遊魚船、底引き網、刺し網、一本釣り等の方々であった。またその場において海運関係者と水産関係者との間で有益な意見交換がなされている。

意見交換

アンケートおよびシミュレーション実施の場における会話での意見交換の中からいくつか取り上げて紹介する。



操船シミュレーションの様子。船橋からの風景が並べられたモニターに映し出される。水産関係者と海運関係者がお互いに立場を変え、ふだんと異なる船でのシミュレーションを体験したあとでアンケートが行われた。

汽笛について
水産関係者の方から、注意喚起の汽笛を鳴らしてもらった方がいいという声があった。特に漁業操業しているときには、汽笛を鳴らしてもらったほうが、他船が接近してくることに気がつくので良いということであった。
航走波(船舶が航行することによって起きる波)について
大型コンテナ船の航走波をシミュレーションで体験してもらったが、終わった直後、「こんなものじゃない。もっと大きな波だ。大型船舶等による航走波によって漁船は大きく揺れ、漁具が投げ出され、ときには倒れて怪我をすることも起きている」との声が水産関係者から多く聞かれた。大型船からは「大型船の操船者からいえば航行中、目の前の漁船群を避けるのに精一杯、特にラッシュ時。自船の航走波を受ける側の苦心などこうした場で話を聞いてみなければ、なかなか実感できない。違う船を操船する体験はなかなか得にくいのでシミュレーションの効果は、予防面で効果がある。今回、漁船側の立場がよく理解できて、大変有効なシミュレーションであった」との声も多数あった。また「航走波の影響については、知っていてもどうしようもない。物流に携わる船舶としてスケジュールに追われている。個人の判断だけで、なかなか減速できない。企業、関係団体全体で取り組む必要がある」との意見もあった。
その他
輻輳海域の安全な海域利用で必要なことについては「お互いに海に生き海を利用するものとして、相手の立場を理解し、思いやりのある操船も意識の持ち方が重要だと思うが、なかなか厳しいものがあることも現実である。水産・港湾・海運等お互いコミュニケーションを図ることのできる機会をより多く設けること。なかなかこのようなチャンスがないので、多くの意識の疎通がもたれることを期待したい。お互いの特性、動き等を理解すること、相手の動きが分かれば安全のためにどのようにすればいいか、分かってくると思う」という声があった。
これらの意見から判断すれば、違った立場の経験をすることによって、少しではあるがお互いを理解する上での一助になったのではないかと思われる。なお、このシミュレーションの体験については東京港(参加者のべ85人)と伊勢湾(同、のべ90人)について実施し、他の海域でも実施してほしいとの要望もあったが、残念ながら、事務局としては昨年度で一応終了している。

おわりに

大型船長経験者である私自身も、本事業を通じて、関係者の方々のいろいろな意見を聞くことで大いに学んだ気がする。わが国の沿岸海域を水産関係者と海運関係者が利用する上で、いろいろな問題があるが、それらの解決策を導くには長期間かかるかもしれないし、または時間をかけてもいい解決策が得られるかどうかははっきりとしていない。まずはお互いが意見交換する場を持ち、それを継続し、少しずつでも相互理解が得られれば、何らかの解決策が徐々にではあるが得られるのではないか。今後ともこのような相互理解を深めるための事業を継続して実施していくことが重要であると思料している。(了)

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