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オーシャンニューズレター

第217号(2009.08.20発行)

第217号(2009.08.20 発行)

ウミシダの魅力と三崎臨海実験所における取り組み

[KEYWORDS] 棘皮動物/ウミシダ/三崎臨海実験所
東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所(通称:三崎臨海実験所)技術職員◆幸塚久典

三崎臨海実験所では、世界で初めてニッポンウミシダの完全飼育に成功し、国家プロジェクトであるナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)にニッポンウミシダが選定され、平成19年度から各研究機関には当所で繁殖したニッポンウミシダの提供を行っている。
ウミシダの魅力と今後の三崎臨海実験所の取り組みについて報告する。

ウミシダって動物?

ウミシダは容姿や名前の影響により、水族館などのお客さんは、きれいなシダだねといいながら通り過ぎる人が多くいる。しかし、海中の植物ではない。れっきとした動物であり、ヒトデやウニ、ナマコ、クモヒトデなどと同じ「棘皮動物(きょくひどうぶつ)」に属する。また、ウミシダ類が属するウミユリ綱というグループは棘皮動物中もっとも起源が古く、系統的に孤立した動物群として知られている。ウミユリ綱は、終生にわたって特徴的な柄(あるいは茎)と呼ばれる器官を持つかどうかによって、ウミユリ類とウミシダ類の2群に区別される。このうちウミシダ類は、発生の途中で柄を失い、2次的に自由生活を行なう群である。
約2億年前にウミユリ類から派生し、主として浅海域で繁栄したウミシダ類は、世界で17科約550種、日本周辺海域では100種以上が報告されている。日本近海のウミシダ相は世界的に見ても非常に豊富な海域であるといえる。最近、沖縄では同時的雌雄同体という独特の繁殖様式をもった新種のウミシダが報告され、話題となっている(Obuchi et al., 2009)。また、ニッポンウミシダが属するウミユリ綱は、人類と祖先を共有する最も古い動物であり、進化や中枢神経系(脳)の起源、再生機構の解明に役立つと期待されているホットな動物でもある。

放卵の宴は年に一度

ニッポンウミシダ(2個体)
ニッポンウミシダ(2個体)

ウミシダ類はウニと同じ棘皮動物に属するため、ヨーロッパでは古くから発生学に用いられてきたが、ウニほど研究用生物としては実用的ではない。では、ウミシダ類はどのように子孫を増やすのか? 一般には、ある時期に雄と雌が精子と卵を腕の中間部分に生じる生殖羽枝という器官から放出し、海中で受精されるいわゆる「体外受精」である。日本海産のトラフウミシダやトゲバネウミシダは一年のうちのある生殖期間中は少量ずつ放卵を行うが、三崎産のニッポンウミシダの繁殖生態は異なる。ウミシダ類の詳細な生態研究は世界的に見ても多くないが、このニッポンウミシダは三崎臨海実験所が核となり、発生学者の団勝磨博士や久保田宏博士、アメリカのHolland博士らによってその生態、放卵行動、幼生生態などが世界でいち早く観察されている。彼らの研究により、三崎周辺では、1年にたった1日、10月の小潮の日の夕刻付近に雄と雌が放精・放卵を一斉に行うことが明らかにされた。

トラフウミシダのライフサイクル

卵は海中で受精され、棘状の膜に覆われ、海中を漂いながら発生が進行する。受精後約1日で嚢胚期幼生として卵膜を破りふ化する。その後、5環の繊毛環ができ、ドリオラリア幼生となり、体を横にぐるぐると回しながら活発な遊泳を行う。主に1-3日ほど遊泳した後、先端で底面に座着し、柄を伸ばしマッチ棒型のシスティディアン幼生となる。その後、上部の部分が開裂して、そこからポディアとよばれる触手が現れ、ペンタクリノイド幼生となる。このポディアで微小プランクトンを捕獲しながら、柄と腕を伸張させ、受精後約45日より柄を切り離し自由生活の幼ウミシダが誕生する(Kohtsuka & Nakano, 2005)。

トラフウミシダの発生

危機! 三崎産ニッポンウミシダ

昔は三崎臨海実験所前の桟橋付近にも数多くいたウミシダ類が、ここ最近はほとんど姿を見ることができない。したがって、ウミシダの採集は三崎臨海実験所から少し離れた場所で行われているのが現状である。明治の初めに神奈川県江の島を訪れたドイツの動物学者のデーデルラインは、相模湾の動物の豊富さに驚き、その事実を世界に報じた。それ以後、三崎周辺を含む相模湾は世界でも有数な海洋生物の豊富な海域として世界に注目されてきたものの、高度成長期には、広大なアマモ場が消失し、沿岸の開発や富栄養化の影響により海洋汚染が深刻化していたのも事実である。しかし、ここ最近は多くの自治体などの活発な環境保全活動により美しさを取り戻しつつあるが、三崎周辺のウミシダ類の資源は回復せず、受精卵を得るための母体(卵を採るための親)の採集が困難となってきている。そのため、三崎臨海実験所では、相模湾周辺海域のウミシダ類の生息状況を潜水観察により把握し、実験所で繁殖させたウミシダ類を放流することで資源を回復させることを考えている。
臨海実験所は海洋生物研究や生命教育の場のほかに、積極的な環境保全活動にも取り組む義務がある。今後も、三崎臨海実験所が中心となり様々な取り組み、活動を進め、海洋生物の研究が環境保全に重要なことを世にアピールする必要がある。(了)

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