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Ocean Newsletter
第217号(2009.08.20発行)
- 東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所(通称:三崎臨海実験所)技術職員◆幸塚久典
- 東京海洋大学海洋科学部教授◆加藤秀弘
- (株)MTI CTO兼技監◆信原眞人
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌
鯨類と超高速船の衝突回避に向けて
[KEYWORDS] 鯨類/衝突回避/超高速船東京海洋大学海洋科学部教授◆加藤秀弘
ここ数年は水中翼型超高速船と大型海洋生物との衝突が相次ぎ、運航関係者を悩ませ続けてきた。
東京海洋大学鯨類学研究室では、国土交通省により設置された「超高速船に関する安全対策検討委員会」下のワーキンググループをベースに、造船・保守・運航の各社の協力をあおぎつつ、衝突回避研究を展開している。
背景
■図1
水中翼型超高速船。本土と離島を短時間で結ぶ重要な航路を担っている。
■図2
衝突危険鯨種のマッコウクジラ。近年生息数が増加している。
ごく最近こそ小康状態にあるものの、ここ数年は水中翼型超高速船(以下、超高速船とする;図1)と大型海洋生物との衝突が相次ぎ、運航関係者を悩ませ続けてきた。過去6年間での国内での衝突件数は19件に及んでおり、特に国外ではあるが、2007年4月には釜山港外で死者1名負傷者102名をだす事態まで生じている。これらの惨事は海難審判の対象となる場合も多く、その要因については極めて慎重に表現されてきているが、ほとんどのケースにおいて大型海洋生物は鯨類を指していると考えてほぼ差し支えない(図2)。
鯨類と船舶の衝突については、欧州では2000年前後からUNEP/CMS(移動性野生動物保護に関するボン条約)をベースとしたASCOBAN※1等においてその懸念が指摘されはじめ、相前後して鯨類問題の総本山であるIWC国際捕鯨委員会においても議論が始まるようになった。2008年、チリ・サンチャゴで開催された第60回IWC年次総会ではオランダ提案によりIMO(国際海事機関)と連携が強化され、2009年6月ポルトガル・マデイラ島で開催された第61回会議でもこの路線が推進されている。
何故回避プロジェクトが必要か?
IWCやASCOBAN、さらにIMOにおいては、鯨類と超高速船の衝突を「鯨類の生存を脅かす脅威の一つ」としてとらえ、その抑止をはかることに主眼がおかれている。その方策は極めてシンプルで、鯨類の出現する海域では超高速船を海水面に着底減速させ、衝突を回避させることで決着をつける。しかし、これでは問題の解決にはならない......というのが筆者の考え方であり、研究プロジェクトが必要な理由でもある。四方を海に囲まれたわが国には、現在1億3千万弱の人々が暮らしている。しかし、地方においても人口は都市部に過度に集中する一方、郊外や山間部では極端な過疎化が進んでいる。地方集落の没落は環境と調和のとれた山里を破壊し、開発計画が頓挫し中途半端に放棄された中堅都市ではさらに悲惨な末路が待っている。島嶼とて例外では無く、一旦開発の進んだ離島の過疎化は島嶼全体を荒廃させ、海岸線の環境破壊と攪乱を招き、やがて攪乱は沖合域に浸透してゆく。超高速船の就航は島嶼部の過疎化を防ぎ、離島と本土の距離感を確実に縮める。距離感の縮まった人に往来により、適切な啓発教育と環境行政を構築して、環境と調和した里島(?)や里海を作り、海洋環境を現実に護って行く。鯨類との衝突によって生じるリスクを高速船側の視点から解決したい......これが筆者らの考え方である。
東京海洋大・鯨類超高速船衝突回避研究プロジェクト
国土交通省海事局は、いわゆる佐多岬沖の超高速船トッピー衝突事故の発生(2006年4月)を契機として、2006年4月に「超高速船に関する安全対策検討委員会」を発足させた。衝突要因として鯨類との衝突の可能性も大いに懸念されたことから、筆者も学識経験者として参画させて頂いた(正式な最終報告書が2009年4月に公表されている)。
東京海洋大学鯨類学研究室では、この検討委員会下に設置されたワーキンググループをベースに、水中翼型超高速船の主流であるジェットフォイル(以下JFとする)のメーカーである川崎造船、メンテナンスを担当する川重ジェィピーエス、JF運航会社である佐渡汽船および東海汽船の協力をあおぎつつ、衝突回避研究を展開している。以下に筆者らの担当するプロジェクトを概説しておきたい。
現行のJF型超高速船にはUWS(Under Water Speaker)が搭載され、ここからある種の音波を出し、クジラへの忌避効果を狙っている。しかし、鯨類(ヒゲクジラ亜目14種とハクジラ亜目71種の計85種)は種によって音響特性が大きく異なり、特に海洋に高度に適応したヒゲクジラ類と、祖先である陸上哺乳類の名残が色濃く残るハクジラ類では大きく異なり(図3)、現行のUWSの有用性には疑問も残る。各々の鯨種、特に飼育困難な大型鯨類がどのような音を聞いているのかは定かではない。しかし、とりあえず自ら発生している鳴き音は仲間にも聞こえると仮定して作業を進めておき、別途衝突危険鯨種の可聴域特定にチャレンジしていきたい。
このため以下のテーマの下に二つのサブプロジェクトを設定している。
(1) 航路上における鯨類相とその季節的変動を明確にして、衝突危険鯨種を特定し、危険種の音響特性をUWSに反映させる。このため、以下のサブプロジェクトを設定する。?就航船による既存の通常目視データの分析、?探鯨専門家による鯨類専門目視調査、?鯨類目視講習による通常目視データの精度向上、?ハイビジョンカメラの導入による鯨種同定精度と探知性の向上、?鯨体の大きさや以上の調査結果を踏まえて、衝突危険鯨種を特定し、航路別・季節別にUWS発生音を改良。
(2) 衝突危険鯨種の可聴域推定を目指して、新たな発想で音響調査を実施する:?内耳の解剖学的アプローチによる推定、?鳴音特性との相関関係からの推定、?上記を踏まえたUWS発生音のさらなる改良。
上記(1)のサブプロジェクトについては既にかなりの進捗があり、上記委員会に報告したほか、当学大学院海洋科学技術研究科の修士論文としても取りまとめ、(2007年度・小田川絢、2008年度・社方健太郎)、2009年度には九州海域等への調査拡大を目指している。また、(2)のサブプロジェクトについては、2008年度に予備調査行い、2009年以降での進展を期している。本問題に関するメーカーと運航担当社の姿勢は非常に前向きであり、すでに安全ベルト等の改良も終了しており、さらなる安全性の追求に取り組んでいる。
■図3 鯨種による鳴音周波数帯の違い
鳴音周波数引用文献:ヒゲクジラ類 David K et al.,2002、ハクジラ類 Backus and Schevill et al., 1966
今後の課題と期待
さて、UWS改良に向けた調査研究の課程からも今後に向けた具体的な課題が浮き彫りとなった。既述のように、われわれは鯨種同定の精度向上のためハイビジョンカメラの導入を試みて来たが、高解像度画像の取得によって種同定のみならず、鯨体の早期発見にも寄与できる可能性が出てきた。一つの方策としては、鯨体が発生する種固有の噴気を画像として認識し、衝突危険鯨種の接近を早期にとらえて、警報を発するシステムの構築を考えている。かならずしも机上のプランどおりに事がすすむとは限らないが、現在のJFの操作性の良さと乗員の高い操船技量を考慮すれば、ある程度の接近を事前予知できれば、十分に鯨との衝突が回避できるものと考えている。(了)
ベルギー、デンマーク、フィンランド、独、蘭、ポーランド、スウェーデン、英国8カ国による合意文書。
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