Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第206号(2009.03.05発行)

第206号(2009.03.05 発行)

シーレーンの安全確保のために

[KEYWORDS] シーレーン防衛/海洋安全保障/海洋総合力
(社)安全保障懇話会理事長◆古澤忠彦

わが国は大戦での敗戦から海運と海軍の緊密な関係の重要性を認識していたにもかかわらず、シーレーンに対する危機感は希薄だったといえる。
ソマリア沖で多発する海賊事案は、シーレーンに依存するわが国にとって大きな脅威であり、早急に「シーレーン防衛」についても検討する必要がある。
海運界と海上自衛隊とは、相互に理解し認識を共有して、相互関係を深めていかねばならない。

わが国は、先の大戦から多くの戦訓を得た。その一つが海運と海軍の緊密な関係の重要性である。太平洋戦争は、まさにシーレーンの戦いであった。開戦時日本の商船隊は世界第3位で640万トンの船腹を誇り、戦時中に建造された輸送船等は300万トンに及んだ。しかし米国の潜水艦や航空機に800万トンを撃沈され、終戦時には壊滅状態となった。5万人の船員の生命が失われ、その損耗率は44%に及んだ。帝国海軍将兵の損耗率が16%であることと比較すると、いかに大きな損耗であったか窺われる。そしてわが国の生命線であるシーレーンの防護が叶わず、多くの船員を守れなかったことが、戦後も長く海運界が「海軍(海上自衛隊)」不信を持ち続けた遠因となっている。

欧米海洋国家における海運界等と海軍の関係

欧米における商船の安全運航への取り組みは歴史的にも古く、2度の世界大戦で、海上交通の破壊戦と護衛戦という熾烈な経験を踏まえているだけに、NATOおよび各国海軍と海運界等との関係は密接である。海洋国家ノルウェーにおいては、NATOの下で冷戦後の安全保障環境の変化に応じて、産業貿易省の海運管理機関による非統制的で大規模な管理体制を整備し、海軍および海事関係機関と船主との間の連絡調整に従事させている。NATO全域の海事情報は、英国ノースウッドにある常設のNATO 海事センターから配布される。ノルウェー、オランダ、英国等の海軍司令部には、船主協会等から専門官が配置され、一方、船主協会や海事センターでは、海軍士官がごく自然に勤務している。さらに、重要船舶や特に脅威度の高い航海に際しては、秘話装置付き通信機により随時危険情報を入手できる海軍士官(予備役)を乗船させ、安全運航をアドバイスさせている。

わが国の海運界等と海上自衛隊(海自)の関係

わが国の海運界等と海自との関係は、これまで緊密であったとは言えない。上述の理由に加え、戦後長く、強大な米海軍の存在によって、世界のほぼ全海域で、わが国がシーレーンに対する危機感を持つことなく安全で平和な航海を享受してきたことも遠因となっている。さらに、潤沢な食卓や豊富な品揃えのスーパーの先に、食糧や石油、資源を運ぶ多くの船舶と船員の存在を想像できない程、「海」についての認識が乏しくなったわが国の政治と国民の意識もあろう。
海自は、発足以来、先の大戦の深刻な反省と教訓から「いかにわが国のシーレーンを護るか」を至高の命題として、海上防衛戦略を構築し、ひたすら訓練を重ねてきた。「護衛艦」という名称はここから来ている。すべての海上自衛官が、海自に在職する間、「シーレーン防衛」という言葉が頭から離れることはなかった。往時は、一部の船会社の協力を得て、船団護衛や航路哨戒等の実地訓練も行った。しかし、大部分の海上自衛官も商船の船員もお互いに相手をそれほど意識することなく今日に至っている。
しかし、冷戦が終わって「パンドラの箱」が開き、世界の海で、軍事的なシーレーン妨害ではなく、海賊や海上テロに脅かされる事態が頻発し始め、地域的でローカルな危機事態である非軍事的危機にも海軍が関与しなければならない時代になった。そのような折に、ソマリア沖(アデン湾)で多発する海賊事案は、シーレーンに依存する海洋国家にとって大きな脅威となり、各国は「海軍」を派遣し共同でこれに対処しており、海自部隊も、近々派遣される運びとなった。今や、わが国でも、国家の発展と繁栄の「99%」を担ってきた海運界等と、シーレーン防衛を至高の海上防衛戦略に位置付けて訓練を積み上げてきた海自との関係醸成を真剣に考えるべき時がきたのである。

海運界等と海自の関係醸成へ

■ 海洋立国のための海洋総合力の役割分担と協調
■ 海洋立国のための海洋総合力の役割分担と協調

平成19年に施行された「海洋基本法」では、基本的な施策の一つとして「海洋の安全確保」について条文を設け、「我が国の平和及び安全の確保」とともに、「海上の安全及び治安の確保」のために必要な措置を講じると定めている。これを受けて、わが国では重要性が未だ十分に認識されていない「シーレーン防衛」に関する海運界等と海自との関係醸成、即ち相互の意思の疎通と認識の共有のための具体的な努力が一層必要である。
(1)シーレーン防衛の国家戦略としての位置づけ
シーレーン防衛は、海自の海上防衛戦略としてだけではなく、国家戦略として位置づけられるべきである。海上防衛力(海自)、海上警備力(海保等)および海事基盤力(海運界等)が、国家の強い意志で主導され三位一体となってこそ、強力な海洋総合力(シーパワー)が構成され、安全な海上物流が達成される。しかし海自や海保が、真に実効性ある海上防衛や海上警備を達成するためには、政治による明確な法的権限が与えられなければならない。国民の期待を反映する政治のリーダーシップがあってこそ、海運界等と海自との真の信頼関係も確立できよう。一方、昨今のわが国の商船隊は、日本籍船も日本人船員も激減し、大部分の日本の船貨は、外国籍船舶と外国人船員によって運ばれている。海自も公務員削減などのあおりを食って、定数は漸減の傾向にある。海上自衛官、船員など、海洋総合力を構成するマンパワーの質と量の確保は、わが国の政治にとっての緊急の課題である。
(2)情報の共有
欧米の海運界等と海軍は、常に海洋の安全に関する情報を共有する努力を続けている。海事に関係する国家機関や民間が参画してネットワークを構築し、それぞれの情報を提供し合い、日々変化する海洋動態とデータベースが、それぞれの海域や船舶で活用される。特に平時の危機管理には、平穏下に潜む膨大な生情報の収集と分析が肝心となる。「海」は、海をよく知る側に味方する。すでにテログループも海賊も組織化が進み、情報ネットワークを構築しつつあるとも言われる。グローバル化、情報化、兵器の拡散によって海洋でも「戦争以外の軍事作戦」(MOOTW)の様相が呈されつつある。海上の脅威に打ち勝つためには、あらゆる能力と資源の集中、および情報の優位が肝要となる。軍事、非軍事を問わず、「海と港と船と人」に関する情報データの共有によって、初めてすべての関係者がより広範な海洋情勢を掌握し得ることとなる。
(3)海運界等と海自の関係醸成
わが国の海運界等と海自の間に、「ある種の距離」が存在している。海上自衛官は、石油が中東から大型タンカーで輸送されていることは知っているが、どのような人が携わって、どのような手続きや仕組みで運ばれているのかは知らない。商船隊の船員は、海自がどのようにシーレーンを護ろうとしているのかを知らない。お互いに知らない者同士が、同じシーレーンに関わってきた。
しかし、ソマリア沖(アデン湾)では、総船舶通航数の46%を占める日本関係船舶(日本の船籍、運航会社、船員、船貨)が、当面の保護の対象となり、海自部隊は、これら船舶を主体として護衛を行う。日章旗と旭日旗が、渾然一体となって航行する場面が実現するのだ。この機会に、海運界等と海自とは、相互に理解し認識を共有して、相互関係を深めていかねばならない。(了)

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