Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第203号(2009.01.20発行)

第203号(2009.01.20 発行)

海岸漂着物から読む地球環境

[KEYWORDS] 海岸漂着物/ビーチコーミング/海洋環境
北海道教育大学教育学部札幌校 教授◆鈴木明彦

海岸に打ち上げられた漂着物を観察することによって、海に棲む生物の証拠を見つけたり、海の環境の変化に気づくことができる。
漂着物を生み出し、日本列島各地の海岸線にこれらを運んでくる海も、地球温暖化や海洋汚染により危機に瀕している。
海と陸のはざまに打ち上げられた漂着物から、海の環境変化の最前線を読み取ることができる。

漂着物とは

「海辺は不思議に満ちた美しいところである」と女性科学者レイチェル・カーソンが述べたように、海と陸の境界である海岸はワンダーランドである。海岸には、貝殻・海藻・流木などの自然物から、ガラス浮き・使い捨てライター・プラスチック玩具などの人工物まで、様々な漂着物が打ち上げられる。海岸にたどり着くこのような漂着物を集めたり、調べたりすることをビーチコーミングという。海岸(ビーチ)をくしの目のように細かく見る(コーミング)ことに由来する。
近くの海岸に出かけてみれば、そこには多くの漂着物が打ち上げられていることに気づくだろう。これらの大半は、海ゴミとよばれるプラスチック製品にあふれた漂着ゴミの山である(中村庸夫「海岸線先進国への道」Ship & Ocean Newsletter 130号参照)。しかし、注意して探せば、海ゴミの中にも自然の漂着物は意外と見つけられるものである。
海岸に打ち上げられた漂着物を観察することで、海に潜ったり、船に乗らなくても、海にすむ生物の証拠を見つけたり、海の環境の変化に気づいたり、人間と海との関わりを知ったりするものである。日本列島は、日本海、オホーツク海、東シナ海、太平洋という特徴の違った海にとり囲まれている。日本海側では対馬暖流が北上し、一方太平洋側では黒潮が北上し、親潮が南下する。このため、漂着物からも、日本の豊かな海の様子を知ることができる。まさしく「漂着物は海からの便り」である。

石狩湾沿岸の暖流系漂着物

日本海沿岸には多種多様な漂着物が打ち上げられる。特に秋から冬にかけては、北西の季節風と荒々しい時化によって、様々な漂着物が到来する。北海道の日本海側では石狩湾沿岸、とりわけ札幌の北に位置する石狩浜は、ビーチコーミングに適した場所である。石狩浜は、石狩川河口を身近にひかえ、海水浴や魚釣りや自然散策などにいそしむ多くの人々の憩いの場でもある。小樽市銭函から石狩市厚田まで延長約30kmにわたって、砂丘をかかえた砂浜海岸が続き、南からあるいは北からやって来た漂着物はこの砂浜のどこかに打ち上げられることも多い。
石狩湾沿岸に生息する海洋生物の多くは冷たい海に適応した寒流系種である。貝や蟹などの浅海性生物から見ると、このあたりは冷温帯性※の海洋気候と見なすことができる。暖流系種がやってくることもあるが、そのような生物が漂着することはまれであった。ところが2005年以降になると、色々な暖流系の漂着物が見つかり、この地域で初めてのニューフェイスも続々と登場した。これらは、アオイガイ、ルリガイ、ムラサキダコ、エチゼンクラゲ、ギンカクラゲ、ココヤシなどである。
2005~2007年にかけては、秋口に暖海性のアオイガイの漂着が相次いだ。2004年以前では1年に数個体が発見される程度だったが、石狩湾沿岸に百数十個体に及ぶ大量漂着が認められた。また2007年10月にはルリガイの漂着が確認された。ルリガイは、熱帯~亜熱帯のアサガオ科の巻貝で、北海道では初めての記録である。これの餌となるギンカクラゲの大量漂着が認められたのも印象的であった。さらに石狩浜では、過去に小樽で記録されていた暖流系二枚貝トリガイの漂着が認められた。いずれも大型に成長した貝殻で、この付近での繁殖や成長が示される。一方、岩礁潮間帯を特徴づける暖流系巻貝であるレイシガイとイボニシも漂着個体が採集され、最北の記録を更新した。

石狩浜に漂着したアオイガイ(2006年)
石狩浜に漂着したアオイガイ(2006年)
石狩浜に漂着したココヤシ(2007年)
石狩浜に漂着したココヤシ(2007年)

暖流系漂着物から読む海洋環境

2007年2月に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、第4次答申を報告した。それによると、地球的な規模での温暖化は人為的な影響が大きいものと判断した。また、ここ数年は日本周辺海域においても海水温の上昇が認められるという。特に2005年以降は日本海北部において、その偏差が大きいとされている。浅海の無脊椎動物の生物地理学的特性からみると、石狩湾沿岸は冷温帯に属する。しかし、2005年以降は以前まれであった暖流系生物の漂着が相次ぐようになった。近年の石狩湾沿岸への暖流系生物の漂着については、次のような理由が推定できる。
まず、浮遊性貝類の漂着については、秋季の高い表層水温と強い北西の季節風の存在が考慮できる。ここ数年は2度程度平均より表層水温が高い傾向が続いている。このため特に秋口に暖海性のアオイガイが大量に漂着したのであろう。この傾向が著しかった2007年秋には、ルリガイ、ギンカクラゲ、ムラサキダコの漂着も確認された。一方、底生動物であるトリガイでは、夏季に加えて冬季においても表層水温が低下しないことが必要である。このためトリガイは十分に繁殖や成長ができたようだ。また、石狩湾東部で初めて記録されたレイシガイとイボニシなどの巻貝も水温の温暖化の傾向に関連しているものである。今後西南北海道が南限とされている暖流系種が新たに見つかり、その北限を更新する可能性があろう。

おわりに

時代の流れともに海岸に打ち寄せられる漂着物の内容も大きく変化してきた。漂着物は近海の海流の変動や海の生物の多様性を記録しているだけではなく、社会生活の変化をも間接的に示している。貝殻の散らばる鳴き砂の砂浜は、プラスチックの海ゴミをかかえた砂浜へと変わり、コンクリートの人工海岸では漂着物が打ち上がることさえない。
漂着物を生み出し、各地の海岸線にこれらを運んでくる海も、地球温暖化や海洋汚染により危機に瀕している。一方、漂着物がたどりつく自然海岸も、浸食や埋め立て、乱開発や人工護岸などにより、近年急速に失われつつある。身近な海岸の漂着物を観察することによって、海の環境の変化をじかに知ることができるし、海岸を歩いてみることで、変貌の現状を具体的に見ることができる。海と陸のはざまに打ち上げられた漂着物から、海の環境変化の最前線を読み取ることが可能である。(了)

※ 冷温帯性=主に北半球北部に見られる寒冷な気候。温帯と亜寒帯の中間の性質を示す。

第203号(2009.01.20発行)のその他の記事

ページトップ