Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第200号(2008.12.05発行)

第200号号(2008.12.05 発行)

海と島のドラマを検証する~海情報の統合に向けて~

[KEYWORDS]島嶼生態系/生物圏保護区/情報統合
総合地球環境学研究所 副所長◆秋道智彌

島の未来を考えるさいに、開発か保護かという二者択一で考えられがちだが、おなじ枠組みで考えるべきではない。
それぞれの島は多様な環境と文化の条件下にあり、島ごとが抱える事情は多様でその歴史もちがう。
まずは、島嶼の生態史を詳細に探ることが重要なのだ。情報をたがいに連関させ、それらを束ね、情報の統合を進めることこそが、海の未来を考えるうえで重要な意味をもつ。

島を語る

写真1 国際シンポジウム参加者の集合写真。世界中の島研究者が集まった。
写真1
国際シンポジウム参加者の集合写真。世界中の島研究者が集まった。

平成20(2008)年10月22-23日、私の所属する総合地球環境学研究所(以下、地球研、京都市北区)で第3回地球研国際シンポジウムが開催された。そのテーマは「島の未来可能性―固有性と脆弱性を越えて」であり、海外から10名、国内から13名の参加者があった(写真1)。
シンポジウムで取り上げられた島々には、ガラパゴス諸島(エクアドル)、コモド島(インドネシア)、ティモール島(東ティモール)、辺境ポリネシア、キルワ島(タンザニア)、マウイ島・ハワイ諸島(アメリカ)、済州島(韓国)、ベトナム全域(ベトナム)、西表島・竹富島(八重山・日本)などが含まれていた。議論のテーマも、島嶼の考え方、保護区と保全、住民の暮らしと文化、グローバル時代の島嶼の発展など多岐にわたった。シンポジウムでは何が話し合われ、どのような意義があったのか。

開発と保護のジレンマ

写真2 イースター島のラノララクにあるモアイ像。長い耳が特徴であり、島では長耳族と短耳族とのあいだで抗争があったとされている。
写真2
イースター島のラノララクにあるモアイ像。長い耳が特徴であり、島では長耳族と短耳族とのあいだで抗争があったとされている。

会議にはユネスコから「人間と生物圏」(MAB: Man And Biosphere)計画のクルーセナーゴット・ミゲルさんが参加した。ユネスコの認定する生物圏保護区は世界中で531ヶ所、101ヶ国にある。あまり知られていないが、日本には生物圏保護区が4ヶ所ある。志賀高原、白山、大台ヶ原、屋久島がそうだ。今回、沖縄の西表島がその候補となっていることもあり、シンポジウムへの期待も大きくふくらんだ。
島嶼は周囲を海で囲まれている。島の大きさにもよるが島の生態学的な収容力には限界があり、外部からの影響に対して一般に脆弱である。島がこうした性格をもつとして、島の人々が内と外の間にある垣根をどのように認知し、外からの影響を受容し、あるいは拒否するのか。先史時代から現代に至るまで、島の状況は決して不変ではなかったはずだ。その変化には、気候変動や突発的な津波、地震などの自然要因から、民族の移住、疫病の流行、新規作物の導入や外来生物の侵入などの人為的な要因までが複合的にかかわっている。
いつの時代であっても、島の開発と保全は最大の問題であっただろう。しかし、環境の保護が優先されてきた例はじつのところあまりない。たとえば、太平洋東部にある絶海の孤島イースター島では、人口増加と集団間の戦乱により島の環境は疲弊しつづけた。巨大な石像モアイが製作途中で放棄されたことが混乱の跡を物語っている(写真2)。日本の小笠原諸島に戦前導入されたヤギがその後野生化して増え続け、島の植生を大きく変えてしまった。韓国の済州島では、観光収入が島の経済の根幹となっているが、開発による地下水の枯渇や水信仰にかかわる伝統文化の消滅が懸念されている。
島民の生活を向上させるためや産業の活性化には、森林や未利用の土地を開発する必要がある。その行為が貴重な自然の破壊につながるとすれば、将来にわたって禍根を残すことにもなる。開発と保護のジレンマは開発途上国のみならず先進諸国でも依然として大きな課題なのだ。迷いは尽きない。

島における観光

観光がその打開策となるのだろうか。議論はこの点に集中した。シンポジウムで取り上げられた島々の多くは観光地としても知られる。近年、急激に増加しつつある観光客が島に滞在する時間と島の経済への影響、マス・ツーリズムとエコ・ツーリズムのちがいが島の生態系に与える影響の評価、島への観光客を総量で規制するための方法など、さまざまな意見があった。タヒチ、バリ、プーケットなどの観光スポットの島はまだしも、大多数を占める「ふつうの島」における未来可能性をどのように評価するのかという意見も出た。あらためて、島嶼が多様な環境と文化の条件下にあることが分かった。
ユネスコの生物圏計画では、自然の保護と開発を併存するための「地割り」がモデルとなっている。自然保護を最優先するための核心地帯、地元住民が限定的に利用できる緩衝地帯、外部からの市民などが利用可能な移行地帯がそうである。
島嶼では、陸地と海洋とに上記の地域がまたがっている。ハワイなどでは周辺海域すべてがクジラの聖域となっているが、スポーツ・フィッシングやホエール・ウォッチングは可能だ。一方、コモドオオトカゲで知られるインドネシアのコモド島の核心地帯であるサンゴ礁の海は魚が豊富である。しかし、外部からの密漁が絶えない。島ごとが抱える事情はじつに多様でその歴史もちがうのだ。

生態史の試みと海情報の統合化

シンポジウムのなかで島の未来を考えてみて、今後の課題として私なりに考えたことが二つある。ひとつは、島で過去に起こったさまざまな出来事とそれによる変化を詳細に描いて見ることである。開発か保護かという二者択一は現代世界のなかで普遍的な図式と考えがちだ。しかし個々の島が抱える問題をあえておなじ枠組(=ヨーロッパ主導でつくられた)で考えることはない。島ごとの状況を歴史的に振り返って考えることがまず必要だ。私は、これを生態史(エコ・ヒストリー:eco-history)の試みとして提案している。まずは、島嶼の生態史を詳細に探ることが重要なのだ。
二つ目は本誌の活用についてだ。これまで、ニューズレターでは島の問題が多面的な角度から取り上げられてきた。この点は本誌200号までで約600に達する多様なオピニオンが蓄積されてきたことからも明らかであろう。ただし、個々の意見や提言はどのように統合化され、新たな思想や政策として反映されてきたのであろうか。
島嶼の問題についてみれば、生態、安全保障、文化など多面的な議論が単発でなされることがあっても、それらを束ねる方向での意見の集約がいまだ十分ではない。たとえば、ユネスコの水中遺産に関する話題提供(2008年の197号による高橋暁さん)は今回、私の提案と対をなすものである。オーストラリア・グレートバリアリーフにおける保護区とアジサシの話題(2006年の137号による尾崎清明さん)も、生物圏構想における保護区域の大きさに関する問題と密接に関わっている。問題群を整理し、何がどこまで分かったのか。情報の統合を進める準備はどうやら整った。海に関するこれらの情報をたがいに連関させ、束として発信する作業ができそうな気配だ。その作業を実現するためには読者諸氏と編集サイドとの連携は不可欠だ。新たな一歩に向けて、皆さまがたからのご意見を切に望む次第である。(了)

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