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Ocean Newsletter
第19号(2001.05.20発行)
- 大阪大学名誉教授(造船学)、(財)日本セーリング連盟顧問◆野本謙作
- 太平洋諸島地域研究所主任研究員◆小川和美
- 船舶解撤企業協議会副会長◆山路 宏
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- ニューズレター編集委員会編集代表者 (横浜国立大学国際社会学研究科教授)◆来生 新
太平洋のカツオ・マグロ資源管理
太平洋諸島地域研究所主任研究員◆小川和美昨年9月、中部・西部太平洋の魚類資源管理のための国際条約=MHLC条約が対立点を残したまま採択された。実効性のある資源管理のためには、沿岸国と漁業国はねばり強く受容可能な妥協点を探らねばならず、またわれわれ国民もこの問題を注視し議論を深める必要がある。
MHLC条約の目的、採択までの経緯
MHLC条約という名前を聞いたことがあるだろうか。正式名称はConvention on the Conservation and Management of Highly Migratory Fish Stocks in the Western and Central Pacific といい、日本語に直すと「西部および中部太平洋における高度回遊性魚種資源の保存と管理に関する条約」という。やたら長い名前で、しかも何のことやら少々わかりにくいが、簡単に言うと、太平洋をぐるぐる回遊するマグロやカツオなどの魚について、その漁獲の仕方や漁獲量について国際的なルールを作りましょう、という条約である。
陸地と違い、海、特に外洋は長い間「みんなのもの」であり、魚などの漁業資源は「獲った者勝ち」の状態が続いていた。漁業が盛んな国の遠洋漁船ははるか彼方の外洋に乗り出し、よその島の目と鼻の先まで行って自由に魚を獲っていた。しかし1970年代頃から海洋資源に関するナショナリズムが高まる中で、200海里経済水域(EEZ)が国際ルールとして定着し、少なくとも各島周辺の魚に関しては沿岸国の権利が認められるようになった。そして遠洋漁業国がこうした水域で魚を獲るためには、沿岸国と交渉の上、入漁料を支払うことになった。これによって沿岸国は経済的な利益を得るとともに、近海における漁獲量を調節し、資源の枯渇を予防することができるようになったわけである。
一方200海里内外を回遊するマグロやカツオなどについては、その資源管理を誰がどのように行うのか、依然として大きな問題であった。とりわけ近年アジア各国が遠洋漁船を急速に増加させたこともあって、特に沿岸国では資源枯渇に対する懸念が強まっており、持続的な利用を確保するために、関係国の間で漁獲に関する国際的なとりきめを作ることが急務となってきた。実はこうした資源管理の枠組みは、大西洋やインド洋ではすでにICCAT(大西洋まぐろ類保存国際委員会)、IOTC(インド洋マグロ類委員会)という機関が設立され、日本も加盟している。そんな中で太平洋での取り組みは遅れており、日本も常々資源管理のためのルールづくりを切望していたところでもあった。
こうして1994年から、国際ルールづくりの作業が始まった。中部および西部太平洋の沿岸国と、この地域で操業する漁業国あわせて28カ国・地域が一堂に会し、条約締結に向けた協議が何度も行われた。そして練り上げられたのが冒頭で紹介したMHLC条約で、昨年9月4日、ハワイで行われた7度目の会議で採択されるに至ったのである。
ところが当初から資源管理の重要性を主張し、条約づくりには積極的だった日本は、この条約の採択に際して韓国とともに反対し(賛成19、反対2、棄権3)、署名も行わなかった。というのも、協議の過程でその主張がほとんど容れられず、日本として受け容れられる条約ではなくなってしまったからである。
国・地域名 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 |
---|---|---|---|---|---|
日本 | 523,963 | 458,313 | 445,067 | 396,221 | 367,142 |
インドネシア | 196,324 | 215,951 | 229,431 | 256,975 | 285,300 |
台湾 | 216,315 | 219,555 | 233,089 | 234,278 | 216,568 |
フィリピン | 106,148 | 147,739 | 171,068 | 171,284 | 177,439 |
韓国 | 130,496 | 199,506 | 177,896 | 149,831 | 161,217 |
米国 | 177,376 | 194,823 | 156,010 | 146,403 | 140,391 |
グアム | 110 | 123 | 46 | 32 | 41 |
ソロモン諸島 | 29,813 | 35,299 | 55,228 | 40,804 | 41,385 |
パプアニューギニア | 8 | 1,781 | 15,230 | 11,077 | 20,810 |
フィジー | 8,209 | 8,787 | 12,467 | 13,121 | 12,663 |
ニュージーランド | 4,593 | 9,610 | 8,046 | 11,033 | 8,245 |
ミクロネシア連邦 | 16,003 | 22,150 | 7,692 | 8,227 | 8,078 |
豪州 | 5,189 | 4,356 | 4,300 | 4,762 | 7,408 |
中国 | 5,614 | 11,143 | 9,261 | 5,281 | 2,953 |
キリバス | 293 | 192 | 482 | 482 | 482 |
マーシャル諸島 | 136 | 53 | 35 | 35 | 35 |
ニューカレドニア | 1,237 | 1,301 | 1,175 | 1,117 | 903 |
北マリアナ | 40 | 45 | 69 | 92 | 75 |
パラオ | 75 | 80 | 80 | 93 | 93 |
ツバル | 584 | 272 | 272 | 275 | 275 |
バヌアツ | 490 | 186 | 186 | 665 | 161 |
シンガポール | 0 | 5 | 5 | 5 | 47 |
総計 | 1,423,016 | 1,531,713 | 1,527,131 | 1,452,093 | 1,451,711 |
なぜ日本はMHLC条約採択に反対したのか
日本の不満について朝日新聞は、「漁獲制限の設定や漁船に乗る監視員の権限を大幅に強化するなど、取り締まることを前提にした厳しい内容にある」(2001年1月24日付朝刊)と報じている。しかし漁獲量の適切な管理は日本も望むところである。日本にとって受け容れられない最大の点は、対象水域や紛争処理方法、取締規定等とともに、意思決定方式の問題にある。
条約参加国は、国の数から見ると沿岸国側が圧倒的多数派であり、多数決になると常に沿岸国の意向が強く反映されることになる。しかも条約では各国のEEZ内においても公海上における措置と一貫性を持つことが要求されるので、沿岸漁業者まで外国の意向による規制を受ける可能性も出てくるわけである。日本としては、「数の力」によって「論理の力」が無力化されてしまっている捕鯨問題の轍を踏まないため、漁業国側にとって理不尽な措置が多数決で採択された場合にも、異議を申し立てる権利を留保しておく必要がある。しかし結局これは認められなかった。しかも多くの対立点が残されたままだったにもかかわらず、議論は出尽くしたとして沿岸国寄りの議長案が条約として採択されてしまった。こうしたやり方は今後、条約発効後に決められるとされる漁獲制限に繋がる保存管理措置を決める中でも、数の力を背景に到底漁業国側が容認できないものが次々と出されるのではないかという懸念を深めるものでもあった。
他方、沿岸国側にしてみると、漁業国の中には資源管理よりも当座の漁獲を重視する国もあるという不信感も根強く、「異議申し立て権」を認めると、資源保護のための規制措置が、漁業国側の「異議」により骨抜きになってしまうという危惧がある。いずれにせよこうした諸々の対立点をじっくり話し合い、妥協点を探るねばり強い交渉を行わずに、条約の採択が強行されたことは、今後に大きな禍根を残すことになったと思われる。
日本としては、漁業国側の懸念を払拭するため、条約採択後も各国に働きかけを行っているが、強硬な態度を崩さない沿岸国も多く、今年4月23日から行われた条約の運用規則などを作成する準備会合には、とうとう日本は参加を見合わせてしまった。万一、日本をはじめとした漁業国がMHLC条約に参加しないことになれば、資源管理という条約の目的は、ほとんど実効性を失ってしまう可能性もある。沿岸国側はもう一度、条約の真の目的を想起し、漁業国側と胸襟を開いて対話を行う必要があろう。
一方、日本にとってみても、条約の対象とされる中部・西部太平洋は、日本のカツオ・マグロの約8割を獲っている海域である。この条約がわれわれの食卓や生活に与える影響は、捕鯨問題をはるかに越える可能性も秘めている。しかし残念ながら日本のメディアはこの問題にほとんど注目しておらず、恐らくこうした経緯は多くの国民の知るところとなっていないように思われる。
条約発効の条件や各国の態度を見ると、恐らくこのMHLC条約は2003~2004年頃に発効する可能性が高い。日本はそれまでに条約の修正を含めさらにねばり強く働きかけを行っていかねばならない。そしてその成否に関わらず、3年後に日本はこれを受け容れるのか否か、難しい選択を迫られることになろう。こうした状況の中で、われわれはこの問題について国民全体で注視し、どうすることが最良の選択なのか、国内でも議論を深める必要があるのではないだろうか。(了)
筆者は現在、在パラオ日本大使館で専門調査員として勤務しているが、本稿は筆者個人の見解であり、外務省および日本政府の公式見解ではないことを念のため付記しておく。
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