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オーシャンニューズレター

第190号(2008.07.05発行)

第190号(2008.07.05 発行)

海洋基本計画と情報の"海底"輸送の確保

[KEYWORDS] 国際海底ケーブル/海底ケーブル故障/情報通信ブロードバンド化
NTTワールドエンジニアリングマリン(株)代表取締役社長◆高瀬充弘

海洋基本計画では、海洋産業の健全な発展、海上輸送の確保等が謳われているが、海底ケーブルについては、ほとんど触れられていない。
海洋国家日本、IT国家日本にとっては、モノの輸送と並んで情報の輸送も重要である。
海底ケーブル業界の視点から海洋基本計画を補足説明する。

1.海洋基本計画の中では海底通信ケーブルの話が見えない!

海洋基本法に基づき平成20年3月に閣議決定・公表された海洋基本計画※1は、「我が国の経済社会の健全な発展及び国民生活の安定向上を図るとともに、海洋と人類の共生に貢献すること」を目的にしています。また、この基本計画中には海洋産業の健全な発展という一項目があり、ここでは、"海運業、水産業、造船業・舶用工業等の海洋に関する産業は我が国経済社会の健全な発展や国民生活の基盤でありその健全な発展が重要である"、となっています。海底通信ケーブル業は海洋にかかわる産業の一つであり、また、現代の重要な社会・経済インフラの一つだと思いますが、海洋基本計画の中では、その姿かたちがなかなか見えません。かろうじて、関連しそうな部分を探すと、"第2部5.海洋の安全(2)海洋由来の自然災害への対策"の中の、「...ケーブル式海底地震計の整備...」(これは海底通信ケーブル活用の一つです)、"第2部10.離島の保全等(2)離島の振興"の中の、「...高度情報通信化社会の進展に伴い本土との情報格差の是正を図るため、高度情報通信ネットワークの構築を推進する...」(現在、政府のu-Japan計画に基づいて多くの離島を抱える地方自治体が離島を結ぶ海底通信ケーブル・プロジェクトを計画・実行しています)という部分くらいで、いずれも日本国内の話です※2。
今回は、海洋基本計画の中で特に見えていない"国際"海底通信ケーブルについて、海洋基本計画との関連について私見ですが補足説明をさせていただきたいと思います。

2.国際海底通信ケーブル⇒情報の"海底"輸送の確保

図1 台湾沖海底ケーブル故障エリア
(出典:NTTコミュニケーションズ)
図1 台湾沖海底ケーブル故障エリア
(出典:NTTコミュニケーションズ)

海洋基本計画の中では"第2部4.海上輸送の確保"の項で、「...経済活動や国民生活の水準の維持向上に必要な物資を、適時適切に運送できる効率的で安定的な海上輸送の確保は、...我が国にとって極めて重要である。...」としています。これは主に外航海運業の話だと思いますが、ここで、"物資"を"情報"に、"海上"を"海底"に置き換えれば、そのまま、国際海底通信ケーブルの話になります。今日、ありとあらゆる情報(電話、インターネット、データ通信、映像等)が国際海底通信ケーブルによって日本から世界の国々へ、また反対に世界の国々から日本へと運ばれています。グローバルな経済社会活動は海が支えているといえます。基本計画中の説明にもありますが、物資についてはわが国の貿易量のほとんどを海上輸送に依存しています。他方、情報は海底に敷設された通信ケーブル(大容量、高速の光ネットワーク)が、日本と海外との情報流通量の大部分を運んでいます。海上輸送の確保と同じくらい、情報の海底輸送の確保も重要だといえるのではないでしょうか。また、物資の海上輸送の場合と同様、情報の海底輸送の場合も空との補完関係があります。海上輸送を補完する飛行機による輸送と同じように、海底ケーブルを補完するものとして衛星通信があります。
現在、海上に多くの物資輸送のための船舶航路があるのと同様、世界中の海底には海底通信ケーブルが張り巡らされて情報の輸送路を形成し、世界経済のグローバル化、情報化を支えています。ただ、何しろ物資の海上輸送とは違い、情報の輸送は海底深く沈められたケーブルの中を電子信号が行き交うだけで、人の目には触れませんのでなかなかその存在を認識していただけません。ただ、この海底輸送路(海底ケーブル)が一度、故障すると、日本と外国とのコミュニケーションが遮断され、経済・社会活動に大きな影響を引き起こします。
最近の世界的大規模な海底通信ケーブル故障としては一昨年の台湾沖でのケーブル故障、今年1月の中東・エジプト地域でのケーブル故障があります。いずれも、複数の国際海底通信ケーブルが故障し、多くの国の電話、インターネット、データ通信等に影響が出て、新聞などマスコミでも大きく取り上げられました。日本は特に、台湾沖のケーブル故障(地震が原因でした)によって日本とアジア諸国との間の情報輸送路が遮断されたため、企業向けデータ通信、インターネット、国際電話などが大きな影響を受け、NTTその他各社は緊急対応に追われました(図1参照)。

3.国際海底ケーブル業界の最近の動き

図2 2007年世界国際海底通信ケーブル契約実績
(出典:TSA NewsFeed)
図2  2007年世界国際海底通信ケーブル契約実績

造船、海運業界等と同様に、国際通信海底ケーブル業界も好不況の波の激しい業界です。1990年代後半のいわゆるドットコム・バブルといわれた時期に世界中で海底通信ケーブルの建設ラッシュが起こりましたが、バブルがはじけた直後(2000~2001年頃)、多くの海底ケーブル関連会社(ケーブル・オペレーター、ケーブル・メーカー、ケーブル船会社など)が倒産したり、大規模なリストラを迫られたりしましたが、昨年あたりから新しいブロードバンドサービス(映像系等)の世界的な急増などを背景に、新しい国際海底通信ケーブル・プロジェクトが次々と計画されており、10年ほど前のバブルの再来ともいわれています。2007年一年間に契約が結ばれた主なプロジェクトは、世界中で約25件、距離(総延長)にして、約11万kmといわれており、また、その半分以上は、アジア太平洋地域に集中しています(図2参照)。たとえば、日本でもNTTコミュニケーションズが北海道―ロシア(サハリン)間の海底ケーブル工事等を行っています。

4.今後の課題

経済・社会活動のグローバル化、また情報通信のブロードバンド化はこれからも進みます。海洋国家日本、IT国家日本にとっては、海洋基本計画で明示的に取り上げられている物資の海上輸送の確保と共に、"情報"の海底輸送の確保も今後、ますます重要になってくると思います。
海洋基本計画の中では海底通信ケーブルの姿がよく見えませんが、われわれ業界関係者のPR不足もあると大いに反省しています。ただ、海底通信ケーブル業界は、海を仕事の現場として、船舶を所有し、船員社員を多数抱えて事業を行っています。海底ケーブル業界の海洋における課題としては、1)環境問題:海の自然、漁業等に配慮したケーブル敷設・工事等、2)安全・災害対策:海底ケーブルの多ルート化、ケーブル敷設・修理工事の安全確保等、3)研究開発:新しい大容量・高速ケーブルの開発、海底工事用資機材の開発、新しい工法等、4)人材育成(船員社員のキャリアパス、外国人船員活用等、5)国際的な連携・協力(海外の通信事業者、海底ケーブル事業者との協業)等があげられると思います。
海洋基本計画に掲げられた諸課題は、ほとんどすべてわれわれの業界にも共通するものだと認識して、必要な対策を着実に実施していきたいと思っています。(了)

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