Ocean Newsletter
第190号(2008.07.05発行)
- (社)海洋産業研究会常務理事、海洋政策研究財団理事◆中原裕幸
- NTTワールドエンジニアリングマリン(株)代表取締役社長◆高瀬充弘
- 歴史小説家◆植松三十里(みどり)
- ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・副研究科長)◆山形俊男
編集後記
ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・副研究科長)◆山形俊男◆四川大地震の凄惨なニュースを追いかけるかのように、6月には岩手・宮城内陸地震が発生し、東北地方に多くの災害を引き起こした。山間に生じたクレーターのような地形を見るにつけ、これが大都市で起きたならどれほど多くの人命が失われ、都市機能が破壊されたであろうと想像するだけで恐ろしい。
◆今回の救いは家屋の倒壊が少なかったことである。積雪に強い家屋構造が効果を発揮したといわれている。また、震源地から離れた地域では「リアルタイム地震学」に基づく緊急地震速報が有効だったようだ。地震波の主要な波には縦波(P波)と横波(S波)がある。前者の地表付近の速さは毎秒6~7キロメートルと速いが、密度差の情報を伝えるものでエネルギーはあまり伝えない。後者は、ずれ応力の伝播によるもので、その速さは毎秒3.5~4キロメートルで、主に破壊的なエネルギーを伝える。そこで両波動の到達時間の僅かな差を利用して、新幹線を停車させるなど、迅速な防災対策を取ろうというのである。このように減災に向けて様々な対策を講じておくのは大切なことである。勿論、費用対効果を充分考慮することも必要なことは言うまでもない。
◆さて、今号ではまず中原裕幸氏が海洋基本法にも謳われている総合的海洋管理に関して、オピニオンを展開している。中原氏はEEZの基点となる離島の活用が重要であり、それには曳航係留型の洋上基地と飛行艇が有効であるとする。このような洋上基地の居住性を高め、ミニ洋上都市とするならば、防災面でも大きな力を発揮することになるであろう。三代将軍家光は1632年に向井将艦に命じて、安宅丸という巨大な御座船(1,700トン、漕ぎ手200人)を伊東で建造させ、深川に回航して係留していた。まだ幕政の不安定な時期にあって江戸湾の防備を固めるためである。しかし、次第に軍事的意味合いは薄れ、絢爛豪華さのみが増して、財政を圧迫したため、綱吉の時代(1682年)に廃船にされた。この家光の初期の考えを、宏大なEEZの枠組みのなかで捉え直し、曳航係留型のミニ洋上都市として復活させることができるならばどんなに素晴らしいことだろう。
◆次いで、高瀬充弘氏は海が物流だけでなく情報についても重要な回廊を提供していることを指摘する。高瀬氏は特に国際情報ネットワークに欠くことのできない海底通信光ケーブルの重要性を説く。離島の住民の福祉や生活の利便性の向上には情報への自在なアクセスが不可欠であるから、中原裕幸氏のオピニオンとも密接に関係してくる。衛星通信が発展した現代においても、大容量、高速通信を持続的、かつ安定して可能にする海底通信光ケーブルの必要性は強まる一方なのである。ここで、明治政府が基盤的な通信インフラとして海底通信網の確保とその不平等協定の改定にどれほどの苦労をしたかも忘れてはならないと思う。
◆今号の最後のオピニオンは気鋭の歴史作家、植松三十里氏によるものである。幕府最後の海軍総裁として日本海軍の創成時代に大いに活躍したが、今はほとんど知られていない矢田堀景蔵についての話である。植松氏の筆によって景蔵の鴻鵠の志が現代に蘇ろうとしている。今、私たちに必要なのはこの国の豊かな歴史をステレオタイプでない形で掘り起こし、その叡智を未来に投影する心の余裕なのではあるまいか。 (山形)
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