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オーシャンニューズレター

第18号(2001.05.05発行)

第18号(2001.05.05 発行)

南インド沿岸の貧村が生まれ変わった
~持続可能な沿岸開発の実践をめざす、IOIエコ・ビレッジ・プロジェクト~

IOIジャパン事務局長◆大塚万紗子

水道もなく、電気もなかったいくつもの貧村に、かつては想像すらしえなかった活気が生まれつつある。持続可能な沿岸開発の実現にむけて、一歩でも近づきたい。こうした考えのもと南インドで始まったIOIエコ・ビレッジ・プロジェクトは、いまたしかな手応えを得ている。

インド東南端にほど近い漁師の村マナパデュから車で10分。砂の岬に建つ古い教会の脇を海岸へ下りたところに、小さな洞がある。中は人が寝起きできるくらいの岩床と、今も新鮮な真水を湛える古い井戸。前の岩場からは青磁色をしたベンガルの海原が広々と見晴らせる。この自然が創ったすばらしい庵で、フランシスコ・ザビエルは黙想と祈りの日々を送ったという。

この地に私を案内してくれたのは、国際海洋研究所(IOI)インド支部のラジャゴパラン教授である。IOIは世界に16カ所の支部を持ち、1972年の創設以来「海は人類共同の財産」という理念の基に、国連海洋法条約の草案づくり、PaceminMaribus(海に平和)年次会議の開催、各国海洋担当者の育成、国際機関への提言や海洋年鑑の発行など、海洋問題に対して総合的に取り組んできた。しかし、真に「人と海洋の共生」をめざすためには、さらに人々の生活の中に入りこんで、行動する必要があるのではないか。世界人口の約60%が集中している沿岸60km圏内。その地域の環境の保全をしながら、人々の生活のレベルを上げていくという「持続可能な開発」と「沿岸地域の管理」の実現に一歩でも近づきたい――南インドのIOIエコ・ビレッジ・プロジェクトはこうした考えのもとにスタートした。

マナパデュの近く、以前は不可触餞民と呼ばれていた人々が住む沿岸の20の貧村。水道もなく、電気もなく、トイレもない(女性たちは朝暗いうちに人目につかないやぶの中に通う)。環境は悪化の一途をたどる――炊事用木材の伐採による荒地化、工業用水汲み上げによる地下水の塩水化、ここ数年続いている旱魃(かんばつ)による井戸の枯渇、プラスチックゴミの増加――。彼らには漁業権もなく、農地もない。仕事もない。男性たちは年に2カ月ほど農繁期の手伝いの仕事にありつくのがやっとなのに、日当が入ると酒に替えてしまう。近隣の村の家事手伝いなどをして日々の暮らしを支えているのは女性たちである。毎日のいさかいが絶えず、子供たちの表情も暗かった。

ラジャゴパラン教授は、村の人々の意識を変えるために、まず婦人グループを結成した。毎日の生活を切り盛りし、子供の将来に責任を感じているのは女性たちだからである。つぎに、控えめで受身であった彼女たちの自信を高めるために、自転車の乗り方を教えた。初めは尻込みしていた女性たちの表情も達成感で次第に輝き始め、積極的に新しいことを受け入れる素地ができてきた。この段階で、教授は環境を保護・回復しながら、同時に生活の糧を得る方法をいくつか導入した。例えば消毒薬の原料ミームの植林。緑化する一方で、木の実を売って現金を得る。苗木の育成も植林も女性グループが管理・運営する。村の人々に環境の大切さを伝えるために短い芝居をするグループもできた。女性たちの活躍に刺激され、男性たちもミミズを使った肥料作りを担当、子供たちは毎週の清掃キャンペーンに参加するようになった。何より、生活に活気が出てきた。村で初めて高等教育へ進学する女性も現れた。

女性から始まったエコ・ビレッジの活動は40村に広がり、リーダーたちも育った。教授たちが撤退した後も活動は継続されるだろう。「人と海洋の共生」――遥かな道を一歩ずつ歩むIOIインドの教授たち。この活動はIOIネットワークを通じて、アフリカでも実践される予定である。私もマナパデュの海を想いながら、しっかりと応援していきたい。(了)

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