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オーシャンニューズレター

第18号(2001.05.05発行)

第18号(2001.05.05 発行)

なぜ撤去は進まない?乗り揚げ放置の外国船

(株)ゼニライトブイ取締役(前日本海難防止協会企画部長)◆菅野瑞夫

わが国には、海難で乗り揚げた外国船舶が、各地海岸で数多く撤去されずに放置されている。原則的には、船主や船舶運航者に撤去の責任があるにもかかわらず、撤去費用が払えないなどの理由から撤去はなかなか進まない。海洋環境にも深刻な被害を及ぼすだけに、国際的な対応も望まれる。

私は、海上保安庁に在職中、沈没したり乗り揚げた外国船舶の撤去について、3例の対処経験があります。以下これらの事例について概述し、問題点について述べたいと思います。

1 船主が撤去しなかった事例

昭和54年の10月19日、日本を縦断して各地で被害を及ぼした「台風20号」が釧路を襲いました。釧路港では、特に漁船の被害が大きく、日本漁船1隻、韓国漁船3隻が転覆や乗り揚げし、67人の死亡・行方不明者を出しました。事態の詳述は省き、撤去に苦労した1隻について書いてみます。

忘れもしない船名は「第15イルドン(日東)号」(91総トン)、釧路西港の航路入口付近で転覆して沈没したのです。当然、韓国の船主に対して撤去を何回にもわたり要請しましたが、同船は保険には入っておらず、船主はまったく撤去に応じない状況でした。政府レベルでの要請により韓国政府が船主に撤去費用を貸したと聞きましたが、その後船主はその費用を別の支払いに使ってしまったとか。まったく悪徳船主で埒があかない状態でした。

結局は、私が釧路を去った後に釧路市が撤去したと聞いています。

2 船主により撤去された事例

(1)比較的早く進んだもの

平成2年1月25日、猛吹雪の未明、貨物船「マリタイム・ガーディニア号」(7,027総トン)が兵庫県北部の丹後半島東岸に乗り揚げました。破損した船体から燃料油など916トンを流出させ、丹後半島東海岸に大量のグリース化した油が押し寄せ、バケツや柄杓による人海作戦は、7年後に同じ日本海で発生したナホトカ号の悪い前兆とも言えるものでした。

マリタイム・ガーディニア号は、世界でも有数のノルウエーの保険会社のPI保険(※)に入っており、本国から来た弁護士を八管区本部(舞鶴)まで呼んで、法的な説明、事態の重要性などを詳しく重ね重ね説明し、早期撤去の要請をしたところ、2月19日にはサルベージ会社との契約締結とトントンと進みました(撤去は6月10日完了)。事故後1ヶ月弱で撤去契約を結んだという点で、この種の海難としては他に例をみないほどスムーズにいったという評価をいただきました。

(2)苦労して撤去に漕ぎ着けた事例

昭和63年、私の着任時、曳航索が切断し漂流したスクラップ船(貨物船、7~8,000トン)が隠岐諸島西ノ島の国賀海岸に乗り揚げたまま放置されていました。

船主は西ドイツ、弁護士が英国の人で、撤去の交渉はもっぱらこの英国在住の弁護士とのFAXのやりとりでした。弁護士の主張は、「海洋汚染及び海上災害防止に関する法律(海防法)第43条は、撤去させる根拠とはならないと解するので撤去要請に応ずることはできない」というものでした。

当方は、法的根拠の正当性を説明し、また同船の放棄によって漁業資源に大きな被害を与え、また乗り揚げ地点は隠岐諸島の観光地の中心であり影響が大きいことなどを説明し、西ノ島町、島根県も動きましたが、一歩も前進しませんでした。

私は某サルベージ会社に撤去費用を算出してもらったところ、今までの交渉時出ていた費用より安かったので、このサルベージ業者と直接連絡をとるよう伝えたところ、即、契約が成立した旨の連絡が入りました。一件落着でホッとしました。なお、同船はPI保険に入っていました。

3 撤去についての問題

まず基本的に認識すべきことは、海難等によって動けなくなった船体等を撤去することについては、あくまでも船主や船舶運航者(以下「船主等」という)に撤去の第一次的責任があるということです。しかし、残念ながら最近問題になっているのは、この自覚も責任観念もない船主等がかなり存在するという事実です。

本稿では、このような不埒な船主等をゼロにすることはなかなか困難であるということを踏まえて対策について述べたいと思います。

法律的には、まず船主等に撤去義務を負わせて、その義務の履行を強制する方法が必要であり、わが国では海防法や港則法に規定があります。しかし、私の前記体験や現在放置されている外国船については、船主等が外国にいて撤去に応じない場合、そのような義務の履行に実効性が乏しいという問題が生じています。このような場合の対策としては、次のようなものが考えられます。

(1)義務不履行船主等の他の持ち船(いわゆるシスターシップ)がわが国に入港した場合にこれを差し押さえる方法

しかし、船体等の撤去を強いるこの措置は、いわゆる「一ぱい船主」やシスターシップがわが国に入港しない場合は、どうにも措置し得ないこととなります。実際にわが国で問題になっているのは、そのような船主等の船が多いのではないでしょうか。

(2)わが国に入国する外国船舶に保険の付保を強制する方法(強制保険制度)

釧路沿岸で座礁した外国船
釧路沿岸で座礁した外国船。現在、撤去作業中
(写真提供:釧路海上保安部)

前記の私の対処した3事例では、船主が保険に入っていたか否かが撤去の成否を分けています。強制保険制度については、現在一定の大きさ以上のタンカーには、条約に基づく油濁損害賠償補償法で義務付けられています。これをノンタンカーにも導入することが望まれるところですが、これには次のような問題があります。

まず条約化については、悪質な一部の船主等のために、他の多くの船主等に負担を強いること(結果として運送費にはね返る)にわが国を含め世界海運界の同意は得られないと思われます。

次に、条約化が困難であるとすれば、わが国独自の国内法で強制する方法が考えられます。この保険付保は、わが国の港への入港条件として強制することになりますが、領海内航行船舶や領海外のわが国沿岸海域を航行する外国船舶には義務付けることはできません。

私は、それでも現在のような状態よりはベターだと思っています。わが国沿岸では、入出港時の乗り揚げや走錨しての乗り揚げが散見されるからです。ちなみに、米国では10年以上前から強制保険制度を導入していますが、これも入港条件として強制しているようです。

諸外国に比べ、特にわが国では海岸部のほとんどは国民の生活や生産・産業の場であり、また環境を保全する海域として存在しており、放置外国船舶はこれらに影響を及ぼします。種々の困難性があるのは承知していますが、関係者の取り組みが期待されるところです。(了)

※PI保険=Protection & IndemnityInsurance。船舶の運航に伴って発生した、第三者への損害を補償するための賠償責任保険で、「船主責任保険」と呼ばれる。

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