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オーシャンニューズレター

第18号(2001.05.05発行)

第18号(2001.05.05 発行)

東南アジア海域における海賊・武装強盗への対策

海上保安大学校教授◆村上暦造

東南アジア海域の海賊・武装強盗事件は増えこそすれ、一向に減少する気配にない。これまでにとられてきた対策に加えて、国内法及び東南アジアの地域協力の上で、一層の対策が必要とされている。

海賊・武装強盗の状況

IMO (※1)の第73回MSC (※2)報告によれば、1984年から2000年10月末までに全世界で2017件の海賊・武装強盗事件が報告されており、特に、近年では、東南アジア海域で多発している。IMB(※3)

集計によれば、2000年に全世界で発生した467件の事件(未遂を含む)のうち、インドネシア119件、マラッカ海峡75件とこの海域だけで全世界の半数弱の事件が発生しているという。数の上では、船内の金品や備品及び乗組員の所持物が強奪される例が圧倒的に多いのであるが、船舶を丸ごと奪うハイジャック事件も8件報告されており、強盗犯人が軍人や官憲の制服を着用して犯行に及ぶ例もある。その発生事件数は増えこそすれ、一向に減少する気配が見えていない。

その発生海域でみれば、大半の犯罪行為は、国際航行に使用される海峡及び沿岸国の港内及び領海内で発生している。海賊、武装強盗をはたらく犯人の立場、その被害を受ける船舶の立場からすれば、その襲撃が港内や領海内で行われようが、公海上で行われようが大きな違いはない。しかし、この犯人を逮捕し、犯行の証拠を確保し、裁判により確実に処罰するという段階になると、とたんに、その犯行場所や被害船舶の所在地が問題となる。国際法上、公海上の「海賊行為(piracy)」であるならば、いずれの国もこれを公海上で拿捕し、自国で処罰することができる(国連海洋法条約第101条及び第105条)。しかし、港内や領海内の襲撃行為は「海賊行為」に該当せず、「船舶に対する武装強盗」(armedrobbery againstships)と呼んで区別されている。沿岸国の内水及び領海内の犯罪であるかぎり、その取締りと処罰はもっぱら沿岸国(犯行地国)の責任と権限に属する行為であり、特別の国際法上の根拠がなければ、沿岸国以外の国がこれに関与することはできないのである。

これまでの対策

東南アジア海域の海賊・武装強盗の背景には、同地域の経済的及び社会的な状況に原因があると指摘されているが、直接的な対策としては、通航船舶の側が自衛策をとり、関係国が海上のパトロールを強化することであろう。これまでも、ICC/IMBの海賊通報センター(PRC)が、事件発生時の連絡通報に重要な役割を果たし、通航船舶みずからも被害に遭わないように見張りを強化してきた。シンガポール当局、マレーシア海上警察などもパトロールを強化してきていると言われているが、関係海域が広すぎることもあって、前述のごとく、海賊・武装強盗の数は減ってはいないのである。

IMOは、海賊行為・武装強盗に対して、1993年5月に「政府への勧告」(MSC/Circ.622、1999年5月に改定)を定めて、沿岸国、寄港国および旗国は行動計画を作成すること、関係国は国内法にしたがって犯人の捜査および訴追を行うこと、事件発生海域では地域協定を締結して対応すべきことを指摘し、また「船主・船舶運航者・船長および乗組員の指針」(MSC/Circ.623、1999年5月に改定)を策定し、船舶の側の自衛策を示している。また、1998年以降、事件多発地域を中心に、地域セミナーを開催して関係国の対応促進を図っている。さらに、2000年12月の第73回MSCでは、「海賊行為及び船舶に対する武装強盗の犯罪の捜査のための実務コード」(Codeof Practice for the Investigation of theCrimes of Piracy and Armed RobberyAgainstShips)を作成し、第22回国連総会に提出するとともに、MSCCircularとして各国に回章した(MSC/Circ.984)。海賊及び武装強盗の行為に対してIMOの締約国の取締官の捜査マニュアルであるが、先の政府への勧告及び船主等への指針と同様に、現在のところ、法的な拘束力のある文書となっているわけではない。

これからの対策

(1) わが国の対策

わが国も、1999年10月のアロンドラ・レインボウ号(日本人2名乗組み、パナマ船籍)の事件の後、2000年4月に東京で「海賊対策国際会議」を開催し、関係アジア各国の海上警備機関による「アジア海賊対策チャレンジ2000」および海事政策当局による「モデル・アクションプラン」を採択して、東南アジアにおける海上警備機関の間の連携強化に乗り出しているが、それに加えて、国内法の整備も必要であろう。わが国の現行刑事法は、属地主義と旗国主義の適用を原則としているために、強盗、監禁などの犯罪について、日本領域外で発生した場合には日本船舶が被害に遭わないかぎり適用することができない構造である。これでは、仮にアロンドラ・レインボウ号の犯人が国内で見つかったとしても、処罰することができない。海賊・武装強盗という海上の犯罪行為に対しては、普遍主義に基づく適用はともかく、日本人が被害者となる場合に処罰可能となる消極的属人主義の採用を考慮すべき時期にきているように思われる。

(2) 東南アジア地域の対策

東南アジアにおける海賊・武装強盗の問題は、犯行が行われた国(犯行地国)の問題にとどまらず、犯人及び被害者の国籍国や犯行船舶及び被害船舶の旗国、さらには関係船舶の寄港国など多くの国にまたがることになる。海賊・武装強盗に対応するためには、第一に、これら関係国間の密接な連絡・通報体制を整備して、関連情報を迅速に伝達して関係国が情報を共有し、対応することが不可欠である。

また、海賊・武装強盗犯人及び関係船舶がいずれの国に逃げてもこれを捕捉、逮捕し、確実に処罰することも必要である。つまり、犯人および犯行船舶の取締り(執行管轄権)と処罰(裁判管轄権)の両面の対応が求められる。そして、そのために上述のごとく多くの関係国が密接に協力しなければならない。例えば、関係国による海域の共同パトロールを行ったり、海賊船舶が犯行地国の海域から別の国の海域に逃亡したとしても、犯行地国の警備当局が追跡を継続できるような枠組みを整備すること、また、各国は国内法令を整備するとともに、犯人および関係船舶の所在する国はその身柄および船舶を拘束し、処罰を確保することが要求される。さらに、その処罰を確実にするためには、関係国間の証拠の収集、提供あるいは犯人の引渡しを中心とした司法・捜査共助体制の枠組みも整えてゆく必要があろう。そのためには、東南アジア各国を中心とした関係国が、一層、その方向で協力していくことが求められている。(了)

※1IMO=International MaritimeOrganization(国際海事機関)-国連の専門機関

※2MSC=Maritime SafetyCommittee(海上安全委員会)

※3IMB=International MaritimeBureau(国際海事部)-ICC(国際商業会議所)の下部組織

 

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