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オーシャンニューズレター

第177号(2007.12.20発行)

第177号(2007.12.20 発行)

北極海航路時代到来か

元北海道大学大学院教授◆北川弘光

地球温暖化による北極海夏期海氷面積の激減、原油価格の異常な高値水準持続により燃費増の悩みを抱える海運界、資源需要急増による極域資源開発への関心の高まり、国連海洋法条約大陸棚・EEZ条項。
これらの問題などが絡み合って、北極海の通航により劇的な航行距離短縮が可能となるロシア側北極海航路NSRおよびカナダ側北西航路は新たな関心を呼び、欧米においては航路啓開への具体的な動きが見え始めている。その動向概要を述べる。

航路啓開の歩み

北極海航路(NSR:Northern Sea Route、古くは北東航路)啓開への関心は遠く大航海時代に遡るが、啓開努力が実を結ぶようになったのは船舶が機械的駆動力を得てからのことであり、とりわけロシア革命以降は、国家戦略の下、ソ連による北極海航路啓開が営々として進められてきた。


原子力砕氷船の登場は、その強力な砕氷力と航続距離によってNSR啓開の技術的難問のほとんどを取り除いたが、冷戦構造下では他国の関与を許さぬソ連専用航路としてNSRは維持され、その運航実態は諸外国にとっては闇の中であった。しかし、冷戦構造の終結とゴルバチョフ書記長による北極海航路開放宣言(1987年)が契機となり、当面、通年の商業航行は至難としても国際商業航路としてのNSRの可能性を詳細に検討する価値ありとの判断から、NSRに関する総合的な国際協力研究事業INSROP(International Northern Sea RouteProgramme)※1が、ノルウェー(ナンセン研究所)、ロシア(ロシア中央船舶海洋設計研究所)、日本(シップ・アンド・オーシャン財団(現海洋政策研究財団)・日本財団)を中核として行われた。1993年から1999年にかけての本研究により、国際商業航路としての北極海航路啓開への道筋が示された。日本は、NSR航行に関わる技術的な課題に重点を置いた独自の研究事業JANSROP(Japan Northern Sea Route Programme)を併行させ、また2002年からの3年間では、極東ロシア・アジアに視点を移しての国際協力研究事業JANSROP IIを実施し、極東アジア・ロシア地域の産業界に対するNSR利用準備を調えた。

IPCC評価報告とNSRへの関心の高まり

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第四次評価報告(AR4)の第1作業部会報告書(「自然科学的根拠」が主題)が本年2月公表され話題を呼んだ。人為起因による地球温暖化の兆候としての多くの現象・事例は、すでにその第三次評価報告(TAR, 2001年)で指摘されたことではあるが、TARでは予想・可能性の域にあった事柄が、AR4ではほぼ確定的事象として報告されている点が重要である。その象徴的事例の一つとして、北極海の晩夏の海氷面積が過去最少となったことが報じられ、情報メディアを賑わせた。

■北極海海氷面積の減少予測

北極海航路にせよ北西航路にせよ、関係者の関心を深めたのはTARとその数年前からの気候変動研究論文によってである。近年、北極海の海氷状況は人工衛星画像の入手が容易になり、AR4を待つまでもなく、衛星画像によって北極海の海氷衰退が実感でき、この海域が資源開発・資材輸送海域に変貌する日も遠くないと考えられたからである。

エネルギー資源を中心とする非再生資源の需要増と枯渇傾向は、資源開発域を海洋深海底へ、また高緯度地域へと拡大する駆動力となっている。広大な海氷域と言う障壁が崩れれば、地質学的に多くの資源が眠ると想定される北極海へと関心が及ぶのは必定であり、大陸棚・EEZに関わる国連海洋法条約との関連もあり、その開発権益確保を意図する関係国の北極海域での大陸棚・EEZ主張もにわかに活発となっている。

水産資源確保の問題も重要である。海水温上昇に敏感な魚種は、その生息域を変えつつあり、商業価値の高い魚種がベーリング海峡を北上する傾向がみられ、北極海に大型漁船を見る日も近いのではと思われる。

北極海航路の展望

北極海および周辺海域の資源輸送を担うべき北極海航路の動向は、国連海洋法条約第234条の解釈問題、ロシアのWTO加盟表明とも絡んで、ロシア国内法の改定・整備如何に依存する問題が少なくなく、将来はともかく当面の見通しは定かではない。

石油資源の異常な高騰による海上輸送燃費の高騰は、産業界・海運界に改めて最短航路開発意欲を高め、北極海航路および北西航路の採算性・安全性評価に関心が集まっている。横浜・ハンブルク間の航行距離を例に採れば、喜望峰回航14,542海里、パナマ経由12,420海里、スエズ経由11,073海里、北極海航路6,920海里であり、従来航路の6割の航行距離で済む北極海航路の利点は明らかである。また、カナダ多島海を通航する北西航路を利用してカナダ資材を輸送する場合にもかなりの航行距離短縮が可能となる。

しかし、夏期における北極海海氷衰退は劇的といえるが、冬期の氷況はさほどの衰退を見せていない。少なくとも今後半世紀は、北極海における年間海氷消滅期は変動しつつ次第に長期化するものと考えられるが、海氷消滅海域の変化・変動もあり、NSR維持体制は、このような季節的運用と運用期間・航行海域変動に耐え得るものでなければならない。NSRは、一般商船の運航支援インフラの整備、船級規定、通航科料、保険制度、汚染防除、救難港など、ハード・ソフト面で多くの課題を残しているが、国際商業航路啓開に必要とされる具体的な措置の詳細については、すでにJANSROP IIの提言書※2において明示されている。長大なNSRの管理維持は、NSRの利害関係国が応分の負担を担う国際的な枠組みが環境保全の上でも必要であり、ロシア国益にも適うはずである。

NSRの部分的運航が活性化し全通運航期間が半年を超えるようになれば、国際物流様態には相応の変化が現れ、欧州側では、スエズ運河経由、NSRの両航路利用に対して有利な条件を満たすとともに、物品・物資の配送・集荷に利があり港湾・荷役条件が整った港が国際物流ハブ港として選択されよう。

北極海航路アジア側のハブ港国として有利な要件を備えるわが国が、北極海航路時代への動きに無策であってはなるまい。(了)

※1 INSROP=国際北極海航路計画。詳細は当財団HPを参照ください。
※2 「New Era in Far East Russia & Asia」。詳細は当財団HP [PDF]を参照ください。

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