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オーシャンニューズレター

第171号(2007.09.20発行)

第171号(2007.09.20 発行)

海の外来生物―招かざる客と招いた客

(財)自然環境研究センター理事長、東京水産大学名誉教授◆多紀保彦

陸域に続いて最近では海域における外来生物による生態系攪乱が問題となりつつある。
移入種の多くは無脊椎動物で、船底等への付着とバラスト水への混入が分布拡大の主要因となっているが、
最近では養殖などのために輸入した魚類・貝類の定着が目立つようになった。
生物の生活史・生息環境要因とからめて、このあたりを概観する。

ムラサキイガイ

私は神奈川県横須賀の住人で、週末は久里浜あたりの海岸を歩き回っている。満潮だとあまり目立たないが、潮が引くとコンクリートや矢板鋼板の護岸がむき出しになり、それを一面に覆う付着生物が眼にとびこんでくる。黒紫色のムラサキイガイの姿も見える。

東京湾・京浜運河にはびこる外来付着生物―コウロエンカワヒバリガイ、ムラサキイガイ、ミドリイガイ

ムラサキイガイは護岸ができる前はいまほど目立ってはいなかったが、私がここに住み着いた数十年前にはすでによく目にする存在だった。人々はおそらく日本在来の貝だと思っていただろう。しかし大学の水産動物学の講義では、ムラサキイガイは学名をMytilus edulisという北欧・北米の原産種で、大正末期・昭和初期から日本に移入したものだと教わった。だが、在来生態系に及ぼす影響といったことは論議されなかった。いわゆる付着生物の被害は当時すでに産業界の問題だったが、外来種についての今日のような視点からの論議はほとんどおこなわれていない時代だった。

その後、陸域よりは遅れたが海域でも希少生物種の保護と外来種のコントロールに関する調査研究が進み、日本に定着しているムラサキイガイは上記のM. edulisではなく地中海を中心に分布するM. galloprovincialisであることがわかった。いわゆるムール貝である。いまでは北海道北部と南西諸島を除く日本全土に分布している。そして最近では、東南アジア産のミドリイガイも東京湾や相模湾、瀬戸内海などに定着しつつある。

ミドリイガイの定着には温暖化による冬季の水温上昇がひとつの引き金となっていると考えられるが、このような外来の付着生物の侵入には内湾の環境変化が決定的な要因となっていることは間違いない。干潟は埋め立てられ岸はコンクリート護岸に縁取られ、そこに水質・底質の悪化が加わって、このような環境への耐性が強い外来種が在来種を押しのけて新天地を謳歌する、という図である。

ツノクラゲ

世界の地域にはそれぞれに固有の生物相があり、それぞれ特有の外来種問題があるが、なかには汎世界的に影響を及ぼしている"侵略的"外来種もある。このような外来生物を語るときよく引用されるのは国際自然保護連合(IUCN)の「世界の侵略的外来種ワースト100」※1である。インターネットで検索すればすぐに出てくる。このリストにはカメ2種とカエル3種を含めて水生の動物が25種のっているが、低塩分の水域に生息するものや生活史の大部分を陸水で過ごす種類を含めても、海産のものは10種しかない。どれも無脊椎動物で、魚類は8種がリストされているがすべて淡水産である。わが国にも略称を「外来生物法」※2という法律があるが、ここでも魚類はみな淡水魚、たとえば、オオクチバス(ブラックバス)やブルーギルなどである。

海を越えて移動し定着するチャンスは、魚類よりも貝類のような無脊椎動物のほうが大である。これにはいろいろな要因がからんでいるが、浮遊幼生期間が長く、成長後は水中の固形物に付着する種類が多いということが大きな要因に違いない。ムラサキイガイの卵は2日間で孵化し、幼生は1~1.5か月間浮遊して拡散したのち付着基質に着生する。だからこのような生物の仲間は船底や船荷に付着して世界中に運ばれ産卵するため、付着防止については多大な努力が払われていることは周知のとおりである。

船底付着に続いて問題となっているのはバラスト水による拡散である。淡水域では北米五大湖におけるゼブライガイ※3、海水域では黒海のツノクラゲ類の1種がよく知られている。ツノクラゲはクシクラゲの仲間(有櫛動物)でクラゲ類(刺胞動物)ではないが、生活はクラゲと同様で、バラスト水によって運ばれた※4とするほか考えようがない。

タイリクスズキ

タイリクスズキ(撮影協力:新江ノ島水族館)

ムラサキイガイといいツノクラゲといい、いずれも人が意図的に運んだものではない。船舶などによって運ばれた随伴移入種、いわば"招かざる客"である。だが広い世界には人によって積極的に導入され生態系へのインパクトが問題となっている海産種もある。そして日本は、この"招いた客"の危険性を多くはらんでいる水産国である。

シナハマグリはその一例だ。日本にはハマグリ属の貝が2種生息している。ハマグリとチョウセンハマグリがそれで、後者は名前はまぎらわしいが日本に自然分布する。ところがこの在来2種の資源は激減し、とくにハマグリはほとんど壊滅状態となってしまった。そしてこれを補うため中国・韓国から大量のシナハマグリが輸入されているのだが、蓄養中の貝やその幼生がオープン水域に分散し、さらに潮干狩り用の放流が加わって、ハマグリの地位はシナハマグリによっていま完全に奪われてしまっている。

魚類でも、タイリクスズキの出現がいま問題となっている。日本にはスズキのほかにヒラスズキという種類がいるが、10年ほど前から釣り人によってもうひとつの魚種が漁獲され、ホシスズキと呼ばれるようになった。中国沿岸に分布する種類で、正式な分類学的位置付けはまだだがスズキとは別種であり、タイリクスズキという和名を与えられている。養殖種苗として輸入されたものが逃げ出して定着したのである。

長い進化の歴史のなかで、海洋生物の分布はかれらの生活史と自然条件によって律せられてきた。しかしいまその分布は、招かれざる客と招いた客の双方によって乱れ、在来生態系の破壊は急速に進行しつつある。破局が来る前になんとかしなければ――からくも砂浜を残している久里浜の海岸を歩いていて、いつもそう思うのである。(了)


※1 http://www.iucn.jp/protection/species/worst100.html
※2 外来生物法=正式名称「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」、詳細はhttp://www.env.go.jp/nature/intro/を参照ください。
※3 ゼブライガイはゼブラ貝と同一物別名
※4 バラスト水による生物移動については、本誌No.157「生物分布の拡散―バラスト水問題」(田口史樹)とNo. 164「船舶バラスト水問題の解決に向けて」(吉田勝美)を参照ください。

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