Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第171号(2007.09.20発行)

第171号(2007.09.20 発行)

編集後記

ニューズレター編集委員会編集代表者(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌

◆小学校のころ行った神戸港で、黒いカラスガイが岸壁にビッシリ付着していたことを覚えている。食べられる貝であるとはおもわなかったが、あの貝は在来種のイガイなのか、ヨーロッパ原産のムール貝であったのか。本誌で多紀保彦氏は、日常見慣れた海の生き物のなかには「招かざる」外来種が含まれていることを指摘されている。神戸港でムール貝が最初に見つかったのは1935年とされている。わたしのみた1950年代までの20年ほどのあいだにムール貝は旺盛な繁殖力で神戸港の岸壁をおおったに相違ない。

◆多紀氏によると、東南アジア産のグリーン・マッセル(ミドリイガイ)も東京湾に定着しつつあるというから驚きだ。タイ南部のアンダマン海沿岸の湾奥では、ミドリイガイのいかだ養殖がさかんである。サイズもムール貝より大きく、プーケットなどの観光地のレストランで海鮮料理のネタに欠かせない。ムール貝はスペイン料理のパエリア、フランス料理のブイアベースなどでおなじみの食材だ。ブイアベースはムール貝をスプーンとしてスープを食べるものと、太平洋のバヌアツのフレンチ・レストランでタヒチ出身の女性から教わった。カナダの太平洋岸にあるヴィクトリアで先住民マカーの人びとの歓迎を受けたときも、海藻のこびりついたムール貝を食べた。砂がまじっていて決して美味ではなかったが、湯がいただけの貝は素朴な味がした。中国でもこの貝の肉を乾燥したものが好まれる。世界で広く食されるムール貝が拡散した背景と、拡散した地域の生態系に及ぼした影響は一様ではない。そこにはさまざまなドラマがあるだろう。

◆ムール貝だけをとってみても、海の問題は地域ごとに多様化しており、しかも地域を超えて広域に及んでいることは明らかだ。海洋のさまざまな現象の解明には、自然、社会、文化などの観点から総合的に扱うことが大前提である。横浜国立大学の統合的海洋教育・研究センターの教育プログラムがこの10月に開講する。海の教育をいかに学際性、連携性を保ちながら推進するかは今後の大きな課題であり、期待をしたいものだ。

◆海の問題を総合的にあつかうことの重要性とともに、柔軟な問題対応も欠かせない。中田喜三郎氏が強調する閉鎖性内湾の環境修復の議論は、従来のやり方で効果がどれだけあるかが問われるなかで、原点にもどって再検討することが火急の問題となっているとする主張である。豊かな里海の再生に紋切り型の処方箋はない。権威主義的な環境のとらえ方も無用だ。知らず知らずのうちに生じる海の変化に目が離せない。   (秋道)

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