Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第171号(2007.09.20発行)

第171号(2007.09.20 発行)

大学院における文理融合型の海洋教育~横浜国立大学「統合的海洋教育・研究センター」の目指すもの~

横浜国立大学 統合的海洋教育・研究センター長・教授◆角 洋一

海の持続的有効利用と環境保全のためには、海洋の統合的管理が必要な時代となってきた。
横浜国立大学では、従来から行ってきた海洋に関する環境問題、
社会・経済・産業技術等に関する専門教育に加え、広く全学の大学院学生や社会人を対象として
俯瞰的・統合的に海洋問題を考えることのできる人材の育成を目的として
「統合的海洋教育・研究センター」を設置し、
海に関係する全学の教員による学際的大学院教育を開始することとした。

海と大学教育

わが国と海を介して国境を接する近隣諸国の経済成長は、最近のわが国経済に好影響を与える一方、わが国周辺海域における資源開発、領土問題、環境問題等の領域で、深刻な利害対立ももたらしつつある。21世紀において人類の持続的な発展を確保するために「海洋の統合的管理」をいかに行うかは、国際的、国内的に極めて重要な課題となっている。本年4月に海洋基本法が成立し、新たな海洋の統合的管理に向けた取り組みが始まろうとしているが、それを担う人材の育成は、喫緊の課題である。他大学と同様、横浜国立大学でも、海に関わる教育研究は社会科学系、工学系、環境情報系、教育系等の各部局においてそれぞれ縦割りに細分化されていた。教員個々人の専門分野における教育研究水準は、高く評価されるとも、大学として必ずしも海に関する問題を俯瞰的に把握できる体制が取れているとは言えなかった。

今般、学内に「統合的海洋教育・研究センター」を設置し、海洋関係の研究を行う教員が、本センターを通して自由でゆるやかな連合体を作り、実質的に日本国内では初めての文理融合型の大学院海洋教育プログラムを提供することとした。その内容の紹介を兼ね、われわれの海洋教育に対する意図を述べることとしたい。

センターの教育プログラムで人はいかに育つか?

本センター組織の概要を図に示す。本年10月から開講する教育プログラムは、主として海に関わるテーマを研究する修士(博士前期)課程のすべての本学大学院生に開かれたもので、開講授業科目は必修科目であるコア科目2科目と20科目以上の選択科目である。コア科目「統合的海洋管理学」の内容は、表に示す通り、「海を知る」「海を利用する」「海洋汚染」「海を管理する」「海を守る」という基本キーワードで整理され、本学教員と外部非常勤教員によるオムニバス形式で行われる。選択科目は、大学院各部局ですでに開講している授業科目を中心に以下の分野がカバーされる。

社会科学系:国際法、沿岸管理、海運政策、環境法など
工学系:船舶海洋工学、津波・沿岸防災、地球工学など
環境情報系:海洋生物、海洋環境リスクマネジメントなど
教育系:海洋実習など

修士(博士前期)課程学生の場合、本プログラムの修了要件としては、上記必修2科目と選択3科目の単位修得および学生が所属する大学院各専攻における海に関係する修士論文による修士学位の取得が課せられる。

■統合的海洋教育・研究センター(COSIE)の組織
COSIE;Center for Oceanic Studies and Integrated Education

このような教育プログラムを通じた学際教育により、大学院の各専門領域での専門性の追求と同時に、海洋全般に関わる諸問題を俯瞰的に見ようとする姿勢を持った人材育成を目指している。本プログラムに内包される学際テーマは、表中の総論を除く25課題のマトリックス的相互関係として原理的には約300の課題が想定され得るが、近隣分野同士の学際連携から社会科学と理工学の連携といったかなりハードルの高いものまで多様であろう。例示的には「海洋環境の科学的理解に基づく統合的管理」「バラスト水、海洋油汚染、船舶リサイクルなどの国際条約が技術に与えるインパクト」「地球温暖化の科学的根拠と国際条約のあり方」「海洋生物資源量の科学的調査と資源保護政策のあり方」「海上物流の飛躍的増大に対応した港湾政策のあり方」等が、挙げられよう。

今後、多様なトピックスが現れる可能性があるが、これらの問題に対する、発表・対話・交流の場を設け、専門領域の異なる学生の相互啓発を促すこともセンターの重要な役割と認識している。

本プログラムは、従来の縦糸型教育組織に対比して、横糸型の文理融合カリキュラムである。一般に、横糸構造は縦糸構造に比べ予算基盤、事務組織が弱いという欠点があるので、放っておくとバラバラになる危険を常に孕んでいる。今回は履修生の募集、成績管理のため学務委員会を全学体制で設けるとともに、全体調整機能が極めて重要であることに鑑みプログラム・コーディネータを置くこととした。また、事務組織として大学事務局の全面的支援を得るとともに、本年度は、学長予算措置、文部科学省の「大学教育の国際化推進プログラム」補助金による支援に加え、日本財団からの委託事業「日本財団講座」を受託し、カリキュラム開発を行っている。さらに、次年度以降は、文部科学省の大学院副専攻の制度設計に合わせて、本プログラムの修了生に対して大学院部局を超えた学際教育プログラムとして副専攻学位(修士)を与えることができる体制を取るべく準備を進めている。

横浜から海洋文化を育む

横浜は、幕末に開港し、その後150年間、貿易、海運、造船、港湾の街として経済的、文化的、国際的に発達してきた歴史を持つ。本センターは、このような地域の歴史を踏まえて、まずは海に関する大学院教育実践の場を提供することから、その活動を始める。研究交流の場としては、昨年度からシンポジウム・シリーズ「横浜から海洋文化を育む」をすでに3回開催し、専門領域の異なる研究者・学生・一般市民の相互理解・啓発を促進してきた。今年も、11月3日文化の日にセンター設立記念シンポジウムを開催する予定で準備を進めており、今後の学際研究発展のフォーラムにしたいと考えている。

本センターは外部機関との連携中枢としての機能も果たすべく、すでに連携協定を締結している(独)港湾空港技術研究所、(独)海上技術安全研究所はじめ、他の政府関係諸機関や産業界との協力関係を深めていく。また、本学が中心となって結成した国際みなとまち大学リーグの世界的なネットワーク(サザンプトン、サンパウロ、上海、シンガポール、チェンナイ、ホーチミン、バンクーバー、横浜)をベースに、わが国の統合的海洋教育・研究の代表的拠点として、世界の海洋教育・研究の発展に貢献していきたい。(了)

第171号(2007.09.20発行)のその他の記事

  • 大学院における文理融合型の海洋教育~横浜国立大学「統合的海洋教育・研究センター」の目指すもの~ 横浜国立大学 統合的海洋教育・研究センター長・教授◆角 洋一
  • 海の外来生物―招かざる客と招いた客 (財)自然環境研究センター理事長、東京水産大学名誉教授◆多紀保彦
  • 閉鎖性内湾の環境修復について思うこと 東海大学海洋学部教授◆中田喜三郎
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌

ページトップ