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オーシャンニューズレター

第157号(2007.02.20発行)

第157号( 2007.2.20 発行)

生物分布の拡散―バラスト水問題

(財)日本舶用品検定協会副参事◆田口史樹

様々な生物が、海をこえて繁殖を繰り広げているといわれている。
事例によっては、人的被害も報告されている。
これらを踏まえて、2004年に国際海事機関(IMO)にて
「船舶バラスト水及び沈殿物の制御及び管理のための国際条約」が採択された。
この条約が発効された後にはバラスト水の排出規制が行われる。
バラスト水移動の問題点とこの条約について紹介したい。

バラスト水とは

■バラストタンクの配置例
船を船首から見たときの断面図、上部の構造物が船楼であり、船橋や船員の居室がある。

まず、バラスト水とは何か。バラストを国語辞典で調べると、船を安定させるための底荷などのこと。脚荷などと説明されている。1800年代の北前船などの時代には、底荷として醤油、酒、味噌または石材などの重量物が積まれていた。船舶に荷物を積まずに水に浮かべると、重心が高く横方向への傾きに対しては、非常に不安定で転覆しやすい状態にある。よって船舶が安全に航行または荷役を行うためには、船体を沈める深さやその姿勢を制御しなければならない。船に適正な喫水を与え、安定する重心位置を維持させるために、バラストタンクと呼ばれる区画に水を注排出し、船の沈む深さを調整する。その水がバラスト水と呼ばれ、海や河川または湖の水が利用されるのである。

一般的に、バラスト水は荷物の量に反比例し増減される。また同時に、船舶が航行する際にはプロペラを回転させ、水を押し出しその反力を推進力として前後進するので、プロペラを水中に沈めるためにも適正な喫水は必要となる。最初に建造された鋼船は1881年のセルビア号であり、本船はバラスト水を積んでいたかもしれない。

図にバラストタンクの配置例を示す。図は船首から見た断面図で、青く塗られた区画がバラストタンク、黄色が貨物を積む区画である。上部の構造物に船橋や船員の居室が配置される。?は重油など液状の貨物を運ぶタンカーである。バラストタンクの位置は、事故の時に貨物の漏洩を防ぐために貨物を積むことのできない区画にある。?は撒積船(バルカー)と呼ばれ、主に鉱石や粒状の貨物を運ぶ。下部の傾斜は貨物を中央に集め、上部の傾斜は荷崩れを防ぐ働きをする。

バラスト水移動の問題

バラスト水が移動することにより問題になっていることは、水そのものではなく、そこに取り込まれている水生生物の存在である。最も単純な例でバラスト水が移動する仕組みを示す。

?荷物の陸揚げに合わせバラストタンクに注水を行い、航海のための喫水を得る。?船内にバラスト水を保持し、積地への航海。?港へ着岸するために喫水の調整を行い、荷揚げに合わせバラスト水を排出する。?揚地への航海。

バラスト水を船内に取り込む際には、こし網を通すので魚やクラゲなどがタンク内に入り込む可能性は低いが、こし網の目合いと比較にならないほど小さなプランクトン、卵、細菌などは容易にタンク内に取り込まれる。これらの水生生物が積地においてバラスト水とともに排出され、環境が適していればそこで繁殖するといわれている。貨物船が運ぶバラスト水の最大量は総トン数の約半分であり、10万総トンの貨物船であれば5万トンに達する。したがって積出港周辺では、一隻の船から最大でこれだけの量のバラスト水が排出される可能性がある。この量のバラスト水が、生物分布拡散にどれほどの影響があるのか定量的には分かっていないが、実際にバラスト水を介したと考えられる事例も報告されている。

つまりこのバラスト水問題とは、元々生息していた地域から離れた水生生物が、移動した先で増殖して人の健康や経済活動に影響を与えること、またその地域の生態系を変化させることといえる。この生物分布拡散の結果起きた被害例として報告されている2つの事例を示す。

1.1980年代にオーストラリアで急激に数を増した麻痺性貝毒原因種の無殻渦鞭毛藻(Gymnodinium catenatum)を餌にした養殖貝に毒が蓄積され、人が貝毒の被害にあった。

2.1980年代、ヨーロッパの淡水に住むゼブラ貝が、五大湖を中心として爆発的に増殖し、発電所の冷却水を取り入れる管内に密集したために水がせき止められ発電所の機能に障害を与えた。五大湖に外航船が訪れるようになったのは、1959年のセントローレンス水路の開通以降といわれている。

また、国際海事機関(IMO)は環境に顕著な影響を及ぼす生物として次の10種を例に挙げている。ヒトデ、ゼブラ貝、ワカメ、カニ、ハゼ、赤潮プランクトン、モクズガニ、ミジンコ、クシクラゲ、コレラ菌(8頁図参照)。

IMOの動き

IMOでこの問題が初めて認識されたのは1973年、バラスト水によってバクテリアが他国へ運ばれ伝染病が蔓延する危険性が指摘されたことだった。その後、国連やIMOでいくつかの取り組みを経て、2004年に「船舶バラスト水及び沈殿物の制御及び管理のための国際条約」※1が採択された。その発効要件は「30カ国以上の締約国が批准し、それらの商船の合計船腹量が世界の全商船の35%以上」と規定されている。この条約は、船籍国外の排他的経済水域を航行する船舶、いわゆる外航船に適用され、表1に示す通り、船舶の種類によって2009年より段階的に適用される。その種類は、バラストタンクの容積と建造時期によって分類される。バラスト水の排出基準は、表2のとおりとなる。また、バラストタンク内の沈殿物には、排出を制限されている水生生物が多く含まれていることが予想されるので、そのまま排出することはできない。したがって、締約国はその沈殿物を受け入れるための施設をできる限り整えることとなっている。加えて、規則D-2を満足するため、船にはバラスト水管理システム(水生生物の除去や殺滅等の処理を行う設備)を用意する必要がある。

バラスト水問題の今後

この条約が発効し実施に移るためには、まだ20カ国以上の批准が必要である※2。現在、多くの締約国が批准に向けて準備中のことと思われるが、各国が直面している問題として、バラスト水管理システムの開発状況が挙げられる。同様にわが国も本条約を批准するためには、処理装置が必要量供給されることが不可欠と思われるが、現時点で使用するための承認を得たシステムはなく、この条約を満足するバラスト水の排出規制を実施することは困難である。このような状況であるため、今後の技術開発に一層の期待が寄せられている。(了)

"Ten of the Most Unwanted"
出典:IMOのホームページ http://globallast.imo.org/より
IMOが挙げる、環境に顕著な影響を及ぼす水生生物10種。図内右上より時計回りに、クシクラゲ、ヒトデ、ゼブラ貝、ワカメ、カニ、ハゼ、赤潮プランクトン、モクズガニ、ミジンコ、コレラ菌。

※1 International Convention for the Control and Management of Ships' Ballast Water and Sediments, 2004
※2 現在、クロアチア、モルディブ、ナイジェリア、ポーランド、セントキッツ、スペイン、シリア、ツバルの8カ国が批准している。詳しくは国土交通省のホームページ http://www.mlit.go.jp/maritime/imo/jyouyaku/jyouyaku.htmlを参照ください。

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