Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第157号(2007.02.20発行)

第157号( 2007.2.20 発行)

漁業で起こっていること―乱獲と不合理な漁業

東京海洋大学海洋科学部教授◆多屋勝雄

世界で6番目に大きく豊かな漁場を持つわが国の漁業の後退が著しい。
漁業後退の原因は、漁場汚染や埋め立てと輸入増大、乱獲と不合理漁獲・密漁である。
一般に資源は、漁獲の影響と海洋環境、資源の自律的変動の要因で変動している。
不合理漁獲と密漁への対策を行えば、まず漁業コストが下がり、
経営が改善し、さらには乱獲も阻止できると考える。

はじめに

漁業の後退が止まらない。漁業就業者の数は、2004年までの16年間に41%も減少した。漁業の総生産額も同様に41%も減少している。耕地面積の少ない農業とは異なり、世界で6番目に大きな海洋を持つ日本でなぜこのようなことが起こるのだろうか? 漁業者と生産額が減少したのは、次の三つの理由が考えられる。一つは、漁場汚染や埋め立てが進み、かつてのような資源が望めなくなったこと。二つめは、輸入水産物が増大し国内水産業が負けたこと。三つめは、不合理漁業や密漁、乱獲など漁業固有の生産構造が災いし、就業者が減ったことである。

一つめの、漁場汚染や埋め立てによる産卵場や漁場の縮小は、バブル経済の崩壊によって止まるものの、今もかわらず縮小しつづけている。二つめの、輸入水産物は次のように加速度的に増加してきた。?円高の進行、?200海里体制の進展によって、日本の遠洋漁業に代わって相手国から輸入されるようになった、?アジア各国の漁業・加工業が発展し、その加工品が輸入されるようになった、?エビを始め、サケやマグロ、ウナギの蓄養など世界で養殖が盛んになり、安い養殖物が輸入されるようになった。三つめの漁業固有の生産構造が災いしたというのは、乱獲と不合理な漁業、密漁にある。世界の中で日本の漁業の競争力を位置づけると、日本の漁業は、漁場が世界で6番目に大きく、漁労技術は世界最高で、世界最大の水産物市場を持っている。唯一、労賃水準が高いだけである。このような漁業が後退しているのは、農地と異なり、漁場が共有されているために不合理漁獲と資源の乱獲の二つが進行し、国際競争力を削いだためと考える。

乱獲の問題

一般には「"乱獲"が進み、資源が枯渇して漁業が後退した」という"概念"が語られている。これは漁業の本質を語るのに単純すぎる危険な"概念"である。確かに、マグロや大西洋のタラ、鯨など食物連鎖の上位に位置する資源は枯渇したと言われるものもある。しかし食物連鎖の下位の資源は、一段階下がる毎に十倍の資源量があり、また海洋環境などの影響を大きく受ける。そして固有の変動をしていて乱獲の判断は難しい。

水産資源は、漁獲による減耗と海洋環境、資源の自律的変動によって変動している。資源を判定するとき、情報が不十分でモデルもない場合が多く、実際には「資源量の2分の1を残す」という簡便な予防的処置に基づいて判定している場合が多い。現在のTAC制度は、建前は資源乱獲を回避するためABCから算定したことになっているが、実際は、資源利用が満限で余剰がなく、他国への配分がないことを示すためや、価格調整の観点から漁獲規制しているのである。

ではどうするか。予防的処置として常に安全パイをみて管理するのが良いのであろうか?筆者は「あいまいな資源乱獲判定―予防的処置-漁獲規制」という方法を採らなくても、不合理漁獲や密漁を監視すれば、実際にほとんどの漁業の漁獲努力量(隻数)を規制できるし、それによって漁業経営に大きな利益をもたらすと考えるのである。

「不合理な漁業」の実態

漁業では一般に資源共有であるため、共有資源を巡って先取り競争が常態化し、具体的には次の7つの「不合理な漁業」が行われている。

すなわち、他の漁船より資源を先に獲るために、?安価な小型魚段階で獲ってしまう(幼稚魚、小型魚漁獲)、?漁船やエンジン、漁具を大きくする(過剰な装備)、さらには、?特定の漁場に必要以上の多くの船が殺到する(特定漁場への漁船集中)、?来遊してきた魚を集中漁獲するので値崩れを起こす(過剰水揚げによる価格下落)。また、多くの国で漁船別漁獲割り当て制度(IQ制度)が採られているが、1隻当たりの漁獲量が制限されるため、?小型魚を海に捨て大きな魚のみの水揚げ(ハイ・グレーディング)が行われる。さらには海上での取り締まりが緩いことから、?密漁や違反操業が後を絶たない。沖合漁船は資源密度の高い沿岸資源をねらって密漁や海域違反をして漁獲する(密漁・違反漁業)ようになる。これらの結果として、漁業は?高コスト体制になっているので、漁場に出ても採算が合わず、資源を有効に使っていない(資源過小利用)のである。様々な規制の法律があっても、このような他産業と異なる漁業固有の事情で不経済が発生し、その結果として資源の乱獲が起こっているのである。

■サバのサイズ別水揚げ量 (価格:円/kg)
資料:漁業情報サービスセンター2

また、これら不合理漁獲や密漁は、乱獲の前段階でも乱獲の途中でも起こっている。具体的な例をあげると枚挙にいとまがない。各地の底引き網漁船やまき網漁船が禁止海域である沿岸に侵入し一網打尽に沿岸資源を獲りつくし、沿岸漁業を疲弊させたのは歴史的事実である。マサバ漁業では乱獲ではないが、図にみられるように、小型魚段階で大半を漁獲して飼料や餌料にしている。生鮮食用になる500g以上の大型魚の漁獲は1割以下である。放流のマダイも同様で、放流して半年以内に小型魚段階で多くが漁獲されている。鯨やマグロは、各国の便宜置籍船や密漁船での漁獲が著しい。日本のアワビは漁業者が費用をかけて稚貝を放流しているが、筆者の研究室では漁獲量の50%相当が密漁されていると推計した。日本のスケトウダラ漁業では、かつてタラコとなる卵巣だけ獲って魚体を捨てていた。マグロ漁業では、シビマグロ(幼魚)を多く漁獲している。最も管理されていると思われたミナミマグロ漁業でさえ、与えられたTACの2倍を漁獲していた。イカ釣り漁船は、先取りのために集魚灯の光力競争を行い、燃油にコストをかけ過ぎて儲からない。サンマ漁業では、選別機を搭載して小型魚を海に投棄していた。

世界でも有数の漁場を持ち、最高の漁労技術を持つ日本の漁業は、先取り競争の結果、不合理漁獲が一般的になり、資源に対して高コストの漁業になりそのため採算が合わなくなって減少しているのである。

持続的な漁業のために

以上のように、資源減少の原因は、環境汚染や資源の変動、漁業の乱獲など複合的要因が重なっている。海上での乱獲の監視は困難なので防止するのは難しい。乱獲を起こすような漁業では、不合理な漁獲や密漁、海域侵犯など問題のある行動がしばしばみられる。しかし筆者は、これら不合理漁獲や密漁漁船などの監視は船や船の行動を検査すれば良いので、海上における資源乱獲の監視より、やりやすい事項と考える。このような対策をたてていけば、漁業の持続的生産が可能だと考えるのである。(了)

第157号(2007.02.20発行)のその他の記事

ページトップ