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オーシャンニューズレター

第167号(2007.07.20発行)

第167号(2007.07.20 発行)

海に守られる日本から、海を守る日本へ

民主党 衆議院議員◆長島昭久

わが国は海洋国家でありながら、そのことを戦略的に捉え国策の中心に据えるという意識が希薄だったように思う。
海洋基本法が施行された後は、速やかに実効体制を整備すると同時に基本計画を策定し、
必要な国内法の整備を行うことが重要となる。官民一体となって「海洋国家日本」の建設を目指すつもりである。

はじめに

私が国際政治に関心を持つようになったきっかけは、高坂正堯先生の著作との出会いです。その高坂先生が「海洋国家日本の構想」で戦後論壇に鮮烈なデビューを飾ったのが、1964年のこと。それから43年という年月が流れ、いま国会議員として、海洋国家日本のバックボーンとなる「海洋基本法」の制定に直接関わることができたことは、誠に感慨深いものがあります。

古来、わが国は、海による文明を育んできました。海から様々な恩恵を受け、また海に守られ、海洋との深いかかわりのなかで政治、経済、文化を築き、国を発展させてきました。大陸国家と海洋国家の二兎を追って(1907年の『帝國國防方針』)国家を破滅に陥れた戦前戦中の一時期を除いて、わが国は一貫して海洋国家でありました。しかし、とくに戦後は、そのことを戦略的に捉え国策の中心に据えるという意識は希薄だったように思います。

今回、この海洋基本法の策定準備作業に携わる機会を得、印象深い言葉に出会いました。

「海に守られる日本から、海を守る日本へ」

それは、超党派の議員グループと有識者の皆さんで立ち上げた海洋基本法研究会における締めくくり会合での日本財団・笹川陽平会長のご挨拶のなかにありました。じつは、この言葉ほど、このたびの海洋基本法の理念を端的に表している言葉はないと思うのです。

つまり、領海からEEZ(排他的経済水域)、さらに大陸棚延長へと拡大する領域における主権的権利を守るという国益の主張―これもこれでとても重要ですが―とともに、沿岸国が、その広大な海域における資源や環境や安全などをきちんと管理する国際的責務を果たす、という「より広い国益」を全うしなければならないことを端的に表現しているからです。

わが国は一体となって海洋政策に取り組んできたのだろうか

1958年の第一次国連海洋法会議から三次にわたる国際会議を経て、ようやく1982年に採択された「国連海洋法条約」は、1994年11月に発効しました。「海の憲法」と呼ばれる国連海洋法条約は、それまでの「海洋の自由」という伝統的な海洋法原則の下で、海域の囲い込みをめぐる国家間の競争や対立、海洋資源の乱獲や海洋環境汚染の深刻化を招いた反省に立って、国際社会の協調による「海洋の管理」を主眼とする新しい海洋秩序づくりを目指したものです。すなわち、通商における海上輸送の重要性を踏まえて「航行の自由」はこれを堅持する一方で、沿岸国に対して排他的経済水域および大陸棚における資源、環境などに関する「権利」と「責任」を付与したのです。

その意味で、国連海洋法条約は、上述のような国益上の意義とともに、理念的な意義こそわが国にとってより重要ではないかと考えます。すなわち、単一の統治機構が存在しないなかで、国際空間である海洋の秩序は、長く、軍事力を中核とするシー・パワーによって決着をつける世界でした。それが、20世紀の後半になってようやく、国際社会における大半の国の参加で理性的な議論の積み重ねによって、海洋の法的秩序が確立されたのです。まさしく、「力の支配」から「法の支配」への転換です。これは、わが国の憲法理念と合致しています。海洋法条約を基盤として、わが国は、海洋の平和的かつ積極的な開発や利用、海洋環境の保全といった海洋秩序の形成に、持ち前の経済力や科学技術力を活かして、リーダーシップを発揮できるようになったのです。

真の海洋国家建設に向けて、7月20日、日本は新しい朝を迎える。(写真提供:後藤政也)

思えば、戦後60年余、わが国は、海洋立国として、通商国家として、また平和国家として、海洋秩序形成における特別の使命に対する自覚を欠いてきました。その結果、海洋秩序の総合的管理に向けて着々と政策とその実効体制を整えている世界各国に大きく遅れをとってしまいました。たとえば、米国は、すでに2004年に「21世紀の海洋の青写真」を定め、海洋行動計画を定めて総合的な海洋政策を推進していますし、中国も、「中国海洋21世紀議定」という総合政策に基づいて、海域使用管理法を制定して国家として一体的な取り組みに力を注いでいます。

とくに、1992年のリオ地球サミットが採択した「アジェンダ21」は、管轄下にある海洋および沿岸域の総合的管理と「持続可能な開発」を沿岸国の義務としました。さらに、各国に対し、統合された政策および意思決定手続きの制定を求めています。じつは、これまで、わが国では、リオ地球サミットは「環境と開発の国際会議」という捉え方で、環境省が前面に出てフォローアップを担当してきました。したがって、環境の保全には熱心でしたが、省庁横断的な総合的施策につながりませんでした。その結果、わが国では、リオ地球サミットで採択された「アジェンダ21」の勧告にもかかわらず、相変わらず、漁業、水産資源保護、海上交通、港湾の秩序、海洋の環境保全、離島の振興など、省庁の縦割りでバラバラに施策が講じられてきたのです。そこで、これまでの反省をこめて、今回制定された海洋基本法の第6条は、「海洋資源、海洋環境、海上交通、海洋の安全など、海洋に関する諸問題が相互に密接な関連を有し、全体として検討される必要がある」と規定しました。

海洋基本法が成立した今こそがスタートライン

最後に、海洋基本法が成立した暁に取り組むべき最も重要な三つの課題について触れておきたいと思います。第一に、総合的な海洋政策を推進する体制の整備です。内閣総理大臣を本部長に内閣官房に設置される「海洋政策本部」が、各省庁を束ねて実効性のある総合調整機能を発揮できるかが最初の試金石です。第二に、海洋担当大臣を中心に海洋政策本部において策定されることになる基本計画です。どうしても期限を区切ってやる必要があります。第三に、個別具体的な国内法の整備が急がれます。とくに、私たち民主党が何度も国会提出してきた「EEZにおける違法な科学的調査や資源探査を取締まる法律」や、「領海の無害でない通航を取締まる法律」の制定は急務となります。

繰り返しになりますが、基本法を作っておしまいではだめなのです。きちんと実効体制を整備し、速やかに基本計画を策定し、必要な国内法の整備を行う。立法府として、ここまでをしっかりフォローし続けるつもりです。また、海洋政策研究財団をはじめ海洋基本法研究会をサポートしてくださった有識者の皆さまには、ぜひとも政府の取り組みを監督する民間機関の中核を担っていただき、官民上げて「海洋国家日本」の建設に向け知恵を絞り、汗を流してまいりたいと存じます。(了)

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