講演会議事録「新型インフルエンザに関する緊急報告」(2009.5.20)(再掲)
―東北大学押谷仁教授による現状と課題―
講演会議事録及び発表資料
本記事は、2009年5月20日に開催された『「新型インフルエンザに関する緊急報告」―東北大学押谷仁教授による現状と課題―』の講演会議事録を再掲載したものです。文中の肩書きやプロフィールなどは掲載当時のものとなっております。また、文中に示されているスライド番号は以下の発表資料(PDF)のページと対応しています。併せてご参照ください。
(東北大学大学院医学系研究科 微生物学分野 押谷仁)(PDF 1.42MB)
1.開会挨拶
笹川平和財団 常務理事 茶野 順子
笹川平和財団では、財団設立から20年が経過したということで、昨年事業方針の見直しをいたしました。新しい方針のもとに重点的なテーマを設け、資源を傾注することにより事業の効果を高めることを目標に、いくつかの新しい事業を立ち上げております。その中の「平和と安全への努力」と題するプログラムにおいて、安全保障、平和構築といった問題に加えまして、「非伝統的安全保障」という問題に取り組もうと考えました。なかでも非常に緊急性が高く、しかも影響も大きいと予想されました新型インフルエンザの問題につきまして事業を開始しております。
ここにおいでになられます押谷先生は、1999年8月より、フィリピンのマニラにありますWHO西太平洋地域事務局で感染症地域アドバイザーとして、SARSや鳥インフルエンザなどに関して国際的な対応の指揮をとられたご経験があるなど、感染症対策の第一人者でいらっしゃいます。私どもの新型インフルエンザ対策の事業におきましても、押谷先生は事業委員会の委員長として、事業開始以来いろいろとご指導いただいております。
実は私どもの事業では強い毒性をもった鳥インフルエンザを基とした新型インフルエンザを想定しており、新型インフルエンザが東南アジアで拡大をするのをどうやって防げるだろうか、先進国とは違った対応が望まれるのであればそれをどういうふうにしたらいいだろうか、ということについて考えることを目的としておりました。今回のインフルエンザは私たちの想定したものとは違い、ブタのH1N1ウイルスが人や鳥のウイルスとブタの体内で混ざって変異し、人から人への感染が起こるウイルスになったと言われております。また、メキシコから感染するという私どもの想定とはちょっと違ったものになっております。そういうこともございまして、私どもは押谷先生に、WHOの本部がありますジュネーブにおいでいただきまして、第一線での情報収集、あるいはこれからの対策についての検討に加わっていただくことにいたしました。
今回は押谷先生による専門的なご見地からの情報を広く皆様へ共有する機会として、この緊急報告会を設けました。この緊急報告会の開催をご快諾いただきました押谷先生には重ねてお礼申し上げます。
それでは、押谷先生より「新型インフルエンザに関する緊急報告」と題しまして、ご報告をお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。
2.講演
東北大学大学院医学系研究科微生物学分野教授 押谷 仁
【講師略歴】1987年東北大学医学部卒業。国立仙台病院(現国立病院機構仙台医療センター)にて、小児科・臨床ウイルス学を研修後、1991年から1994年までJICA専門家としてザンビアでウイルス学の指導に従事。1995年医学博士。1995年から1997年までテキサス大学公衆衛生大学院(公衆衛生修士)。1998年新潟大学医学部公衆衛生学助手、1999年同講師。1999年8月より世界保健機関(WHO)西太平洋事務局・感染症地域アドバイザー。2005年9月より現職。
※ 笹川平和財団は、アジア域内での新型インフルエンザ対策の推進を目的に「新型インフルエンザによるパンデミック対策と域内協力」事業(08年~10年)を実施し、押谷教授は2008年10月より当該事業の運営委員長を務めていただきました。プロフィールは掲載当時のものです。
只今ご紹介いただきました押谷です。今日はよろしくお願いいたします。
茶野常務からもお話がありましたように、私は笹川平和財団で、途上国の新型インフルエンザ対策を考えていく必要があるだろうということで、昨年からいろいろな活動をしてきました。今回もジュネーブに行くにあたって、笹川平和財団から全面的にサポートしていただき、今の状況というのが大体わかってきています。
日本では、今日の新聞などを見ると、これはもう弱毒のウイルスで、季節性インフルエンザと同じと考えるということで、昨日までとは打って変わって、全く世間の関心は薄れつつあるのかなと思います。しかし、このウイルスは決して季節性インフルエンザと同じ被害が起こるウイルスではありません。恐らく死亡者の数は季節性インフルエンザとそんなに大きくは変わらないと思います。また、確かに感染する人たちの多くは軽症で終わることは事実です。ただ、一部に重症化する人たちが出てきます。それは季節性インフルエンザとはまったく違う形で出てきます。これは日本でも、かなり深刻な被害が起こる可能性があります。今の段階で、グローバルな感染や日本での被害がどの程度拡大するのかというのは正確にはわかりませんけれども、どういうことが起こるかについて、大体のことはすでにわかってきています。その想定されている被害に対して、どう対応するのかということを、日本でも真剣に考える必要があると思います。今のように弱毒だから何もする必要がないというウイルスでは決してありませんので、そのあたりのことやWHOが今どう考えているのかというようなことも含めて、短い時間ですけれどもご説明していきます。
2-1.感染拡大に関する現状認識
感染の状況に関する現状認識(スライド2)
一昨日からジュネーブで世界保健総会が始まっていますが、WHOはこの事態を非常に深刻に捉え、各国政府が対応に当たる時間を総会のために割くべきではないという判断で、日程を短縮して行われています。WHOの事務局長のマーガレット・チャンが言うように、このパンデミック、起こりうるパンデミックは世界に大きな被害を及ぼす可能性があるということで、WHOでいろいろな活動をしているわけです。
アメリカ疾病対策予防センターの見解(スライド3)
アメリカはこの問題を今どう見ているのかということについて、これは一昨日(5月18日)のCDC(アメリカ疾病対策予防センター)のプレス・ブリーフィングです。昨日はなかったので、これが最新のプレス・ブリーフィングで、今日また出るかもしれませんが、CDCのDr. Anne Schuchatという人が、インタビューに答えています。この前にも同じようなことを言っているのですが、「今の状況を見ると、これからも患者は増え続けるだろう。入院患者も増え続ける。そして死者も増え続ける」ということをまず言っています。もう一回Unfortunatelyという言葉が使われていて、「今どこまでこの感染が広がるかは分からない。どの位の人が感染して、どのくらいの人が亡くなるかということは分からないけれども、おそらく(今日本で言われているような、)季節性インフルエンザを超えるような被害が起こるようなものになる可能性がある」ということを、CDCははっきり言っています。私もそう思います。このウイルスがこれから感染拡大、日本でももうかなりのスピードで感染拡大が起きていますので、この感染拡大が続くと、おそらく季節性インフルエンザとはまったく違った形での被害になるだろうということだと思います。実際にアメリカではそういうことが起こりつつあり、同じようなことが日本で起こる可能性が非常に高いということになると思います。
いま、問われていること(スライド4)
これは、我々がよくサーベランスとはどういうものなのかを学生に説明する時に使うスライドなのですが、情報があってもそれだけでは何の役にも立ちません。それは情報を解析して、分析して何かを導き出す作業があってこそ、Public Health Action(公衆衛生上の対策)をどうするかということにつながっていくわけです。今、皆さんも、この新型インフルエンザ対策に日本であたっている人たちも、おそらく世界でどんなことが起きているかとか、日本でどんなことが起きているかということについて、非常に多くの情報を持っているはずです。しかし、その情報が冷静にちゃんと分析されているのか、どんなことが起こりうるのかがきちんと考えられているのか、それらを踏まえたうえで本当に正しいDecision Makingがなされているのかどうか、ということが問われているのだと思います。
発生からこれまでの経緯
簡単にこれまでの経過をご説明しますと、まずアメリカのテキサスとカリフォルニアで、最初のこの豚インフルエンザ(今は名前が変わっていますが)の感染が見つかっています。実は、4月20日(月)に新型インフルエンザの専門家会議が厚労省であって、その後に今ジュネーブにおられる田代先生から、豚インフルエンザが人に感染しているということを最初に聞きました。ただ、こういうことは今までもずっと起きてきているので、これが本当にどういう意味を持つのか今の段階では何とも言えないけれども、アメリカがいろいろと調べているからこういうのが見つかってくるのかもしれない、という話をしました。
その後、4月24日(金)に感染症学会があって、ランチョンセミナーで私が新型インフルエンザについて話しているのですが、終了後、笹川平和財団の方々とお会いしてから、仙台に帰る途中にメディアの人から電話がかかってきて聞いたことが、「メキシコでたくさんの人が死んでいる。そのメキシコの症例から同じ豚由来のH1N1ウイルスが見つかっている」という話でした。この段階でおそらく今のようなことが起こるだろうということは、CDCも当然考えていましたし、WHOも、我々も、おそらくこのまま感染拡大が起こるだろうということを考えました。そこから始まったわけです。
現在の状況(スライド5~11)
実際に感染拡大は急速な勢いでそこから(もうすでにメキシコではもう2月位から始まっていたのだと思うのですが)、広がっていきます。いろんな国で感染が確認されていて、これ(スライド10)は一昨日の段階ですが、こういう状態になっています。日本でもこの時点で100人、いまはもう200人を超えています。このCase CountはWHOが毎日アップデートしていますけれども、この数が実態を把握しているのかというと、これはまったく実態を反映していません(スライド11)。それは、WHOも認めていて、もうそろそろWHOもこのCase Countをやめるべきだと私は思っています。
なぜかというと、まず、メキシコ、アメリカ、カナダというような国、これに残念ながら日本も加わってしまったのですが、メキシコ、アメリカ、カナダ、日本では、急速に感染が拡大して、すべての患者を検査することが不可能になっています。アメリカはすべての患者を検査することはできないということで、2週間前には重症者を中心に検査をするという方針になって、先週からはもう通常のインフルエンザのサーベランスに戻しています。つまり、アメリカでは、新型インフルエンザも定点でインフルエンザの患者数を見つけてその中から一部検体をとって調べるという日本と同じようなシステムに移行しています。
アメリカの公式患者数が5,000人近く出ているのですが、先ほど出したDr. Anne Schuchatのプレス・ブリーフィングの2日位前に、別の人が記者の質問に答えて、「おそらくアメリカでは10万人規模で患者が出ているだろう」と言っています。今日から4日か5日位前の段階で、この5,000人の患者数というのは全く実態を把握しておらず、氷山の一角であるということを言っています。
日本もおそらく今把握できているのは二百三十何人かですが、それは氷山の一角でしかなく、少なくともその十倍はいると思います。もし関西以外のところで感染拡大が起きているとすると、それよりもはるかに多くの患者が日本にいる可能性があります。
メキシコ、カナダも同じように、ほとんどCase Countできない状態になっています。メキシコでは若干流行が収まる傾向があり、おそらくメキシコ・シティは少し流行がピークを超えているのかなという感じはしますが、メキシコでも他の地域では今も感染拡大が続いています。そういう意味で、こういう国ではまだまだ感染拡大が続いていますので、報告されている数というのはこういう実態を全然把握していないということになります。
そのほかの国、先ほどのこの地図(スライド10)でいうと、イギリスとスペインを除くと、ほとんどの国が一桁か十数例なのですが、これらの国もこれまで日本でやってきたのと同じようなシステムで患者を見つけようとしているので、これが実態を反映しているとは言えないところがあります。つまり、空港で発熱のある人を見つけるとか、カナダ、アメリカ、メキシコというような国から帰ってくる渡航歴のある人から患者を見つけようとしているのです。このシステムでは、日本の関西で起きたような事というのは絶対に見つかりませんので、この一桁とか十数人しか今感染を報告していない国の全部というわけではないですが、一部できっと起きているはずだということが考えられます。
現在の患者検出システムの限界(スライド12)
なぜこれが見つからないかというと当然なのですね。日本でも最初の高校生は成田空港で見つかっていますが、これは基本的には見つかりますし、隔離停留をすると抑えられます。ところが、すり抜ける例がどうしても出てきてしまうのです。
その理由として、一つは、今回のウイルスは通常のインフルエンザよりも若干潜伏期間が長い可能性があり、1日から7日位までと今言われていることです。もう一つは、このウイルスは軽症で終わる例が多く、熱も出ないという例がかなり報告されていて、そういう人たちも、おそらく感染性があるということです。こういう人たちは、最初の段階では引っかかってこずに、他の人にうつしてしまいます。そういうシステムをすり抜けた人たちが他の人にうつして感染拡大が起きてしまうと、この先の人たちというのは、大多数は渡航歴がないわけです。渡航歴のある人だけで探すというシステムでやっていくと、この人たちは全然見つからないのです。これがまさに大阪や神戸の例のように日本で起きたことで、同じようなことがほかの国でも起きている可能性があります。
2-2.新型インフルエンザによる被害(スライド13)
今回の新型インフルエンザについて、日本では低病原性ということが言われていますけれども、(このウイルスは毒を持ってないので、僕は弱毒という言葉を使うのは好きではなく、正しくは病原性が低いということなのですが、)今回の新型インフルエンザの被害をどう考えるかというと、まず「感染性がどのくらいあるか」、つまりこれから日本で一体何人の人が感染するのか、これから世界で一体何人の人が感染するのかということが一つ大きな鍵になります。その上でいわゆる毒性、つまり「病原性がどの程度あるのか」、感染した人のうち、どのくらいの人が重症化して死亡するのかということが重要になります。この二つを掛け算したもので、最終的に重症化する人の数、さらには不幸にして死亡する人の数が出てくるわけです。
2-2-1.感染性について
感染性を決める指標(スライド14)
まず、感染性について、一体どのくらいの人がこれから感染するのかを決める指標として、これはちょっと専門的な話になりますが、「Reproductive Rate(再生産係数)」というものがあります。これは1人の人が何人に感染させるかという指標で、そのウイルスの感染性を決めるものとしてよく使われる指標です。要するに、ウイルスでも細菌でも流行する感染症というのは、ネズミ算式に倍々ゲームで増えていきます。そうするとこのR0とかRNとかいわれる値が少しでも上がると、非常に爆発的に増えてしまう。これが1以下で、1人の人が1人にしかうつさなければ流行が起きません。しかし、もし1人の人が2人に感染させて、その感染サイクルが10回繰り返されるとすると、一人の人から1,000人以上の人が感染するということになります。これがもっと低ければ、これが1.5ぐらいだと50人しか感染させないということになります。この値というのはどのくらい感染が拡がるかということに関してはクリティカルになります。
今回の新型インフルエンザの感染性(スライド15)
今回の新型インフルエンザの感染性について、季節性インフルエンザに近いようなものになるかもしれないというコメントをしている専門家が多いようです。しかし、新型インフルエンザは、ほとんどの人が免疫を持ってないため、感染性はそもそも普通のインフルエンザよりもかなり高いというのが前提条件であり、特徴の一つです。それを踏まえた上で、感染性が普通のインフルエンザと同じ程度に低いかもしれないという見方をするべきなのです。
感染性は今どの程度かというと、ニューヨークの高校でも今回の関西の高校と同じようなことが起きているのですが、感染拡大のスピード感というのはかなり早いです。正確に現時点でそのR0の値がどのくらいなのかというのははっきり分かっていません。ただ、通常の季節性インフルエンザに比べてもかなり早いスピードで起きています。
ニューヨークの例に関してはアメリカのCDCからも調査が入って、いろんなデータが出てきているのですが、一つ簡単に使える指標として、Household Secondary Attack Rateというのがあって、家族内でどのくらいの人に感染させているかという指標がニューヨークから発表されています。それによると、1家族に1人患者がいると、大体20%から30%位の家族が感染しています。これは通常のインフルエンザでは大体5%から15%といわれていますので、それに比べるとかなり高い値です。関西でも家族の感染がかなり見つかってきていると聞いていますので、おそらく日本でもSecondary Attack Rateがかなり高いのではないかということが考えられます。
また、「サイエンス」という科学雑誌に10日位前に掲載されたメキシコのかなりPreliminaryなデータでは、R0が1.4から1.6ぐらいと出ていますが、これよりも高い可能性もありますし、いまの段階ではなんとも言えません。ただ、これも通常のインフルエンザよりはやや高いだろうというデータです。
あとは、10代で非常に高い罹患率になっていますが、これは普通のインフルエンザでもたいてい罹患率が一番高いのは、学校に通っている人たちです。これは、おそらく、学校の中で最初に大きな感染拡大が起きているということが10代の人たちが多いということを説明しているのだろうと考えられます。
今後の日本での感染拡大(スライド16)
今後、日本でどういうことが起こるかということですが、いま関西で起きた最初の例がいったいいつ入ってきて、いつ感染拡大させたかということは正確にはわかっていません。おそらくゴールデンウイークかゴールデンウイーク明け位だったのだろうということが言われています。最初は一人か数人だったかもしれませんが、その数人の人たちが起点になって、2週間で今二百何十人かになっています。その10倍はいるだろうと私は思っていますので、実際には1,000人は超えていると思います。2週間の間に、1人もしくは数人を起点に、数百人~1,000人、2,000人位の人に広がってしまったわけです。今度は、今いる人たち、数百人から1000人、2000人位の規模の人たちを起点にさらに感染が拡がっていきます。このように倍々ゲームでどんどん感染拡大していってしまうというのがインフルエンザの特徴で、季節性インフルエンザでは日本でも500万人から1000万人という非常に多くの人たちが毎年感染するのですが、それと同じか、もしかするとそれよりも早いスピードで感染が拡大している可能性があります。
今後予想される状況(スライド17)
感染拡大という観点から今後どういうことが予想されるかというと、もう日本で感染拡大が起きるのは確実になってしまいました。残念ながら、これを抑えることはもう到底できません。軽症者も含めると、本当にどこに感染者がいるかもう分かりません。日本全国どこにいてもおかしくない状況ですので、日本では感染拡大が確実に起きます。
この後どうなるかということに関しては、今日もかなり暑いですし、この気候がどう影響するのかも分かりません。ただ、インフルエンザがなぜ冬に流行るのかということ自体もよくわかっていなくて、冬しかインフルエンザが流行らないかというと、そうでもないです。数年前から、沖縄で夏にインフルエンザが流行したりとか、北海道でも流行したりとか、そういうことが起きています。また、実際に1957年に起きたアジア風邪のパンデミックの時には、日本で第1回目の流行が5月、6月にかなり大きい規模で起きて、かなりの人が亡くなっていますので、5月、6月だからといってまったく流行が起きないという保証はまったくありません。ただ、今回は一気にパンデミックに突入するのではなくて、少なくとも北半球は小規模な流行で終わる可能性はあります。ただ、ここで小規模といっているのは、いままで想定されていた、人口の20%から30%(日本で3,000万人とか)の人が感染するという事態ではないという意味での小規模です。少なくとも今の勢いですぐに止まるはずはないので、そうすると少なくとも日本では、数十万単位での感染者は出ます。これがもし数百万、200万人とか300万人で終われば、これはパンデミックとしては小規模な流行だということになります。そういう意味での小規模ということです。
また、スペイン風邪のパターンになるかどうかということですが、スペイン風邪のパターンというのは、3月、4月、日本でも4月頃にわりと大きな流行があります。日本ではほとんど死んでいないのですが、それで一旦収まって、秋口から冬にかけて本格的な流行がやってくるというパターンは考えられます。
あとはこのまま大きな流行になっていくというパターンなのですが、これだけ人から人へ効率的に感染するように変化してしまったウイルスが、数カ月で人類の間から無くなるということは多分あり得ないと思います。そうすると、どこかにひそんでいて、またやってくるということになります。今考えられているシナリオは、南半球はこれからインフルエンザの本格的なシーズンである冬になりますので、南半球で大きな流行をして、秋口から北半球に戻ってくるということです。
先ほどもちょっと言いましたけれども、少なくとも現時点で感染性が落ちているとか、感染拡大のスピードが落ちているということを示唆するデータはまったくありません。アメリカもそうですし、日本の関西の感染拡大の程度を見ていても、やはりかなりのスピードで感染が広がっていますので、短期的にここ数週間、少なくともここ数週間から一カ月位の間、感染拡大が世界各地で起こるということは、今の状況を見る限り避けられないと思います。その後どうなるかということは、今の時点でははっきりとは分かりません。今もう日本はほとんど平常モードに戻って秋から冬にかけて流行したらどうしようかというような話がいろんなところで議論されています。しかし、それは次に考えればいいことであって、今感染拡大が起きているという状況に、日本、世界を含めて、どういう対応をしなければいけないのかということが、いま、一番問われているのだと思います。
現在考えられている罹患率・感染者数のシナリオ(スライド18)
現在考えられる罹患率、感染者数の日本でのシナリオとしては、まずは「小規模な流行」、先ほど言ったように小規模といっても、今の勢いでいくと、おそらく数十万の単位で感染者が出ます。その全てが見つかるわけではないので、それで今回は終わるというのが一つのシナリオです。
もう一つは、「通常のインフルエンザと同じ程度の流行」が今起きてしまう。これは1957年のアジア風邪のパターンですね。そうすると500万人から1,000万人位の人が日本でこれから2カ月かそのくらいの間に感染してしまう。
もう一つは、「一気にパンデミックに突入」していって、日本でも相当数の人、2,000万人とか3,000万人とかの人が感染してしまうというシナリオです。これは現時点ではないという気はしますけれども、でもこれもまったく考えられないシナリオではありません。
2-2-2.病原性について
今回の新型インフルエンザの病原性についてわかっていること(スライド19) もう一つの指標である「病原性」をどう考えるかということですが、おそらく今回のウイルスでは感染した人の何割かはまったく症状が出ない人たちがいると思います。もしくは非常に軽い症状で終わって、本人も気がつかないというような人たちがある一定の割合でいるはずです。過去のパンデミックでも、少なくとも57年のアジア風邪、68年の香港風邪では発症しない人たちが何割かいたということは分かっています。おそらく発症するのは6割程度で、発症した人のかなりの部分(これも正確にはわかっていませんけども、おそらく九十何パーセント)は軽症で終わります。これは事実です。
ただ、一定の割合で重症化する人たちがいて、どのくらいの割合で重症化するのかというのは、10%とかいろいろな値が言われていますけれども、現時点では正確には分かりません。その重症化する人の中で、ある一定の割合で非常に重症化して、日本とかアメリカでも救命することが非常に困難なような例が出てくる可能性があります。発症者に対してどのくらいの人が死ぬかということが致死率ということになりますけれども、この致死率がどの位になるかということが、今の段階では正確にはわかっていません。
ほとんどの人は、軽症で通常のインフルエンザと変わらない症状を呈するか、感染しても発症しないということが考えられていますが、一部に非常に重症化する人が存在すること、これが今回の新型インフルエンザの非常に難しいところで、被害がここから出てくるのだろうということになります。
低病原性(弱毒)ウイルスの意味(スライド20)
低病原性、弱毒とか言われている意味は、ほとんどの人で感染は軽症、もしくは無症状だということです。ただ、一部に重症化し死亡する例があり、その割合としては、これまで我々が高病原性の鳥インフルエンザH5N1によるパンデミックを想定して非常に恐れていたような、もしかすると致死率が10%とか20%とか行くかもしれないというようなことは、このウイルスでは絶対にあり得ません。
ただし、今のウイルスのままであればという条件で、という話です。
スペイン風邪の時の致死率が大体2%で、日本で40万人位の人が亡くなっているのですが、おそらくそのスペイン風邪までもいかず、いま想定されている致死率としては通常のインフルエンザ、季節性インフルエンザと同じか、やや高い程度0.1~0.4%位だと考えられています。ただここが問題なのです。季節性インフルエンザと同じ程度かもしれません。もしかすると季節性インフルエンザよりも低いかもしれないのですが、実際に0.4~0.5%の可能性もあります。この辺がどういうふうになるのかと
いうことを冷静に見る必要があると思います。
どんな人が重症化しているのか(スライド21~23)
それでは、どんな人が重症化しているのかということですけれども、通常の季節性インフルエンザでは、重症化して亡くなるのは、たいていは高齢者です。子供がインフルエンザ脳症を起こして亡くなったり、小さな子供がインフルエンザそのもので重症化して亡くなったりというような例はありますけれども、ほとんどは高齢者です。
ところが今回のウイルスは、どういうわけか高齢者の重症者というのがほとんど報告されていません。これが季節性インフルエンザと大きく違う点です。その理由としていくつかのことが考えられていて、若者から感染が始まって、高齢者が多く感染するというところまでまだいってないという説明もちょっと前にはされていたのですが、アメリカとかメキシコの状況を考えると、コミュニティレベルでかなり大規模に感染が広がっていますので、高齢者も感染(ウイルスの暴露)を受けているはずなのです。それにもかかわらず、高齢者で重症化例が出てこないというのは、もしかすると過去に流行していた別のウイルスとの交差免疫(昔かかったウイルスで免疫を獲得してその免疫が何らかの防御効果)を持っているのかもしれないというようなことがいわれています。
いずれにしても、現時点で重症化しているのは、主に子供と20~50代の成人です。本当に10代はまったく重症化しないのかというと、必ずしもそうでない可能性もあります。これもまだ確認はされていませんけれども、デトロイトでは10代の重症化例もあるというような話も出ているので、10代もまどんな人が重症化するかをさらに見ていくと、子供については、たいていは、先天性の疾患があるとか、何らかの非常に重篤な基礎疾患があるような子供たちがアメリカやメキシコで亡くなっているというふうに言われています。もう一つのグループとして、成人で基礎疾患を持っている人で、糖尿病とか、心疾患、また喘息もかなり大きなファクターじゃないかということも言われています。こういう基礎疾患を持つ若い人たち、20~50代の人たちが亡くなっています。それ以外に重症化する可能性があるのは妊婦、特に妊娠後期の人たちです。アメリカでも一例妊婦の方が亡くなっています。ただし、非常に重篤な基礎疾患を持っている若い人たちはやはり普通のインフルエンザでも亡くなることはありますので、一応普通のインフルエンザでもハイリスクと考えられているグループです。
これ以外にもう1つ重症化するといわれているグループがあって、これは若い人たちで、まったく基礎疾患を持っていない人たちです。この割合がどの位いるのかということは、正確にはわかっていませんけれども、メキシコでは確かにこういう人たちがいます。当初メキシコでは病院に行くのが遅れたからという話が出ていましたが、先週メキシコに行った人に電話で話を聞いたところ、やはりメキシコでもまったく基礎疾患がなくて、富裕層で健康な若い人でも亡くなるような例が出ているとのことでした。メキシコでもアメリカでも、感染した人の中でどのくらいの人が重症化するかという頻度はおそらくかなり低いのだと思いますけれども、一定の割合でこの層がやはり重症化しているということが言われています。
まったく重症化しないという事ではないと思います。いま、アメリカでも10代の人たちがかなりたくさん感染していますが、その中でも重症化例は少ないということ考えると、おそらく10代の人たちは、重症化する可能性は少し低いのだと思います。
重症化例の病態(スライド24~25)
重症化している人たちがどういう病態かについては、まだ正確に分かっていないところがたくさんありますが、徐々に実態が明らかになりつつあります。10日位前に「THE NEW ENGLAND JOURNAL OFMEDICINE」という雑誌にアメリカの症例の報告がありましたし、今日アメリカのお昼位の時間に、つい数日前にアメリカの学会で行われたシンポジウムの結果が公開されるということになっています。
重症化する人たちは、基本は重症のウイルス性肺炎です。急性呼吸窮迫症候群(ARDS)といわれる非常に重症の肺の障害が起こって、もしかするとその免疫反応、今日はたぶん医療関係の方は少ないと思いますので詳しい話はしませんけれども、そのウイルスに対する自分の免疫反応が悪さをするというようなことが、もしかすると起きているのかもしれません。スペイン風邪の時には、実際の死因は二次性の細菌性肺炎だったということも言われていますが、今回のウイルスに関しては、ウイルスそのものが相当悪さをしていて、細菌性の肺炎がおそらく主な重症化因子ではないのだろうと考えられています。本当に重症化する人たちは頻度としては少ないですけれども、基本的には我々が恐れていたH5N1の病態を起こしているのだろうと考えられます。
ウイルス性肺炎とは(スライド26)
このウイルス性肺炎というのは皆さんよくご存知ないと思いますけれども、臨床現場では現代の日本とかアメリカの医療でも、非常に治療することの難しい肺炎です。私も何例か見たことがありますけれども、これは非常に厳しい肺炎です。先ほど言ったそのARDSという状況になると、これはH5N1の例なのですが、X線を見ると肺が真っ白になります。つまり、肺に空気が入らず呼吸不全で亡くなっていきます。アメリカでも6人の人が亡くなっていますので、先進国でも救命することがかなり難しい病態です。おそらく重症化してこういう状況になってから抗ウイルス薬で治療しても、これを救命することはかなり難しいだろうということは考えられます。
2-3.今後のシナリオと社会的インパクト
今回の新型インフルエンザの特徴(スライド27)
今回のインフルエンザの特徴を図で表すとこういうことになると思います。大多数の人は確かに軽症です。一部に重症化する人がいて、その中で不幸にして亡くなる人が出てくるということです。
メキシコの状況(スライド28~29)
メキシコで、最初重症化する人が非常に多く、死亡率が10%ぐらいだと言われていたのは、軽症の部分が見逃されていたということが非常に大きいのだと思います。実際、最初の頃に1,000人のうち100人位死んでいるという話がありましたけれども、あの時点でおそらく実際の分母は、数万人から10万人位いたのだと思います。そうすると、この分母の部分が見逃されていたことによって、メキシコでは非常に重症化例の割合が多く見えていたということだと思います。つまり、実際にメキシコでわかってきたことというのは、メキシコでも軽症例が多く、ただ一部に重症化する人たちがいるということだと思います。
アメリカの状況(スライド30~32)
最初のアメリカのニューヨークの高校での流行では、健康な十代の高校生がまず感染して、その高校生の周りの人たちも同じような年齢層で、同じように健康な人たちが多かったのだと思います。このためにアメリカでは最初は軽症例しか見つかってきていませんでした。この状態はおそらくイギリスや今の日本も同じことです。軽症例しか見つからないというのは、そもそも重症化しないような層で、最初に感染拡大が起きていたということです。アメリカではその後コミュニティに感染が拡大して、リスクがあるような人たちにも感染が拡大するようになって、初めて重症化例が出て、さらに死亡するような例が出てきます。
ただ、今見えているように、アメリカで10万人が感染して、本当に6人しか死なないのかというと、そうではないのだと思います。それが、最初に触れた米CDCのDr. Anne Schuchatがいっている、これからもたくさん死亡者が出てくるということなのだと思います。なぜかと言うと、メキシコと違ってアメリカはICUで呼吸管理しているのです。そうすると本当に重症の人たちでも、今アメリカの死亡例を見ても、2週間から3週間して亡くなっています。つまり、これからまだアメリカでは死亡例が出てくる可能性がかなりあるということです。実際にアメリカで今170人から180人の人たちが重症化して入院しているのですが、そのうち60人とか70人くらい(正確な数はわからないのですが)が人工呼吸器で呼吸管理されているといわれていますので、この人たちの中で亡くなる人が出てきます。
ニューヨークでは、実際に感染が始まったのは4月20日で、最初の死者が出たのは昨日(5月19日)ですので、1カ月かかっています。つまり、コミュニティに感染が広がって、そこで重症化するような人たちに感染が広がって、その人たちが病院に入院して、ICUで管理されて亡くなるまでに、やはり1カ月がかかるということになります。
日本の状況(スライド33~35)
そうすると、今の日本の状況がどういうことかというと、ニューヨークと同じです。まず、高校生の間で広がっています。だから、今は軽症の人だけで、重症例は全然見つかっていません。ただこの状況がこの後もずっと続いていくのかというと、感染拡大が続いていくとやはりある一定の割合で重症化する人が出てきます。このまま数万人規模の感染に突入していってしまうと、その中で重症化する人たちが出てきます。日本はアメリカと一緒でICUで呼吸管理する人たちが出てきますので、おそらく死亡者という形で出てくるのはまだ1カ月位先の可能性があります。こういう形が日本でこれから起こりえることです。何人の死亡者が出るかということはわかりませんが、ただある一定の割合で重症化するということは、ほかの国の例を見ても明らかです。こういう人たちがどのくらい出て、そのうちどのくらいの人が亡くなるかということになります。
感染者数・致死率のシナリオ(スライド36~38)
さきほどいった「小流行」とか、「通常のインフルエンザと同程度」、「一気にパンデミック」とこういうシナリオで考えていくと、病原性が低く致死率が通常の季節性インフルエンザとまったく同じの0.1%程度だと考えても、小流行で1,000人が亡くなる。1,000万人が感染すると1万人が亡くなる、これが3,000万人になると3万人が亡くなる、ということです。
通常の季節性インフルエンザでも多い年では3万人位の人が亡くなっています。1万人から2万人の人が亡くなるということは時々起きていますので、そうするとこの程度で終われば通常のインフルエンザと同じだという議論が今日本でなされているのだと思います。この状態で終わって本当に通常のインフルエンザと同じなのかどうか、その話は後でします。
もしも致死率が0.4%になってしまうと、これは小規模でも4,000人、通常のインフルエンザと同じ程度でも通常のインフルエンザのひどい時よりも、多い数の人が亡くなります。これが一気にパンデミックになると、10万人以上の人が亡くなると、この可能性は現時点ではそれほど高くはないと思いますけれども、こういう可能性もありえるのです。
今回の新型インフルエンザの被害想定と社会的インパクト(スライド39~41)
これは、通常のインフルエンザで亡くなる人と、この赤いのは推計の患者数なのですが、日本でも500万人から1,000万人位が感染して、ほとんど死亡者が出ないような年もあるのですが、1万人から2万人、多い年は3万人位の人が確かに死んでいます。そういう意味で季節性インフルエンザと同じだという理解をしている人が多いのだと思いますけれども、先ほど言ったように最終的な患者数はどうなるかわかりませんし、ここで見えてくる社会的なインパクトは季節性インフルエンザとまったく違います。ここのところは、ほとんどの人が理解していないことだと思います。
季節性インフルエンザでは、1万人から2万人、多い年は3万人が亡くなるといいますけれども、これはほとんどが高齢者です。高齢者も非常に重篤な基礎疾患を持っている人、あるいは非常にお年を召された高齢者、80代とか90代の高齢者の人が亡くなります。しかも高齢者もインフルエンザが直接の死因になる人というのは非常に少ないです。先ほど出したデータで1万人から2万人が日本でも死んでいるというのは、あくまでもインフルエンザ関連死として出てくる死亡例です。つまりインフルエンザをきっかけにして、たとえば心筋梗塞を起こすとか、脳梗塞を起こすとか、後から見ると、そのインフルエンザのシーズンに高齢者の人たちがたくさん亡くなっているということがわかる程度の死亡なのです。それを超過死亡といって、そのインフルエンザのシーズンにその前後に比べるとどのくらいの人たちが死んでいるかというのを表す指標ですが、先ほど出した1万人から2万人というのはそういう値です。つまり、後から考えると、インフルエンザをきっかけに、いろんな病気が悪化して、亡くなる高齢者がインフルエンザの流行っているシーズンには多いということなのです。
今回のウイルスはまったく違います。これは先ほど言ったように、ウイルス性の肺炎です。インフルエンザが直接の死因になります。しかも80代~90代の人が亡くなるのではなくて、子供と20~50代の人が亡くなります。しかも非常に重症な肺炎を起こしてICUで管理をしなければいけない、そういう形で若い人たちが亡くなっていくだろうと考えられます。だから、数だけではわからないものが結果として出てくることになります。
アメリカでも実際に亡くなっているのは、子供と20~50代の人です。ニューヨークの学校の先生は55歳ですし、妊婦の人は30代です。そういう人たちが亡くなっています。そういうことが日本でも起こる可能性があります。だから数だけ見て、普通の季節性インフルエンザと同じ位の数の人しか死なないからこれは季節性インフルエンザと同じだと見るべきではないと私は考えています。
2-4.これからの課題
重症化例の治療の課題(スライド42)
重症化が多発した場合の治療の課題としては、医療体制の問題として、日本はICUのベッドや人工呼吸器も限られていることです。これは日本だけではないのですが、日本は特に医療の効率化とかということが言われています。ICUは儲からない医療なのでどんどん削減される傾向にあって、地方ではICUのベッドがまったくないというようなところもありますし、大都市でも今日の時点でどのくらいICUのベッドが空いているかというと、非常に少ない数しか空いていないのです。また、医師不足とか、医療崩壊ということも今言われていています。
高齢者で90歳の人が細菌性の肺炎を起こして、これはちょっとどうしようもないということになれば、家族とどういう治療をしましょうかという相談をすることはありうるわけですけれども、20代や30代の人が重症化して亡くなるという場合にはやはり最後の1%でも助かる可能性があれば最善を尽くさなければいけないと思います。ここでICUの管理を必要とするような人たちが、ある一定の割合で出てくると、この人たちにどうやって医療を提供するのかということはかなり大きな課題です。
もう一つは妊婦です。産科医が不足しているということは日本で非常に大きな問題になっていて、産科医療の集約化というようなことが実際に日本で起きているわけです。そういう中で、重症化する妊婦が出た場合、アメリカで亡くなった妊婦のケースでは子供は帝王切開で助かっていますが、そうすると早産の子供たちが出てくる可能性があるので、NICUをどうするか、医療をどうするか、日本で非常に今問題になっているところです。
このように、日本の医療の弱点が突かれて被害が拡大する可能性があります。ICUのベッドが足りない、医師不足、医療崩壊というような地域がある、産科医が不足している、NICUが足りない、こういう状況の中で、どうやってその重症化例を見ていくのかというのは、緊急に考えなければならない課題だと思います。
WHOの対応(スライド43)
WHOは今何を考えているのかということに触れます。
現在かなり実態が明らかになってきてはいますが、まだまだわからないことがたくさんあります。特に臨床像や、どういう人たちが重症化して亡くなっているのかについて、情報収集をしています。
この後どうなるのか、南半球に行って、もしアフリカに行くような事態になると、非常に大きな被害が起こる可能性があります。今後数週間の間にどんなことが起こるのか、さらにはこの冬、年末に向けた数カ月の間にいったいどのくらいの被害が想定され、途上国や先進国ではそれぞれ一体どんなことが起こるのかについて、多角的な検討がなされています。それを踏まえてどうしたらいいのかについて、私はWHOの少人数のグループに加わって基本戦略を考えています。
治療指針をどうするか、重症化する例の治療をどうするかという部分は、日本人の進藤さんが中心になって今考えています。ワクチンも非常に大きな課題です。これはWHOとしてはかなり重点的に取り組んでいる課題です。また、サーベランスでは、今、世界で起きていることの実態をどうやって把握するか、そのためのサーベランスをどうしたらいいのかということが考えられています。
Severity Assessmentの基本的な考え方(スライド44-45)
これは、10日位前にWHOのホームページに載っている文章ですが、要するに今世界各国がやらなければいけない事というのは、この新型インフルエンザによってどんな被害が起こるのかということを、この時点で与えられているデータから冷静に考えて、評価する必要があるということを言っています。今回の新型インフルエンザの被害というのは、国ごと、国のなかでも地域によって、かなり大きく違うだろうと考えられます。大都市と地方では違うかもしれないし、日本の場合、医療がある程度提供できる地域とできない地域で、被害の程度が変わってくる可能性もあります。それぞれの国や地域で、このSeverity Assessment、要するにどのくらい深刻な被害が起こるのかといった影響を評価した上で対策を考える必要があるというのがWHOの考え方です。
Severityというのは必ずしも感染の重症度ということだけではなくて、その社会とか経済に与える影響そういうことも含めてどのくらい被害が起こるのかを想定する必要があります。そのSeverityを決める要因としてはウイルスの病原性や感染性がありますが、このウイルスは今まで流行っていたH1N1Aソ連とはかなり違ってほとんどの人は免疫を持ってないウイルスですので、そういう意味で被害がこれから広がる可能性があることを考えなければなりません。
また、Population Vulnerabilityと書いてありますけど、どういうリスクを持っている人がどういうところにいるのかということによって全体の被害が変わってくると言えます。後は、Response Capacityで、要するにこの事態に対応できるキャパシティがそれぞれの国にどれだけあるかどうか、医療体制なども含めて、公衆衛生対応や医療対応ができるかどうか、これによって最終的な被害の程度というのがかなり変わってくるだろうというのがWHOの考え方です。
2-5.途上国における課題
これまでの情報から考えられる途上国での被害(スライド46-47)
途上国でどんな被害が起こるかを、非常に大きな課題として私も今考えているのですが、途上国に特別病原性の高いウイルスがいくというわけではないので、Population VulnerabilityとResponse Capacityということが問題になります。
通常のインフルエンザのように高齢者が重症化すると日本とか高齢化社会の国では非常に大きな被害が起こる可能性があったのですが、今回の場合、重症化するのは高齢者ではなく、子供、若い成人、妊婦です。この割合というのは途上国のほうがはるかに大きく、より深刻な被害が起こる可能性があります。特に基礎疾患を持つ子供、HIV感染や重症の栄養不良の子供などがたくさんいますので、そういう子供たちにどういう影響が起こるのかと懸念されます。また、基礎疾患を持つ若い人たちも多く、日本では合併症のコントロールされてない人というのは非常に少ないのですが、途上国では糖尿病とか全然コントロールされていない人たちがたくさんいます。アメリカでもたぶん貧困層はそうなのだと思います。妊婦の合併症についても、途上国ではほとんどコントロールされていない場合が多いです。そういう人たちにどういう影響があるのかが懸念されます。
Response Capacityということでも、前から分かっていた話ではありますが、公衆衛生の対応や医療体制が不十分ですし、抗ウイルス薬の備蓄も途上国にはほとんどありません。ワクチンのほとんどは先進国で生産されていて、途上国にはワクチンの生産体制もありません。こういう中で、もしこのウイルスが途上国に広がった場合にどうなるか。もしこの年末にかけて、大きな流行が起こるとすると先進国ではワクチンが間に合うのですが、このままでいくと途上国にはワクチンを供給する体制がありません。昨日か一昨日UNのセクレタリー・ジェネラルとWHOのマーガレット・チャンが、ワクチンのメーカーと一緒に会合していますが、途上国へのワクチンの供給体制をどうするかということを話し合っているはずです。
パンデミックに対応する医療資源の不足(スライド48-50)
途上国では、医療資源も全然足りないわけです。日本の医療崩壊なんていう以前の問題ですので、途上国では医療機関も医療従事者も足りず、もう人工呼吸器なんてほとんどありません。これは我々が書いた論文ですが、途上国でどういう被害が起こるか、だいたい分かっています。途上国でもし新型インフルエンザが起きた場合には、非常に大きな被害が起こるということで笹川平和財団と一緒にこの途上国のパンデミック対策というのを考えていこうとしていた矢先でした。
ほかの人たちも同じようなことを考えていて、これはイギリスのグループが解析したデータですが、もしスペイン風邪と同じようなパンデミックが今起きたとすると、6,000万人位の人が世界中で死ぬかもしれない。今回はこんなにたくさんの人が死ぬわけではないと思いますけれども、6,000万人のうちの96%は途上国で死ぬだろうという推計を2年くらい前に出しています。こういうことが起きる可能性があるわけです。
フィリピン・レイテ島での新型インフルエンザ対策強化(スライド51-52)
われわれ東北大学のグループで、フィリピンで感染症の拠点プロジェクトというのをやっていて、その一環として、レイテ島という非常に貧しい島にこのウイルスが到達したらどうなるのかということを考えていこうとしています。
ここにある病院で、去年から小児の重症肺炎の研究をやっていますが、大体600人から700人位の子供が重症肺炎で入院して、そのうちの1割(60人から70人位)が亡くなります。人工呼吸器などの器具などはまったくありませんので、こういう状況のところに、このウイルスが入った時にどうするかということを考えています。フィリピン全土で重症化する妊婦の数などを調べたり、啓発のパンフレットなどを試作したりして、どういうところに集中的に資源を投下すればある程度被害を抑えられるのかという事を考えて準備をしているところです。
2-6.まとめ(スライド53)
これは最後のスライドですけれども、多くの人が今日本や世界で起きていること、これから起こることについてまだまだきちんと理解したうえで、分析、評価していないと思います。インターネットを見ればいろんな情報が出ていますが、情報量の多さではないと思います。これをちゃんと評価して分析できる基本的な知識と分析能力が公衆衛生をやっている人たちにも欠けているのではないかと思います。
もうひとつ大事なことは、これから起こることに関して少しだけきちっとしたイメージを持つということです。1,000人死ぬといっても、通常のインフルエンザで高齢者が1,000人死ぬというイメージと、今のウイルスで子供を中心に若い人たちが1,000人死ぬというイメージは全く違うものに私には思えるのです。そういうイメージをみんなが共有することがまず大事だと思います。
今の日本及び世界の新型インフルエンザに欠けているものというのは、これまでもそうだったのですが、少し考えればわかるだろうということなのです。少しの想像力を持って、少し考えればどんなことが起こるかということは、大体わかるはずです。そういうことが今までも考えられてこなかったし、今現在も、十分に考えられていません。ちゃんとした想像力を持ってどういうことが起こる、それに対して何をしなければいけないのかということが、日本だけではなくて、世界中でまだまだ十分に考えられてない、そういう問題があるのだというふうに私は認識しています。
以上です。ご静聴ありがとうございました。
3.質疑応答
SPF茶野常務
押谷先生、専門的なご見地から、非常にわかりやすいご説明をいただきました。大変ありがとうございました。先生がおっしゃったように、情報量ではなく、情報を如何に理解するかという点について大変わかりやすく、教えていただいたというふうに考えます。
それでは、皆様からご質問を受けさせていただきたいと思います。所属先とお名前をおっしゃっていただいてから、手短にご質問をお願いいたします。
質問1:マスコミの情報の流し方について
敵がまだまだわからない、正体がはっきりつかめないという状況のなかで、やはりマスコミの情報の流し方が一番問われると思います。そういう面で、先生から、特に日本の場合どのような報道の仕方がよろしいのか、お聞かせいただければと思います。
押谷教授
どういう形で情報を発信すべきなのかということは、非常に難しい問題だと思います。いたずらに恐怖心をあおるような形ではいけないと思いますけれども、ただ今見えてきている部分はあるわけです。できることがあるわけです。例えばある程度重症化するだろうという人たちというのが見えてきているわけですね。その人たちに注意を喚起するということは必ずやらなければいけないことだと思います。弱毒性で季節性のインフルエンザと何も変わらないから、例えば妊婦とか、一定の重症化するリスクファクターを持っている人たちが、普通に何をしてもいいのかというとそうではないと思います。感染リスクのあるようなところ、例えば人込みの中に行ってもいいのかどうかというようなことはきちんと伝えて、その人たちを守るような報道というのは、やはりどうしても必要だと思います。私が言った通りになるとは限りませんし、いろんな不確定要素はありますけれども、今ある情報のなかで考えると「こういうことが起こります」、「こういう人たちは特に注意してください」、ということは最低限情報として流していく必要があるのだというふうに私は思っています。
質問2:Severityの評価について
Severityの評価について、CDCもまだ今のところ、私が聞いている限りではカテゴリー5ではないという位のことしか言ってないと思うのですが、CDCのカテゴリー評価はいつ頃出そうなのかという事と、日本でSeverity評価をする場合に誰がどの段階で評価できるのかということを教えてください。
押谷教授
これをどの時点で誰がやるかという、これは非常に難しい問題だと思いますけれども、少なくともある程度のことは分かっているんですね。先ほど言いましたように、我々が今まで想定してきたような鳥インフルエンザH5N1で致死率が10%になるということは、まず今の状況だとあり得ません。
政府も最大の死者が64万人という想定で今までやってきているのですが、おそらくスペイン風邪のような日本で何十万人も死ぬというようなことはないだろうということは、はっきりしてきています。
政府も方針として、少なくとも高病原性の鳥インフルエンザによるパンデミックを想定したような対応はしないと言っていますので、それがそのSeverityの考え方なのだと思います。ただ、どうしてもある一定の割合で重症化する人たちがいますので、それを踏まえた対応を今後もやっていく必要があるのだと思います。
アメリカもどの時点ではっきり言うかはわかりませんけれども、少なくともアメリカ政府としては、積極的に感染拡大阻止のために、人の移動の制限をするとか、そういうことはやらないという方針になっています。それはある程度このウイルスの正体が見えていて、アメリカで100万人も死ぬような事態は少なくとも起きないだろうということで対応も決まっているのだと思います。
質問3:H5N1との遺伝子交雑の可能性について
インドネシアのH5N1との交雑の可能性というのは、先生ご自身どのくらいの確率で考えていらっしゃるのか、その辺のところをちょっと教えていただきたいです。
押谷教授
インドネシアだけではなくて、世界あっちこっちで広がっているH5N1とこのウイルスがまた遺伝子交雑(リアソートメント)してさらにひどいウイルスが出現するという、そういう可能性を言い出すときりがないのです。
このウイルス自体もまだまだ変わるかもしれませんし、さらに病原性が高くなるという可能性も言われています。スペイン風邪のときのように、春先はそんなに死んでないのに、秋からの流行ではたくさんの人が亡くなると、そういうことがこのウイルスでも起こる可能性があります。逆に病原性が落ちるという、さらに弱毒になるという可能性もないわけではありません。ウイルスというのは、特にインフルエンザウイルスは非常に変化しやすいウイルスです。そういう不確定要素はたくさんあります。ただそういうことを言いだすときりがないです。いろんなことが起こりえます。ただ今我々がしなければいけないことというのは、今目の前にあるこの敵にどう立ち向かうのかと、大体ある程度の被害が起こるだろうという事も分かっていて、ここの被害を最小限に抑えるということをまずしたうえで、その次、数カ月から1年、2年後にもしかしたら起こるかもしれないこと、その対策に移っていくべきなのだと私は考えています。だから、今のこのシナリオで何ができるかということがまず必要なのだと思います。
質問4:メキシコにおける死亡要因について
先ほど若い方で重症化というお話がございました。メキシコなどの分析では、進藤さんのご報告とかで治療の遅れが結果を招いているようにお聞きしております。先生は他に何か数字というのはお持ちでしょうか。
押谷教授
まずメキシコで若い人たちが亡くなっていて治療が遅れていると、そういう例があったのは事実だと思います。特に早期の段階で治療が遅れて亡くなっている人とか、ICUとか人工呼吸器のないようなところもたくさんありますので、そういうところで亡くなった人もいるのだと思います。ただ、それだけでメキシコの死亡のすべてが説明できるわけではありません。先ほど言いましたように、わりと富裕層の人たちで早く病院にかかっているにも関わらず亡くなっているような人たちもいます。
ただ、病院に行くのが遅れたりして死亡する人たちの数がメキシコではもしかすると多かったかもしれないですし、特に早期の段階ではそういうことがあったのかもしれません。
重症化する人たちがある一定の割合いるという、そこのところはあまり大きくは違わない。そういう意味では、メキシコとアメリカの状況が全然違うということではないというふうに理解しています。
質問5:重症化する際の病態について
新型ウイルスはウイルス性疾患での死亡が多いということですが、基礎疾患のあるなしに関わらず、あるいは妊婦であるなしに関わらず、ウイルス性疾患が多いという理解でよろしいでしょうか?また、患者がどんどん増えるにつれて、何でもない基礎疾患のない人もウイルス性疾患で重症化するケースがあるというお話がありました。これは時間の経過とともにそういうケースが増えているというようなデータがありますでしょうか?
押谷教授
ウイルス性肺炎については、これまで重症化している死亡例の報告しか詳しい情報が出ていません。おそらく今日、その数日前にアメリカで行われたシンポジウムの結果が公開されるとまた病態が明らかになってくると思いますが、基本はウイルス性の肺炎という理解です。それでは、ウイルス性肺炎が全部なのかというと、細菌性の肺炎がかぶっているという例もあるのかもしれないし、その辺りはよく分かっていませんが、基本的には重症化している多くの人はウイルス性の肺炎だろうと考えられます。
基礎疾患のある人でもない人でも同じような病態だということが考えられています。先ほどから何回も言っているように、基礎疾患のない若い人たちというのは、ほとんどの人はそもそも重症化しないんです。しかし、一部に、ごくわずかな割合だと思うのですが、重症化する人たちがいます。これは感染拡大が大規模に起こるにしたがって、見えてくるものだと思います。100人、200人の感染者では確率的に見えない可能性が非常に高いけれども、10万、20万という単位で感染が起きてくるとこういう人たちが重症化しているということが見えてくるということなのだと思います。今日本では見えていないものが今後メキシコやアメリカなどの他の国と同じような状況になっていく可能性があるというのはそういう意味です。
質問6:感染拡大について
先ほどのお話の中で、感染拡大が終息に向かっている事を示唆するデータはないとおっしゃっていたと思いますが、一部の報道などによると、メキシコとかカナダでは感染拡大が止まっている傾向があるという話もありますので、それとの関連はどうかということと、今日本での感染が広がっているんですが、厚労省の一部では感染が比較的高校生の間だけで広がっていて、今日滋賀県が出てきてはいますが、比較的関西だけで意外と他地域に広がっていないのではないかという甘い見方をする人もいます。先生のお話の中で、日本では今後最低少なくとも10万人規模の感染はあるということをおっしゃっていたのですが、今2,000人だとして、そのまま2,000人で終結する、もしくは下がるということがあり得るのか、それとも少なくとも10万人レベルまでは感染が広がらざるを得ないということなのかそこのところを改めてご意見を確認したいと思います。
押谷教授
感染拡大についてですけれども、メキシコについてはアメリカのCDCの人たちなんかが言っていますが、確かに一部の地域では感染拡大が終息する傾向にあるというのは事実だと思います。これは最初にかなり感染拡大が大規模に起きて非常に多くの人たちが感染してしまったような地域では、感染拡大が終息に向かっているということだと思います。ただ、一部の地域ではまだまだ感染拡大が起きているというふうにCDCでは見ていて、おそらくそうだと思います。カナダの状況というのは全体像がまだまだよく分かっていないところがあると思います。見つかっていない例があるのかもしれません。
日本はどの位いるかというのははっきりとはわかりません。少なくとも二百三十何人でないことは確かです。この10倍、数千人の単位ではたぶん日本に患者がいるのだろうという感じはします。後は地域的に本当に関西だけなのかという見極めをきちんとしなければなりません。そのためのサーベランスを早急に立ち上げないといけません。おそらく患者の集積があるところを検査することで、把握することができると思います。今全国で学校閉鎖されているところがいくつもあります。これが全部新型インフルエンザではないと思いますけれども、中に新型インフルエンザで学校閉鎖されているところがあるかもしれない。そうするとそこではかなりの感染拡大が起きている可能性がありますので、そういうところが本当にないのかどうかを見ていく必要があります。後は開業医の普通のインフルエンザのサーベランスのような形で開業医の所にインフルエンザ様の症状で行った患者をある程度検査をしていく、そうしたことによって、地域的な広がりがどの程度なのかということをまず見極める必要があると思います。関西を超えて広がっていってもおかしくないですし、おそらく広がっているのだろうと思われる状況ですので、どこまで広がっていて、どういう状況にあるのかということが把握できるようなシステムを早急に立ち上げなければいけないのだと思います。
また、先ほど言ったように、たぶん数例から始まったものが2週間から3週間で少なくとも数百人、おそらく1000人を超える規模まできている訳です。これが1000人を起点に感染拡大が起こるわけです。今、今日の時点から感染拡大が収束に向かったとしても、いっぺんに感染拡大がなくなるわけではありません。感染拡大が抑えるような対策がなかなかできにくい状況になっていますので、そうするともう勢いがついてしまったものは、ここでブレーキを踏んだとしてもある程度、少なくとも数万人は出る状況だと思います。今の感染性を維持したままの状況があと数週間続くと、これは最終的に数十万人というところまで行ってしまうということだと思います。
質問7:途上国の支援について
途上国の支援に関連してなのですが、抗ウイルス薬ですとかワクチンの生産ですとか、そういったものは先進国に集中していて、備蓄についても今先進国が買いあさっているという状況にある中で、どういった形で途上国の今非常にもろい状況にあるのを支援して予防して、セーフネットを作っていくかということについて、具体的にどういうアイデアを先生がお持ちかということと、例えばインドなんかでもジェネリック薬の開発と生産が始まったということで、そのあたりの有用性について先生のご意見を伺えればと思います。
押谷教授
抗ウイルス薬とかワクチンの問題については、いずれにしてもすぐにワクチンができるわけではありませんので、もし年末とか6カ月後とかにワクチンができた時に途上国へのワクチンの支援をどう考えるかということを、今WHO、UNと、日本も含めた各国のワクチンメーカーとの協議がなされているのだと思います。ただ、抗インフルエンザ薬もどのくらい効くかわからないということもありますし、これを全世界の途上国の全地域に一斉に今3週間以内に配布するということは、誰がどう考えても不可能ですね。
今我々が考えている途上国での戦略としては、いわゆるPharmaceutical Interventionといっているワクチンとか抗ウイルス薬とかの医薬品を使ったものだけではなくて、それ以外にも学校閉鎖とか、患者の隔離といった対策も必要だと考えています。フィリピンで考えていることもそうなのですが、妊婦とか、特に重症化する可能性のある人たちへの感染をいかに防ぐかということが重要になってくると思います。本当に重症化する可能性が一番高いのは、例えばアフリカのHIVの病棟に入院している患者で、これはどんなものが入ってきてもかなり重症化して亡くなるような人たちがいるわけです。
そういう本当のハイリスクグループをどうやって感染から守るのかというような視点も必要なのだと思います。
それは、薬を全世界に3週間以内に配布できないとしても、そういうメッセージをきちっと出していくことによって、感染そのものをある程度防ぎ、そういうハイリスクの人たちの死亡率を下げられるのではないかということを今緊急の課題として考えています。長期的にあと6カ月とか先のこととして、抗ウイルス薬の問題とかワクチンの問題というのが出てくるのだと思います。
質問8:重症化例とウイルスの病原性との関連について
重症化例の病態についてH5N1と同じような病態というご説明があったのですが、ウイルスそのものの性質として、スペイン風邪のH1N1の高病原性というのはかなり解明されてきていて、今回はそれと同じような変化は起きていないということですが、今のウイルスの性質でそれだけの重い病態になるということはどのようにとらえたらよろしいでしょうか?
押谷教授
実は先ほど東大の河岡先生と一緒になって話しましたが、このウイルスの病原性そのものが強いのかどうなのかということは私にはよく分かりませんので、おそらく今ウイルスの解析をされている先生たちがもっと詳しい情報を持っていて、これからデータが出てくるのだと思います。ただ、今重症化している例について、ウイルスの病原性が高くなくて、スペイン風邪にあったようなウイルスの病原性を規定しているような変異がないとしても、今のような病態というのは十分説明ができると思います。どうしてかというと、若い人たちはこのウイルスに対してほとんど免疫を持っていないのです。そのウイルスが体内に入った時、全部の人ではないかもしれませんが、一部の人ではおそらく通常のインフルエンザよりもかなり早いスピードで、呼吸器を中心としてウイルスが増殖します。今のウイルス側の病原性が必ずしも高くなくても、免疫がないためにウイルスの増殖をコントロールできなくなった人たちがサイトカインストームを起こして、非常に重症化するという説明は十分可能だと思います。
質問9:腸管経由の感染の可能性について
先生がお示しになった「The New England Journal of Medicine」に少し書かれていたと思うのですが、感染経路が通常のインフルエンザのような系肺だけではなくて、症状で下痢が多かったということがメキシコであったので、腸管経由という疑いをぬぐいきれないと書かれていたのですが、現状はどうなのでしょう?
押谷教授
下痢をしている患者が20%位いるというデータが出ていますが、それに関してウイルスが排出されているのかどうかというデータは、私が知っている限りはないので、そのデータが出てこないと分からないと思います。
質問10:感染拡大を防ぐための努力:マスコミの方へのお願い
ある程度の数がこのまま爆発的に伸びていくということであれば、先生がおっしゃるようにある一定の確率で死者も出ます。リプロダクションナンバーのR0が1より下に下がれば自然に消失するということは統計学的にもわかっていることですが、そのR0を減らすための努力を私はマスコミの方に期待しているのです。正しい感染症の予防の知識をもっと出していくことが今結局感染のスケールを減らし、死者も減ることにつながるのではないかと思います。その部分のお話が、今日のお話の中にはなかったので、是非先生のご見解をお伝えいただきたいと思います。
押谷教授
おっしゃる通りだと思います。今日お話をしませんでしたけれども、1人1人の人たちが、なるべく感染するリスクを下げて「感染しない」、感染してしまった人たちが他の人たちになるべく「感染させない」、そういう努力をすることは非常に重要だと思います。それは先生がおっしゃるようにマスコミの人たちに伝えてほしいことなのです。
確かに感染者のうち大多数の人たちは、重症化しないで、軽症で済みます。だから自分が感染してもいいと思ってしまうと、その人から始まる感染鎖(Infection Chain、Transmission Chain)の先に、もしかすると自分の家族や近所の人、自分の同級生とかそういう人たちがいて、重症化する人が出るかもしれません。だから、みんなが手洗いをするとか、そういうことで感染しない努力をなるべくするということは、必ず必要になります。
感染した症状のある人は、もうとにかく外出しないことです。感染して症状があるのに、職場に行くとか、そういうことは感染を拡大させるリスクになります。それをみんながなるべく避けることによって、地域全体を守っていくのだという視点は当然必要になってくると思います。それは、今先生がおっしゃったように地域全体でいかにして感染が広がるスピードを抑えていくのかということです。
この状況ですと、致死率はそんなに高くないですし、社会活動を全部制限して、職場も全部閉鎖してというような対策は実際にはなかなか取れないと思います。そうすると特にハイリスクの人たちに感染をさせないような努力をしていくことによって被害をいかにして抑えていくかということが重要になってくるのだと思いました。
ありがとうございました。
茶野常務
どうもありがとうございました。大変重要なご指摘を最後にしていただきました。これを持ちまして、この報告会を終了したいと思います。今一度押谷先生に拍手をお願いいたします。ありがとうございました。
以上
講演会議事録その2
事業および報告資料
専門家インタビュー
2010年3月23日、東北大学大学院医学系研究科との共催による国際シンポジウム『アジアにおけるパンデミックの教訓と示唆:多角的な視点から』に参加いただいた各国の専門家の当時のインタビューを掲載しています。