第2回 サイバーセキュリティセミナー2020
フェイクニュースは米国大統領選をどう変えたか~偽情報と民主主義:事例と対策~

2021年3月22日(月)17:30~19:00

2021.5.20

1 講演者

・ポスト事実時代の米国と陰謀論~過激化と分散化の間の米国~
 東 秀敏 氏(RESILIENCE JAPAN 社長、『ロシアゲートの虚実』著者)

(写真)東秀敏
 まず、三つの着眼点を提示したいと思います。第一に去年の大統領選挙における情報環境の様子はどのようなものであったのか。第二に、大統領選への陰謀論の影響はどのようなものであったのか。第三に、2021年1月6日に議会突入事件が起こりましたが、それと陰謀論との関係はどのようなものであったのか。
 まず、全体を俯瞰しますと、去年の大統領選では「ポスト事実時代」に突入し、ソーシャルメディアが陰謀論の格差を助長し、特に極右の過激主義が加速化しました。つまり、「ポスト真実」からポスト事実の時代に移行し、2016年では個々のディスインフォメーション(偽情報)が多かったのですが、2020年に至るとそれが一つの陰謀論に収れんしました。その陰謀論が過激化をかなり加速させ、極右テロの拡大が多々見られました。1月6日の連邦議会議事堂突入事件というのは、陰謀論の忠実な実践でもあったわけです。その対策としては、対テロとカウンター・インサージェンシー(COIN=対反乱作戦)という観点から対策を講じる必要があると思います。そのカギは、過激化のプロセスの理解に努めることにあると思います。
 2020年の情報空間についてお話します。2016年では個々のディスインフォメーションが米国の自由主義神話を破壊し、一つの神話が存在していましたが、それが分散化していき、さまざまな人たちが個々の神話をもつようになったといえます。その結果、徐々に陰謀論が台頭し、事実をまったく顧みない傾向が顕著になりました。その陰謀論がファクトチェックに反発する動きを見せ、ディスインフォメーションが一つの壮大なストーリーになりました。コロナ危機、不正選挙の疑惑が話題となった2020年は、事実をまったく試みないような情報環境になり、ポスト事実時代が完全に定着したといえます。
 次に陰謀論と2020年の大統領選との関係について、説明いたします。まず、ディスインフォメーションを定義しますと、目的論に立脚した偽情報を含む情報です。これには知的要素と政治的要素がありますが、陰謀論では「もたざる者」を解放し、「反権力的な神話」を扇動及び動員する政治的要素が主体的になります。「ポピュリズムの権力論」です。2016年の大統領選直後には「ピザゲート事件」という有名な陰謀論に絡む事件が起きましたし、2017年に至ると日本でも話題となっている「Qアノン」という陰謀論ムーブメントも起こりました。最近では「反Qアノン陰謀論」も登場したりしています。
 このような傾向を理解するには、陰謀論と米国との関係を理解しなければいけません。そもそも陰謀論は米国史のDNAに刻まれており、1776年の米国独立戦争の発端も陰謀論から始まったと言われています。つまり、当時の英国王ジョージ三世が米植民地に住む英国人を奴隷化するとの噂が広まり、独立の機運が高まりました。米国の精神は、ベンチャー精神と清教徒精神からなっているので、いずれも反権力的な側面があります。米国で陰謀論は、必ずしも反知性主義的なパラノイア(偏執病)とは限らず、健全な市民社会の反映でもあります。
 つまり、陰謀論というのは、権力に対する監視の役割をもつと考えられているわけです。特に陰謀論は政府の汚点を暴く説と再定義されており、ケネディ大統領暗殺事件についても、米国民の半分が陰謀論を信じているといわれています。さらに「9・11テロ」の陰謀論もあります。米国は陰謀論大国なわけです。
 陰謀論と過激化のプロセスについてですが、陰謀論の潜在的な問題に「循環論法」があります。循環論法とは、事実が通じない論理の誤謬(ごびゅう)で、ますます陰謀論から抜けきれなくなります。さらに、陰謀論は壮大なストーリーをもっているので、強烈な臨場感を与え、洗脳作用をもたらします。特に精神的、心理的に問題がある者にとっては、陰謀論は心の支えになります。私が個人的に観察した結果を基に申し上げますと、トランプ支持者には精神的、心理的な問題を抱えている方々がほとんどです。だから、彼らにとってQアノンのような陰謀論は、心の支えになり、ますます過激化する可能性をはらんでいきます。
 過激化のプロセスには、「過激化以前」→「共感」→「洗脳」→「行動」という四つの段階があります。人口全体で見ると、実際に攻撃にまでたどり着くような人たちは限られていますが、やはり心の問題があるような人たちは、最後までいってしまう傾向が強いです。
 陰謀論と1月6日の連邦議会議事堂突入事件についてですが、この事件はQアノン陰謀論の忠実な実践と考えています。実は後でわかったことですが、そこにはさまざまな勢力が入り混じっていましたが、それはQアノンムーブメントが本質的に匿名性をもっているため、敵対勢力の浸透を許すことになったと言われています。また、突入事件のいきさつについてみると、計画などはほぼオンラインで行われました。ダークウェブから徐々に公開ウェブに至るようなプロセスを踏んで、作戦の計画がなされており、極右側に計画性があったことは、間違いない事実です。
 日本における対策への提言としては、陰謀論そのものは問題ではなく、過激化というのが問題であることを認識すべきでしょう。陰謀論と過激化との関係を理解することが必要です。これには、市民社会と国家安全への二つの脅威があると思います。市民社会では、NGO(非政府組織)やジャーナリズムの役割が大きいと思いますが、できることは限られています。というのは、事実を顧みないポスト事実の時代に入っているので、そこは政府が責任をもって過激化、特にテロ行為を防ぐ対策を講じるべきだと思います。
 ここで私が強調したいのは、バーチャル空間だけを見ているだけでは駄目で、暗号化アプリ等で分散化が進んでいるため、拾える情報がほとんどありません。やはり、物理空間での地道なパトロール、特に地域住民とのつながりが大事になってくるわけです。特に過激化と家族の影響というのは、反比例の関係にあり、ますます過激化するほど家族との関係は疎遠になります。パトロールにおいて、家族との接触はとても大事になってくると思います。
 結論として、2020年の大統領選では、陰謀論がディスインフォメーションの主な形となり、本格的なポスト事実の時代に突入しました。陰謀論そのものは問題ではありませんが、ソーシャルメディアの分散化によって極右の一匹狼によるテロが多発する可能性をはらんでおり、分散化は過激化を助長します。対テロとカウンター・インサージェンシーの観点が今後は必要なってくると思います。

・サイバーグレートゲーム:二つのハートランド
 土屋 大洋 氏(慶應義塾大学総合政策学部長、教授)

(写真)土屋大洋
 英国人として初めてノーベル賞を受賞したラドヤード・キプリングが1901年に出した小説「少年キム」には、大英帝国と帝政ロシアが争っていた地政学的な対立構造を示す「グレートゲーム」が背景として描かれています。ユーラシア大陸の真ん中にある「ハートランド」が舞台になっていますが、ここは地政学の世界でよく登場します。ここを支配した者がアフリカとユーラシアを合わせたワールド・アイランド(世界島)を制し、世界を制するといわれました。
 一方、ニコラス・スパイクマンという地政学者は、そうではなく、「リムランド」と呼ばれるユーラシアの周縁部、分断されたドイツ、インド、パキスタン、ベトナム、中国、台湾、朝鮮半島が紛争のきっかけになると主張しました。いま、我々はサイバー時代に生きているわけですが、これはどういう意味をもつでしょうか。
 サイバースペースというと、何か特別な空間というイメージがあると思われますが、いま皆さんの目の前にあるパソコン、スマホ、タブレットもサイバースペースを構成しています。つまり、物理的な存在なわけですが、それが何に影響を与えているのかを考えた時に非常に面白いことが起きています。伝統的なハートランドはもはや意味を持たず、サイバーグレートゲームにおいては新たなハートランドを考えるべきでしょう。その中で、特に新しい現象として、選挙に介入していることが挙げられます。
 2016年の大統領選では、その前年の夏から当時のオバマ大統領はロシアが介入していることに気が付いていたといわれています。ところが、ヒラリー・クリントン氏が当選するだろうとして、表沙汰にはしなかったのです。大統領選直前に中国・杭州のG20サミットでプーチン大統領に対し、「介入するな」と警告していたと後になって報じられましたが、油断していたわけです。そこでオバマ氏は退任する直前の2017年1月6日に選挙を重要インフラに含めました。その結果、何ができるようになったのか。
 トランプ政権になり、米サイバー軍は、戦略軍の下の準統合軍から最上位の統合軍に昇格しますが、先ほどのオバマが署名した大統領令により、軍が選挙を守るという、日本では考えにくい措置が行われました。その後、宇宙軍も統合軍として2019年に創設され、安全保障の環境がトランプ政権でがらりと変わりました。このサイバー軍が選挙に関して何をしていたのかというと、実はディフェンド・フォーワード(前方防衛)と言われていますが、平時から北朝鮮、ロシア、中国、イランという国々のネットワークを監視し、米国に対するサイバー攻撃が起こりそうになれば、それを事前に察知し、阻止することをどうやら始めたようです。実際に2018年の中間選挙では、ロシアの介入を阻止することができました。
 2020年の大統領選でも、サイバー軍は阻止行動をとりました。たとえば、生まれてからずっと民主党員だったという黒人男性がトランプ支持に変わったとツイートしましたが、なりすましの偽物だとわかり、アカウントは取り消されました。同じ趣旨の偽ツイートが他にも見られました。また、イランが、例えば「プラウド・ボーイズ」という極右団体になりすまして、有権者にメールを送るなどしていたわけですが、サイバー軍がそれを阻止し、国家情報長官も阻止のための介入が行われていると発表しました。
 ところが、トランプ大統領は選挙結果を認めず、詐欺であると主張し、混乱に拍車をかけてしまいます。見かねた国土安全省のサイバーセキュリティ責任者であったクレブス氏は、選挙は公正に行われており、大統領が虚偽の情報を流す混乱の原因であると告白し、解任されたりもします。年明けになって、トランプ大統領は支持者を集めて、議会まで歩いていこうと呼び掛けてしまいました。その結果、議会への乱入事件が起きてしまい、トランプ氏のツイッター、フェイスブック、グーグル等のアカウントは閉鎖されることになりました。
 このように考えると、サイバー時代のグレートゲームは何を争っているのか、どこにハートランドがあるのか、ということですが、それは二つあるのではないか。一つはデータセンターだと思います。いま世界中にデータセンターが分散して配置されていますが、特にデジタル化された金融資産を守らなくてはいけなくなっています。
 もう一つは、我々の「認知スペース」です。つまり我々の頭の中が外国からグルグルとかき回されているのかもしれないという時代に入っています。これを「サイバーグレートゲーム」と呼んでみたいと思います。この時代のITのデバイスやインフラは、我々が守らなければならないサイバーハートランドにつながる通路だということです。そして、我々の認知、思考、アイデア、常識と思うものをいかに守っていくのかということが、この選挙介入を通じて、考えなければならない大事な点ではないかと思います。

・選挙に関するフェイクニュース・ディスインフォメーションに関する法的規制
 湯淺 墾道 氏(情報セキュリティ大学院大学副学長、教授)

(写真)湯淺 墾道
 選挙に関するフェイクニュースやディスインフォメーションは法律によって規制することが可能かについて、特に米国での議論をご紹介させていただきます。フェイクニュースとディスインフォメーションは、誰をターゲットとしているのか、目的は何であるのか、さまざまであるわけです。法的に規制しようといっても、各国が試みているやり方もさまざまで、選挙干渉や世論誘導だけをターゲットとするのか、ヘイトスピーチも含めて違法情報発信の全般を規制対象とするのか、それともポルノを規制対象にするのか、という感じです。
 また、誰を規制するのかについても、プラットフォーマーを直接規制するのか、それとも自主的な規制を促すのか、あるいはフェイクニュースやディスインフォメーションを後ろから煽っている外国政府等に制裁を加えようとするのか、というアプローチがあります。何を規制するのか、誰を規制するのかについては、各国の法制にはかなり違いがあります。
 米国では最近、州の選挙法でフェイクニュースやディープフェイク技術を駆使したディスインフォメーションを規制しようという動きがありますので、それをご紹介しようと思います。
 まず、全米で最大の人口を抱えているカルフォルニア州です。プライバシーの保護等を含めて、州法といっても米国社会全体に与える影響はひじょうに大きな州です。カルフォルニア州では2019年に選挙運動に関するディープフェイクを規制する法律を州法として可決しており、投票日の60日前から候補者に関するディープフェイクの発信を禁止する法律ができています。規制対象は、虚偽の音声または視覚メディア画像、音声または動画が対象になっています。
 カルフォルニア州法の規制対象とするフェイクの定義は、候補者の外観、スピーチ、または行為に関する画像、音声または動画であり、当該の画像、音声または動画が誤って表示されたものとあり、または本来のものよりも根本的に異なる理解または印象をもつようにしたもの、そして、これをディープフェイク技術等で作成されているもの、となっています。細かく条文を見ると、いろいろと定義されているわけです。
 一方、テキサス州でも法改正を通じ規制が行われました。カルフォルニア州法では、ディープフェイクを禁止しているだけで罰則がないのですが、テキサス州法では、ディープフェイクを法律の中ではっきりと使い、軽犯罪として罰則を適用するという規定になっているのが特色です。
 もちろん米国でも規制一辺倒ではありません。表現の自由の侵害にならないのか、という声は常にあり、プラットフォームにおける技術的な検知、対処、広告規制にとどめるべきだという議論もあります。他方では、亡くなっている方が生きているかのようにメッセージを発信することが可能なので、これについては規制すべきだという意見があり、いろんな意見があります。
 さらに難しいのは、米国市民と外国人とでは規制に差をつけるべきなのかということで、これについても、差があって当然とする見方と、等しく規制されるべきだという見方が憲法学者の間で分かれています。また、規制は知る権利の侵害になるのではないか、という意見もあります。これは、かつて外国からの郵便物を開封、検査、差し止めするということは、読み手の知る権利の侵害になるという判決が出ていますので、このロジックを当てはめる意見もあります。
 具体的に規制するとなれば、どのように規制することが可能か。削除させるのか、流布自体を規制するのか、ヘイトスピーチや名誉棄損の延長線上で差し止め訴訟という形をとるのが良いのか、技術的に難しいです。また、誰がソーシャルメディアをモニターし、監視するのかという問題もあります。規制のやり方も個人情報の保護、プライバシー保護の法律を適用すれば良いのか、それともプラットフォーマー規制として新たに法律の在り方を考えるべきなのか、プラットフォーム上で技術を提供する事業者を規制すべきなのか、つまり誰を規制するのか、ということが難しいわけです。
 このため、連邦政府ではなかなか規制に関する動きが進んでおらず、州政府レベルではカルフォルニアとテキサスが規制立法を制定しているに過ぎませんが、新たな動きもありますので、それを最後にご紹介したいと思います。
 新たな動きとは、州独自で選挙のサイバー攻撃を調査することです。その中にはフェイクニュースやディスインフォメーションの流通も含めて州が独自にアトリビューションを行うことを、州法で定めるというもので、ワシントン州がこのような法律を制定しました。つまり、選挙制度や他のサイバーネットワークに影響を与えるための外国の実体による意図的かつ持続的な活動について、州政府は調査しなさいということを定めているわけです。
 これを行うには、州政府自身がセキュリティオペレーションセンターをもっていないと調査することができませんが、ワシントン州では独自の選挙オペレーションセンターを設けています。州政府の取り組みとしては、興味深いということが言えると思います。駆け足になって申し訳ございませんでしたが、私からは以上です。

・コメンテーター
 小川 聡 氏(元読売新聞ワシントン支局長、『ロシアゲートの虚実』著者)

(写真)小川聡
 三人の先生方からはたいへん専門的な話がありましたので、私からは2016年の大統領選とその後のロシアの介入をめぐる騒動を、取材する立場から、特にメディアや有権者、その受け手の方はどうだったのかについてお話ししたいと思います。
 2016年の大統領選は、ロシアのサイバー攻撃、ディスインフォメーション等の外国の影響工作に関する報道が多かったと思います。一方、2020年の大統領選は外国の影響工作にプラスして、SNSを中心としたメディアによる分断の増幅がより注目されたのではないか、との印象をもっています。
 このメディアの増幅ですが、ロシアの介入、トランプ氏のフェイクニュースのツイートが混乱を加速したとも思いますが、やはり増幅される土壌もあったのではないかとも考えています。その土壌とは何かというと、一つは「部族化」した有権者と呼ばれるものです。、実際に投票する時だけではなく、日頃の行動や生活様式まで「部族化」しているのが特徴的だと思います。
 「ピュー・リサーチ・センター」の世論調査によると、支持政党が異なる友人がほとんどいなかったり、異なる政治見解をもつ人たちと一緒に住みたくないといった考えをもったりする人がかなりいます。実際、民主党の支持者は都市部の集合住宅に住んでいるケースが多く、共和党の支持者は郊外の一軒家に住んでいるケースが多いといわれています。
 「部族化」が進んだのは、「ピュー・リサーチ・センター」の世論調査で2004年から17年の間だということが確認されています。なぜ進んだのか。いろんな人に尋ねてみましたが、政治的な面ではグローバル化、そしてオバマ的な部分ですが、「ポリティカル・コレクトネス」(政治的正しさ)です。特に同性婚等の文化的な寛容さを強要し、キリスト教的な価値観を否定することにつながる部分があったと思います。
 先ほどトランプ支持者は心理的に問題を抱えているという東さんのお話しがありましたが、グローバル化により置き去りにされた中西部や南部の白人労働者、そしてポリティカル・コレクトネスでキリスト教的な文化的価値観を否定された宗教保守層が、ひじょうに強いネガティブな感情をもったのではないかと思います。実際に彼らは、文化的な戦争を仕掛けられているのだ、とも話しています。
 もう一つの要因は、SNSを中心としたメディアが分断を増幅させたのではないか、というのが私の考えです。SNSを通じ、人々がニュースを入手したり、政治・社会的なキャンペーンが行われたりしています。そこではアルゴリズムで知りたい情報だけに触れることになり、政治もメディアも批判合戦ばかりになるという状況になっています。
 大手のメディアには本来、いろいろな情報を精査するゲートキーパーの役割があり、世の中の複雑さを踏まえた相場感、バランス感覚を形成する役割を担っていたのですが、大手メディアも記者の記事がネットで消費されるようになり、受け手にとっては、個人の書き込みとの違いをあまり感じられなくなり、ゲートキーパーとしての地位を失ったのではと思います。
 このためメディア側も、部族化した有権者の一方だけに向けた報道姿勢が目立つようになりました。その結果、米国ではメディアに対する信頼感が非常に低くなったわけです。
 トランプ氏は去りましたが、これらの土壌は残ってしまいます。SNSは思想や思考を分析してニュースを送ったり、ターゲット広告を打ったりするビジネスモデルもあり、社会の相場感、バランス感覚を生み出しにくいのではないかと思います。
 既存のメディアは、社会からの信頼感を失わないようにクリック数は伸びなくても、部族化した一方だけに訴える刺激的な内容ではなく、複雑な社会の相場感、バランス感覚を形成するような落ち着いた報道に努めるべきではないかと思います。
 最後に若い人の中にはSNSと既存の大手メディアの違いについて知らないまま、SNSだけで世の中を理解できると考えている人が多そうですので、学校教育でSNSとメディアの違いについて教えてもらえたらと個人的には希望しています。

2 討論者

・西川 徹矢 氏(笠原総合法律事務所弁護士、LAC社外取締役、元内閣官房副長官補、サイバーフェイクニュース研究会座長)

 私は、かつて、我が国の民主主義体制を、言わば、体制の「内側から護る」という立場から、警察で公職選挙法に絡む違反取締を長くやった経験があります。その中で、フェイクニュースや偽情報、デマ等の絡む不正行為について、感覚的に、多くの難しい問題点が含まれていると感じていましたが、今改めてその思いを強くしております。
 取り分け、先程から講師の先生方のお話しの中で、米国における「分断化された社会」、「部族化された有権者」等の話が出ておりましたが、現実の要請として、これらの問題を含みながらも、結局は国の運営として、選挙終了後は直ちに社会を一つにまとめなければならないというオモテムキ(表向き)の強い使命が存在します。また、これまでの人類の歴史の中で、今までも、更には、これからも民主主義に勝る政治体制はなかろうとの説が伝えられております。ただ、その中で多種多様な「人の集団」を代表する選民をいかに正当に選ぶのか、という点でどうしても問題、言い換えれば「制度の脆さ」がつきまといます。図らずも今回の米大統領選等の一連の動きの中でも、そういった民主主義がもつ大きな限界というのが、改めて大きく表れて、注目を集めたのではないかと思います。
 私のこれまでの経験を踏まえ、誤解を怖れずに、非常に簡単な言葉で申しあげますと、民主主義体制では、まずはきちんとした形で、それぞれの構成員、構成グループの人々がある程度納得し、自らの集団の代表としてきちんとした人を選ぶことができるという「合意」のようなものがなければなりません。今回の米大統領選を見て、果たしてこの機能がうまく作動していたのか、それとも新たにそのような脆さが長い歴史の中で勢いを増しており、これがそのまま世の中の潮流として継続されて行くのかと、今日のお話を非常に興味深く聞かせていただきました。
 いずれにしろ、我が国におきましても、現行の公職選挙法の中にインターネット関連用語が随所に登場しております。私も今回、フェイクニュース問題の座長をやらせていただいておりますが、個人的には、最近の世界の動静等を見ていると、我々もこのタイミングで何らかの方向付けとして新しい形のものを作っていかなければならない時期に来ているのではなかろうかとの思いもいたしております。
 これを見極めるためにも、現実に既に機能している部分でどのような問題が、どれほどの頻度で発生しており、どのように変化しようとしているのか、そして我々はそれにいかように立ち向かい、対処して行かねばならないのか、といったことを一つひとつ皆さんとともに考え、具体的な対策を編み出して行くことが出来ると良いなという気持ちをいだいております。

・川口 貴久 氏(東京海上日動リスクコンサルティング株式会社上級主任研究員)

 私からは三人の講演者が触れなかった論点として、中国による米大統領への干渉について、お話ししたいと思います。ご存じの通り、米国ではトランプ政権や共和党員が「中国からの選挙干渉のリスクはロシアよりも高い」とし、他方で民主党員や民主党系の議員は「いやいや、ロシアなんだ」と主張していました。こうした議論は選挙前からありました。
 簡単に米国がどのように認識しているのか、経緯も含めてお話しします。2018年9月にトランプ大統領が「大統領令13848」に署名し、連邦選挙から45日以内に米国のインテリジェンス・コミュニティは、外国からの選挙干渉の有無を調査し、大統領と議会に報告しなければならなくなりました。昨年の大統領選が11月3日でしたので、12月18日までにインテリジェンス・コミュニティは調査を行い、報告する義務がありました。
 ですが、この期日には間に合いませんでした。さまざまな理由があるようですが、その一つには中国の選挙干渉について、評価・議論が割れていたことがあるようです。これは政治的なレベルだけではなく、プロの情報分析官の間でも議論が割れていたようです。
 結果的に今年1月、調査報告が大統領と議会に提出され、先週、これが機密指定を解除されました。報告書の中身を見ると、選挙インフラに対する改ざんはなかったものの、選挙に対する影響力の行使、まさに「認知スペース」への攻撃はあったとの結論で、ロシアは非常に大きなオペレーションを仕掛け、イランも行っていました。一方、中国は影響力行使を検討したが、やらなかったというのが、サマリーの結論です。
 このサマリー自体は報道されていますが、注意すべき点が二つあります。一つは、やらなかったというのは、計算した結果、やらなかったということです。要するに介入するコスト、リスクとベネフィットを計算したところ、どちらが勝つにせよ、介入しない方が良いだろうの判断結果がありました。
 もう一つの注意点は、インテリジェンス・コミュニティの総論としては、影響力を行使しなかったという結論ですが、少数意見として、中国は影響力を行使したという見方があります。この見方自体は、サイバー担当の国家情報官の見方で、中国はトランプ氏の再選を阻止するために、選挙結果に影響を与えるために介入したというものです。
 事実として、例えば中国政府系のメディアが米国のコロナ対策をこき下ろすような動画を数多く、ユーチューブにアップし、米国が国家規模でロックダウンを行うという偽情報を流していることが、観察されています。
 問題は、こうした中国のオペレーションが、大統領選の結果を覆すためのものだったのか、影響を与えるためのものだったのか、それとも単に中国のポジションを高め、習近平指導体制の卓越性を内外に示すためのものだったのか、ということです。これについては、インテリジェンス・コミュニティとしては、選挙結果に影響を与えようとしたものではなかったと評価し、少数意見として選挙結果を覆そうとするものであったとの評価があり、意見が分かれているのです。
 整理しますと、中国による米大統領選への干渉の有無、この疑い自体が米国内の分断に役立った、つまり結果的に共和党系、民主党系で大きな溝となったことは事実でしょう。従いまして、特定の国の選挙干渉のリスクを評価する際、過小評価もいけませんが、過大評価もそれ自体がリスクになることがあります。日本としても、どの国が我々の選挙に対し、どのような意図と能力をもち、実際にどのような干渉行為をしたのか、を明らかにすることは不可欠です。

・高野 聖玄 氏(株式会社スプラウト代表取締役社長)

 外国のサイバー攻撃からどのように守っていくのかということについて、簡単にコメントします。率直に言いますと、日本の中でできることはひじょうに限られているかと思います。日本のサイバーセキュリティの現状では、ほぼディフェンス、つまり何か入ってくるものを防御するための施策がメインになっています。実際に技術者も、ほとんどがITインフラの領域に近い。
 このような中で、先ほど土屋先生がおっしゃられたデータセンターに対する攻撃が、日本のプラットフォームを含めて広げられるようなことが起きた場合、攻撃元を特定するとか、それを阻止するとか、積極的に情報を集めて、攻撃元に対して何らかのアクションをとるうえでは、技術的な人材が少ないことが課題としてあります。
 一方、法律面でも、日本から偽情報を拡散していくような攻撃元に対し、何らかのアクションを取れるかというと、難しいところです。政府でもサイバーセキュリティ基本法を策定した後、いろいろと議論があったと承知していますが、いわゆるテイクダウン、サーバーを落とすような施策ができるようにならないか。あと攻撃者の情報やSNSの偽アカウント等、偽情報を拡散しているアカウント情報、もしくはそれを使って広めようとしている組織の情報を、当局間で交換できないかという話もあります。しかし、実際にテイクダウンの法的な問題があり、当局間の情報交換にしても問題があります。
 外国の当局から日本が情報の提供を受けた場合、あるいは情報提供を求められたら、プライベートの問題があり、出すことができるのか、国民の間でどのように議論を進めていくのか―。大きな問題の一つかと思います。
 サイバー攻撃元を特定することが難しい中で、攻撃元と見なした対象に対して何らかのアクションを取り、それが間違っていた等の問題が発生したら、どうするのかということが、今後の大きな論点になってくるのではないかと思います。
 プラットフォームで流れる情報については、アドネットワークという広告媒体が海外では主要になっていますが、情報を広げる広告媒体と分野では、日本の事業者が限られていますので、現状ではなかなか打つ手が少ないと思います。

・山本 一郎 氏(一般財団法人情報法制研究所事務局次長、一般社団法人次世代基盤政策研究所理事)

 私の方からは、あくまで実務面でいま何が起こっているのか、実際に携わっている者の感覚からお話ししたいと思います。
 まず、2016年の米大統領選とその前年の英国のブレグジットという事例に加えて、チェコやハンガリーで極右勢力が、どのように分断をうまく使いながら票を伸ばしていったのかについて、インターネットの観点からどのようなアカウントがどのような動きをしてきたのか―。こうしたことを調査してきたのが私どもの活動です。
 良くも悪くも調査なので、そこに何らかの予断をもって進められるわけではなく、オペレーターが集めた情報を、基本的に地政学的な見地からピースとして埋めていく作業を、アナリストの方々にお願いするわけです。いま起こっている現場の問題として、選挙の中で起こっている情報をどうやってつなぎ合わせて一つの文脈にしていくのか、ということが強く求められています。
 どのような文化的バックグラウンドでフェイクニュースを流しているのか、何を条件としてそうした情報を流しているのか、ということを立体的に追いかけ、新しい情報にどう評価をかけていくのかということに焦点を置き、ひとつひとつ情報を積み重ね、どのクラスタ(集団)にどのような情報があり、どのくらい多くのリツイート等をしていて、どの方向に社会を動かそうとしているのか―。それらを読めるようなデータを蓄積していくことが、現在求められていることなのかなと思います。
 現在、日本で起こっている情報工作や、フェイクニュースを使ったある種の介入についても言及したいと思います。2012年頃までは、良くも悪くも日本には日本語という壁がありました。積極的な情報工作の対象として多くのアカウントが動いていながらも、具体的な成果を挙げるところまでは至っていなかったと認識しています。
 ただし昨今、日本のインターネット上で分断が進んでいる状態は、ひじょうに可視化されており、台湾の事例とひじょうに近い形で、日本の情報分断が行われ始めているのではないか、ということが調査から見えています。
 その上で、フェイクニュースの対象となっている舞台であるプラットフォーム事業者からの情報を精査すると、米国や英国でも悩まされている内容や、台湾、オーストラリア、他の民主主義の国々で見られる内容とほぼ同じものが、日本でも高いクオリティの日本語で展開されるであろうことが予見されています。
 おそらくはフェイクニュースに対応する態勢が整わないうちに、日本に対しても、フェイクニュースによる社会誘導や分断工作みたいなことが行われる可能性が高いとみています。何を企図して行っているのか、ということを一刻も早く把握することが、喫緊の課題であると認識し、きちんと考えていくべきだと思います。

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