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オーシャンニューズレター

第313号(2013.08.20発行)

第313号(2013.08.20 発行)

特別展「深海」ー挑戦の歩みと驚異の生きものたちー

[KEYWORDS]深海に挑む/深海に生きる/深海を拓く
国立科学博物館標本資料センターコレクションディレクター◆窪寺恒己

地球上で最も広大な深海を理解しそこにすむ生き物たちを知って、初めて地球の生物全体を理解できると言えるだろう。
豊富な資源が眠る深海を、環境を乱すことなく、どのように開発するかなど、難しい課題も残されているが、現在、国立科学博物館・上野本館で開催される本展が、多くの方々に深海への理解を深めていただく機会となれば幸いと考える。

深海とは

本年7月6日から10月6日まで、国立科学博物館・上野本館で特別展「深海」─ 挑戦の歩みと驚異の生きものたち─ ※が開催されます。国立科学博物館(以下、科博)、(独)海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)、読売新聞社、NHK、NHKプロモーションの主催です。
地球表面の約70%を占める海洋は、とても深く平均するとその水深は約3,800mに達します。「深海」は読んで字のごとく深い海を表しますが、明確な定義があるわけではありません。海洋を区分する場合、岸に近い場所を「海浜域」、水深200m以浅の大陸棚上を「沿岸域」、そして大陸棚を越えた沖合を「外洋域」と呼びます。さらに外洋域は表面から水深200m付近を「表層」、太陽の光が微弱ながら届く200~1,000mを「中深層」、光がほとんど無くなる1,000~3,000mを「漸深層」、さらに暗黒の3,000~6,000mを「深海層」、そしてそれよりさらに深いところを「超深海層」に区分されます。したがって、一般的に「深海」は大陸棚を越えた外洋域の水深200mより深いところと考えると、おおむね正しいことになります。その定義を当てはめると、深海は全世界の海洋面積の約80%、体積では約93%を超える膨大な水塊で、生物が生息している「生物圏」としては地球上で最も広いといっても過言ではありません。

深海研究の歴史

■「特別展「深海」ー挑戦の歩みと驚異の生きものたちー」は10月6日まで開催される。

ほんの数世紀前まで、人類は「深海」のことを全く知りませんでした。どのくらい深いのか、どんな環境なのか、どんな生物がすんでいるのか、「深海」は人が覗き込むことのできない海水という厚いベールに覆われて長い間その姿を隠し続けていました。19世紀前半になると、丈夫で長いロープを作れるようになり、測深器や採泥器を降ろして海の深さを測ったり、海底の泥や生物の採集が行われるようになりました。このような深海調査は英国が先鞭をつけ、海洋調査船「チャレンジャーVI号」は19世紀後半に3年5か月をかけて世界中の海で調査を行い、深海はどこでも水温が約2℃、塩分もほぼ一定で、深海に適応した多様な生物が生息していることを発見しました。その50巻に及ぶレポートには、4,000種を超える新種の生物が報告されました。
20世紀に入ると、さまざまな分野で産業技術の発達が進み、深海の巨大な水圧に耐え得る有人潜水艇が各国で開発されるようになり、人間が自らの目で直接深海を覗くことができるようになってきました。その中では、スイスのピカール親子の開発した潜水船バチスカーフ「トリエステ」が1960年にマリアナ海溝のチャレンジャー海淵で水深1万916mという有人潜水記録を打ち立てたことが、特筆されるでしょう。わが国でも1971年に設立された海洋科学技術センター(2004年にJAMSTECに移行)が中心となって深海調査・開発が進められており、1981年には深度2,000mまで潜水可能な有人潜水船「しんかい2000」が、1990年には深度6,500mまで潜水可能な「しんかい6500」が就航しました。この二隻により各分野の専門研究者が直接深海に潜り、さまざまな深海生物や熱水鉱床にすむ特殊な生物群集を発見したり、海底地形の構造や地震に伴う深海底の変動などを実際に目視することができるようになりました。並行して多くの無人探査機も開発され、現在では日本周辺海域のみならず世界中の海域でさまざまな深海調査が行われ、多くの分野で貴重な成果が挙げられています。暗黒・高圧・低温の深海に、科学の光がとどき始めたのです。

特別展の見どころ

この特別展「深海」は、この半世紀に飛躍的に増加してきた深海に関する情報や最新の研究成果などを、JAMSTECの多方面の分野の研究者と科博の海洋動物研究者がもちより、人類がいかにして深海を拓いてきたのか、その挑戦の歩みと深海にすむ驚異の生物たちを第一会場の各コーナーで紹介します。
エントランスには、深海へ誘う「マッコウクジラの群泳」の映像が皆様をお迎えします。続いて、深海がどのような世界なのか理解を深めるコーナー『深海の世界』。そして、JAMSTECの誇る「しんかい6500」の等大モデルや最新の深海探査機器類が展示され、人類が深海を拓いてきた挑戦の歩みを紹介するコーナー『深海に挑む』。科博の海洋動物研究グループが20余年の年月をかけて進めてきた「日本列島周辺海域の深海動物相調査」に基づく380点におよぶ標本を一堂に並べたコーナー『深海生物図鑑』。それに続き、深海のさまざまな環境にどのような生物が棲んで、どのような相互関係を築いているのかを解説するコーナー『深海に生きる』。そして、深海にすむ生物たちはどのように適応しどのような特性をもっているのか、最新の研究成果に基づき解き明かすコーナー『深海への適応』など、特別展第一会場いっぱいに展開されます。第一会場最後をかざる深海シアターでは、2012年にNHK・ディスカバリーチャンネルと科博が共同して行った、小笠原ダイオウイカ撮影・調査プロジェクトで撮影された世界初となるダイオウイカの生態映像や深海生物の素晴らしい映像が大型スクリーンに上映されます。
第二会場では、『深海の開発と未来』として、意外に身近な深海生物やレアメタルなど期待されるエネルギー・鉱物資源が紹介されます。地球上で最も広大な深海を理解し、そこに棲む生き物たちを知ってこそ、初めて地球の生物全体を把握できると言えるでしょう。豊富な資源が眠る深海を、環境を乱すことなく、どのように開発するかなど、難しい課題も残されています。本展が、多くの方々に深海への理解を深めていただく機会となれば幸いです。
この夏、国立科学博物館で驚異の生きものたちが集う神秘の深海に、深く潜航してはいかがでしょう。(了)

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