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オーシャンニューズレター

第9号(2000.12.20発行)

第9号(2000.12.20 発行)

瀬戸内海の漁業と制度的工夫としての入り会い

神戸大学大学院法学研究科、水産庁瀬戸内海漁業調整事務所調整課長◆高屋繁樹

瀬戸内海では県境の枠を越えた「入会」により、限られた漁場を効率よく活用し、高い漁業生産をあげている。漁場を広く県境にとらわれずに入り合うためには、複雑な入会関係についてのルール作りが必要であり、瀬戸内海ではこれを効果的に運用している多くの事例がある。

瀬戸内海は、古来から豊かな水産資源に恵まれた海であり、平成10年においても約2,340億円(全国の12%)を水揚(漁業生産金額)し(※1)、近年、資源悪化が叫ばれる状況下にあっても、狭隘な水域であるにもかかわらず高い水準の漁業生産を続けている。

これは、いわゆる「瀬戸内海の魚」に高級魚が多く、全国平均単価に比べ4割も高いことによるところが大きい。一方、一魚労体当たりの漁獲量は全国平均に比べて7割程度と低いことから(※2)、少ない高価な資源を利用しているという特徴があるといえる。漁業者はこの貴重な資源を最大限に利用すべく努力を行っている。そのため、瀬戸内海には独特の漁法、瀬戸内海発祥の漁法は少なくない。漁業法においても鳥付こぎ漁業(※3)といった瀬戸内海でしか行われていない漁業が規定されており、独特の地域性の高い漁業が行われてきたことが伺われる。漁具や漁法の開発が成熟した今日においても、瀬戸内海では漁具の改良等は盛んに行われ、網口開口板(曳き網の口を開ける道具)や桁(底棲魚類を漁獲するため網に付ける道具)等の新型漁具が登場している。しかし、効率的な操業は漁具の開発だけでは不十分であり、漁業者はそれぞれの漁場を確保することが必要となる。

瀬戸内海には4万人以上の漁業者(※4)がおり、それぞれが自らの希望する漁場を確保しようとすれば、どうしても紛争といった事態も起きてくる。特に現在の沿岸における漁業制度では都道府県単位で漁業権の免許や漁業の許可を行っているため、県境付近では海上の県境が不明瞭である以上、許可の有効な範囲が曖昧になりがちである。瀬戸内海には11の府県があるが、そもそも狭隘である上、県境は左右に隣接するものだけでなく、海を挟んで対岸との間にも存在するため、輻輳(ふくそう)は他の地域に比べ著しい。

県境付近や漁業種類間(例えば、底引網漁業と釣り漁業など)での紛争は漁業の世界では非常に多く、水産庁の資料(※5)によれば昭和24年に現行の漁業法となってから昭和48年の24年間の間で全国で180件以上が記録されており、いまだ形を変えて継続しているものも少なくない。漁業法においては、こうした事態に対応するため、漁場の管轄が明確でない等の場合に主務大臣が管轄する知事を指定、もしくは自らこれを行えるよう規定し、紛争の解決を図ることとなっている。仕組みだけを考えれば、こうした規定を積極的に活用し明確な境界線を引いて、それぞれのテリトリーを決めることが解決の早道とも考えられる。

しかし、瀬戸内海のように、海域の幅が数kmもない場所では、厳格な線引きは実際の操業の妨げになる。また、大体がして魚は人間の決めた県境になどまったく関係なく回遊することから、せっかく決めた自分の縄張りに常に魚がいるわけではない。つまり、線を引いたとしても、魚群の移動に併せて漁業者は魚のいる場所に行くことを望むことになる。これを解決し、効率よく漁場を使用するため、瀬戸内海では日本の漁業で旧来から行われている「入会」が特に発達している。周防灘や播磨灘において行われているような、灘の全域を県境や漁業許可の枠にとらわれず3県以上で入り合うものや大阪湾のほぼ全域を兵庫と大阪の漁業者が多種類の漁業で全面的に入り合うといった参加者の面でも対象水域の面でもこれだけ広域的なものは珍しい。これらの入会のルールを決めるため、漁業法に基づく連合海区漁業調整委員会や漁業者同士の協議会等が行われ、現在も新たな入会関係を築く活動が行われている。また、県の枠を越えて操業していることから、従来の規則等による行政的な管理は結果的に行き届かないことを踏まえ、複雑な入会関係のルールを確実に履行するために、入会関係を前述の連合海区漁業調整委員会などで制度化し、より効果的に運用するといった面でも数多くの事例があり先進的な地域といえる。

今後は資源の継続的利用に着目し、こうした漁業者同士の協議の場を通じて、資源管理への取り組みが行われることが期待される。瀬戸内海を代表する魚のひとつでもある鰆(さわら)などは、漁業者同士の話し合いにより禁漁や洋上での採卵といった取り組みが県境を越えて既に始まっている。こうした取り組みがこれからの広域資源管理の中核的な役割を果たすことを希望したい。

※1 農林水産省統計情報部「平成10年漁業・養殖業生産統計年報」2000年

※2 前掲書及び農林水産省統計情報部「平成9年漁業動態統計年報」1998年より算出

※3 寛永年間に始まるといわれる伝統漁法で天然記念物となっている。「あび」という鳥が飛んできて、海中でイカナゴを食べ始めた際に、四方八方からイカナゴを追い立て、密集した固まりになる。これを補食するために集まった、鯛やスズキを釣り糸を下ろして漁獲する。瀬戸内海水産開発協議会「瀬戸内海の漁業」1999年,111頁を参照

※4 農林水産省統計情報部「平成9年漁業動態統計年報」1998年

※5 水産庁漁業調整課「漁業紛争事例要約集」1973年

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