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オーシャンニューズレター

第9号(2000.12.20発行)

第9号(2000.12.20 発行)

砂浜の保全と土砂管理

東京大学大学院新領域創成科学研究科教授◆磯部雅彦

近年の砂浜の侵食は著しいが、砂浜は様々な機能を果たしているので、現在・将来のために維持、復元、創造していくべきである。そのためには土砂を限られた資源として山地から海域まで効率的に管理する必要がある。

護岸と消波ブロックで固められた海岸。砂浜とともに貴重な機能が失われる

近年の日本の海岸侵食は極めて深刻である。子供の頃には広い砂浜があったのに、最近は狭くなったとか、ひどい場合には砂浜がなくなってしまったということをよく耳にする。それどころか、若い人たちには、海岸には砂浜がなく、護岸と消波ブロックで固められているのが普通だという感覚も生まれているように思われる。

しかし、砂浜は様々な機能を持つ重要な空間であり、これを維持し、可能ならば復元、創造していくべきである。すなわち、まず、砂浜には陸域・海域ともに独特な生物の営みがあり、生態系を支えている。砂浜の植物や砂の海底に繁茂する海草類、砂中の底生生物、砕波帯の稚仔魚類、砂浜で餌を取る鳥類、砂浜に産卵するウミガメなどに、他では代えることのできない空間を提供する。また、人間はその一部を水産資源として利用したり、散策や海水浴を始めとするレクリエーション活動に利用することができる。さらに、砂浜では波が沖合で砕け、そのエネルギーが吸収されるので、海岸に対する外力が緩和される。そして、砂浜に続く砂丘と合わせて、高潮・高波や津波の災害を防ぐという、防災効果も期待できる。このように多くの機能を発揮する砂浜を維持、復元、創造することは、海岸の価値を高め、現在および将来の人類に恩恵をもたらすことになるのであり、是非とも積極的に進めるべきである。

43年ぶりに大改正された海岸法。砂浜の保全が大きな目標に

日本の海岸は1956年に制定された海岸法に基づいて保全されてきた。制定当時には、1953年の13号台風や1959年の伊勢湾台風、そして1960年のチリ地震津波を始めとして、毎年のように高潮や津波による災害を被っていた。したがって、海岸法の目的である「津波、高潮、波浪その他海水又は地盤の変動による被害から海岸を防護」することのうち、まさに明示的に掲げられた津波、高潮、波浪への対策が喫緊の課題であり、それらに対する確実かつ効果的な手段として、海岸に堤防や護岸が設置された。これは確かに大きな効果を発揮し、津波、高潮による災害の頻度は著しく減少した。

しかし、その後しだいに顕著となった海岸侵食に対しても、津波・高潮対策の延長で堤防や護岸という手法が用いられ、その後離岸堤など新たな手法も導入された。しかし、一般にこれらの構造物による侵食対策は根本的な解決策にはならず、今日に至る海岸侵食を止めることはできなかった。昭和から平成に至る期間に全国で平均して毎年160haの砂浜が失われたが、これは砂浜の全長で割り算すると、毎年1/6mの速さで海岸線が後退したことになる。現在、日本の砂浜の平均幅は約30mであるから、単純に割り算すれば180年で全部の砂浜が消えてしまうという深刻さである。

このような背景から、昨年(1999年)43年ぶりに海岸法が大改正された。そこでは、砂浜のうち指定されたものは海岸保全施設の一種として認められるようになったのであり、法の目的が防護に加えて環境と利用の3つになったこととも合わせて、砂浜の保全のために大きな制度的前進となった。これを契機に、是非とも砂浜の適切な保全を実現していかなければならない。

砂浜保全の決め手は総合土砂管理。漂砂量は下手側から決めていく

海岸侵食の原因は大きく分けてふたつある。ひとつは、河川や崖海岸から砂浜への土砂供給が減少することである。戦後、水資源の利用や洪水制御などのために多くのダムが建設されたり、海岸付近の土地を守るために海崖の侵食を止めるための消波堤が建設されたが、これらは砂浜への土砂供給の減少をもたらし、海岸侵食につながる。また、もうひとつは防波堤などの建設によって沿岸方向への土砂の輸送(沿岸漂砂)を遮断し、下手側への土砂供給を減少させることである。沿岸漂砂の下手側では、構造物の建設後に侵食が始まり、これを止めるために護岸を設置したりするとさらに下手側に侵食が伝播し、かえって侵食域が広がる。

実際の海岸侵食の現場では、事情はこれほど単純ではなく、諸要素が複雑に絡み合っている場合が多い。しかし、いずれの場合においても砂浜の保全で重要なのは、沿岸漂砂量に見合った土砂の供給を確保することによって、土砂の収支をバランスさせることである。その際、多くの場合、沿岸漂砂量は海岸の地形・底質と来襲波浪によって決まってしまうので、まずこれを前提とし、その分を河川や海崖などの漂砂源から供給するというように、下手側から上手側に向かって必要量を決めていくという土砂管理の考え方がよい。これは、水の管理において、上流からの流出量を順次加えることによって下流側の流量を決めていくというのとは反対である。

日本の河川は急流河川が多いこともあって、世界的に見て極めて土砂供給量が多いので、かつては堆積性の砂浜が多かった。したがって、昔に比べて供給量が少ないとしても、沿岸漂砂量に見合う土砂供給が確保できて、少なくとも砂浜の現状維持は可能である場合もある。日本のように人口密度の高い国においては、海岸侵食が生じるからといってすぐにダムを取り除くとか、海崖の侵食を許容するということにはつなげられない。そこで、土砂移動の実態を精査し、土砂を限られた貴重な資源として有効利用しながら、土砂収支をバランスさせることが重要である。山地における土砂生産量、ダムへの堆砂量、河道での流砂量、土砂採取量、河口から深海への流出量と沿岸への供給量、海谷への流出量など、土砂収支につながるあらゆる要素を把握し、長期的に収支がバランスするような管理を行っていく。そしてその中でも特に、洪水時に河口から深海に直接失われる土砂を沿岸漂砂として有効利用することは、今後の大きな課題であろう。その上で、過剰な土砂が生じるとすれば、砂利などとしての採取が可能となる。流域の源頭部から海岸までを一貫した土砂の運動領域を流砂系と呼ぶが、流砂系全体における土砂移動を把握した上で、総合的な観点から土砂管理を行うことが、砂浜を長期にわたって安定的に維持するために不可欠である。

今後の課題となる粒径の制御

これまでのところでは、土砂を量のみの観点から論じてきたが、土砂には粒径という質的な要素もある。粒径は底生生物と深く関係するので、生物生息に対して重要な要素となるために、今後の土砂管理の中で粒径の制御は大きな課題である。また、地球の温暖化にともなう海面上昇は深刻な海岸侵食をもたらす危険性がある。これに対する画一的な解決策は見あたらないが、海岸線の後退なしに養浜によって砂浜を維持しようとすれば、海底勾配がきつくなるから、ここでも底質粒径の制御が有効となる可能性がある。土砂も限られた貴重な資源のひとつである。その有効利用を図るためには、流砂系を一貫した総合的な土砂管理が是非必要であり、それを通じて豊富な機能を有する砂浜の長期的な保全を図ることができる。

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