Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】バックナンバー

第99号(2004.09.20 発行)
第99号(2004.09.20 発行)

世界最大の「瀬戸内海大型水理模型」
その歩みと業績

独立行政法人 産業技術総合研究所 産学官連携コーディネータ(海洋担当)・総括研究員◆上嶋英機

瀬戸内海の環境保全に30年間貢献してきた、世界最大のアナログシミュレータ「瀬戸内海大型水理模型」の歩みと業績を紹介し、今後の瀬戸内海自然再生のための環境修復技術の開発に大いに活用されることを切望したい。

昭和40年(1965年)以降の瀬戸内海は、高度成長期の真っ直中で「公害」と言われる最悪の環境状況にあった。あの当時を覚えている人も少なくなったと思われる。湾や瀬戸が複雑に結合する閉鎖的な瀬戸内海は、河口や工場排水口から鼻を付く悪臭を放つ黄色い水が悪魔のように漂う状況が記憶に残る。さらに、汚染され臭くなった大量の養殖魚が海を漂い、大規模な赤潮が不気味に海を染めている地獄の光景がそこにあった。この状況の中で、瀬戸内海の水質汚染の実態を如何に解明し、どのように汚染を防止できるか。その研究体制を構築するため、国内を代表する海洋環境研究者が多く集結し検討された。

その結果1971年に当研究所が設立され、1973年に世界最大の「瀬戸内海大型水理模型」(図1参照)が広島県呉市に建設された。瀬戸内海の海水汚濁の実態を解明し、広域水質汚濁の予測技術を確立することが国家的重要課題であった。当時は今日のように高機能なコンピュータによる数値シミュレーション技術がない時であり、潮流や拡散現象を再現できるシミュレータとしては水理模型しかなかった。

世界最大級の水理模型、東京ドーム一つ分の広大さ

この瀬戸内海大型水理模型は、水平縮尺1/2000、鉛直縮尺1/159の歪み模型で海底地形は詳細な海図をもとに、専門職人が手作りで施工精度3mm(現地換算約50cm)の厳しい条件で仕上げた三次元海底地形となっている。模型は長さ230m、幅50-100m、高さ23mの建屋で、面積は17,200m2と最近のドーム球場が一つ入るほど広大な規模である(図2)。模型内の海域水量は5,000m3であり、中には数多くの島と埋立地が作られ、瀬戸内海の主な河川73本も再現し、河川流量を自動制御している。この瀬戸内海模型内に潮汐潮流を実際と同様に再現させるため、紀伊水道、豊後水道、関門海況の3カ所に起潮装置を設置し、制御コンピュータにより各種の潮汐を千分の1mmの精度で発生再現させている。1潮汐(満潮-干潮-満潮)は12時間25分であるが模型では約5分で再現される。これを連続して1年間分を実験すれば模型では約55時間かかり、実験準備等を含めると約3日間模型で実験作業を行うことになる。

この水理模型の潮汐潮流の精度を極限まで満すために約5年間の調整を行い、再現性を99%まで高めた。さらに、模型内の物質拡散の相似性についても、基礎実験を積み重ね極めて高い精度で再現されている。模型実験で使用する各種観測装置は独自の開発を含め最新装置が整備され、世界最高の実験技術と精度が育成されている。近代のデジタル式のスーパーコンピュータに対し、アナログ式の水理模型は流動現象の再現性や精度は決して劣っていない。しかも画像の世界で表現するという優れたコンピュータ・シミュレーションでも決して表現できない、実空間を実感しうる再現性を水理模型は有しているといえる。

瀬戸内海大型水理模型が誕生してから約30年間、沿岸海域環境研究のシンボル的存在として長期間活動し多くの研究成果を上げてきた。この時代には欧米でも大型水理模型が多く作られ、その中でも1956年に誕生したサンフランシスコ湾のBay Modelは瀬戸内海大型水理模型と並ぶ世界の双璋であった。しかし、サンフランシスコBay Modelは今や現役を降りて環境学習と観光の場に代わっている。したがって、今なお現役で活躍し、多くの研究実績を上げている瀬戸内海大型水理模型は世界でも唯一である。この水理模型による成果は、瀬戸内海の環境管理政策への貢献のみならず、世界閉鎖性海域の環境保全にまで貢献してきた。そこで、今や世界的存在となった瀬戸内海大型水理模型の研究業績と、現在、自然再生や環境修復のために実施している技術開発について紹介したい。

瀬戸内海の環境保全と自然再生に大きな貢献

■図1 瀬戸内海大型水理模型における染料拡散実験風景

1)水理模型の最初の研究課題は、「瀬戸内海の広域水質汚濁予測技術の研究」であった。まず、瀬戸内海の複雑な潮汐・潮流の挙動と分布について明かにし、瀬戸内海全体の流動形態を初めて示した。次に、各河川水や工場排水の汚濁水が瀬戸内海の各海域に拡散していくパターンや分布を示した。富栄養な河川水は、水質汚濁や赤潮発生の要因となり、その拡散分布の把握が陸上からの流入負荷量を規制する上で大きく貢献した。

2)次に、最も重要な課題として「瀬戸内海の海水は何年で交換するのか」であった。そこで海水交換実験技術の研究に取り組んだ。水理模型の潮汐潮流や拡散形態が再現された段階で、瀬戸内海の自然浄化能力を把握するため、瀬戸内海水と外洋水との海水交換の規模と形態を明らかにする海水交換実験(図1)を行った。その結果、紀伊水道、豊後水道、関門海峡から瀬戸内海に流入する外洋水は約半年で中央の燧灘に到達し、さらに瀬戸内海全体の海水が外洋水と交換するには約1.5年かかることを初めて明らかにした。これまで約20年かかるとされていた交換時間を大きく覆す画期的な結果であった。しかし一方では、湾内には潮流が極めて弱く海水交換が悪い「停滞性水域」が存在し、赤潮発生や海底汚染の病巣となっている。これらは大阪湾、広島湾、別府湾等に存在する。このような海域は人為的にも積極的に環境修復を行うことが重要となる。

3)そこで、現在進めているのは「海域環境制御技術の研究」である。開発によって傷んだ自然を再生し、継続的に自然と共生できる海洋環境を創造するには、自然環境を修復するミチゲーション技術(開発の影響を緩和する技術)が必要である。具体的には流動場の改善と海水交換を促進する「海域環境制御技術」の研究を水理模型実験により実施した。この技術は、潮流の自然エネルギーを利用し、流動場を積極的に改善する「流況制御技術」であり、その具体的技術としては図3に示す工法である。実験では大阪湾や別府湾、広島湾を対象として湾内の循環流と海水交換を数倍に促進できる画期的な技術効果を証明した。この成果は瀬戸内海の再生や大阪湾再生にとって大きな貢献を果たすものと期待される。

日本が世界に誇る水理模型の一層の活用を

以上のように、瀬戸内海大型水理模型が多くの業績を上げてきたその根拠は、流動場の再現性と海底地形の精度が極めて高く、実験条件に応じて地形を容易に改変でき、模型内の流動現象を広域的に可視化できるアナログシミュレータだったからである。

現在、当研究所では自然再生のため環境修復技術の開発を目指して「瀬戸内海沿岸環境技術連携研究体」を構築した。今後、瀬戸内海への自然再生に向けた本格的研究と技術開発を実施するためである。そして、多くの関係機関が自然再生や環境修復のために、瀬戸内海大型水理模型を大いに活用し役立てていただければと強く切望する。(了)

■図2 瀬戸内海大型水理模型の平面図
■図3 流況制御技術の各工法
ページトップ