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第99号(2004.09.20 発行)
第99号(2004.09.20 発行)

水没する環礁州島とその再生
-太平洋島嶼国とわが国国境の島々の国土維持-

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻助教授◆茅根(かやね) 創

温暖化による海面上昇によって水没する危機にある環礁上の州島を維持するためには、サンゴ礁の生態学的調査が不可欠である。こうした調査に基づく再生技術の構築は、わが国の領土維持のためにも急務である。

水没の危機にある環礁の島々

今世紀の地球温暖化によって、海水が暖められて膨張する効果と陸上の氷河が融解する効果とによって、海面が40cm前後上昇することが予測されている。海面上昇の影響がもっとも深刻なのが、標高がたった数mしかない環礁の島々である。

環礁というのは、サンゴ礁だけがリング状につながって、その内側に深さ数10mの浅い海(ラグーン)を取り囲む地形である。環礁は、沈降する火山島の上に、サンゴ礁がどんどん積み重なって形成された。地球上で500ほどの環礁が数えられ、そのうち400が太平洋に分布する。中部太平洋にあるマーシャルや、キリバス、ツヴァル、インド洋のモルジブのように、国土のほとんどが環礁だけからなる国もある。環礁の上に見られる島を、環礁州島という。ひとつの環礁に数10の州島が並んでいることが多い。州島は、環礁がさらに水没してできたテーブル状の卓礁や、バリアリーフの上にも見られる。

島の形成における生物の役割

グレートバリアリーフの上の州島とマジュロの州島を作る有孔虫殻。
日本最南端の沖ノ鳥島。左下が北小島、左中央が東小島、作業基地の右下は観測所基盤。1999年撮影(写真:読売新聞社)

サンゴ礁は、サンゴなど海の生物の石灰質骨格が積み重なって海面下に作る地形だから、海面上にあらわれることはない。海面上に露出する州島は、次の3つの成因で作られる。1つ目は、サンゴ礁の上にサンゴ片や有孔虫の殻が波で打ち上げられたというものである。有孔虫とは、直径1mm程度の丸い殻を持つ単細胞の動物である。南の島では、その1種が星砂として小さな瓶につめられて土産として売られている。私たちの調査では、環礁の島の構成物として有孔虫の殻がサンゴ片以上に重要であることが明らかになった。

2つ目は、台風や津波などの暴浪時に、サンゴやサンゴ礁の大きな礫が打ち上げられたというものである。時には、高さ数mの岩塊が打ち上げられることもある。台風によって大量の握り拳大のサンゴ礫が打ち上げられ、高さ3m、長さ20kmものリッジが、たった1晩で作られたこともある。

3つ目は、過去のサンゴ礁が島の隆起によって海面上に持ち上げられたというものである。環礁は長い地質時代に徐々に水没しながら作られるが、氷河時代以降の海水面変動や地域的な地殻変動によって、サンゴ礁が海面上にわずかに離水して島となることがある。

州島の成因は、これら3つの要因が複合したものであることが多い。海面上昇に対する州島の応答を予測して、その維持や対応策を検討するためには、それぞれの州島が、上にあげた要因がどのように複合して形成されたのかを明らかにしなければならない。その際に重要なことは、はじめの2つの要因では、州島の構成物の供給の場として、州島の沖側のサンゴ礁の生物が重要な役割を果たしているということである。海面上昇に対して州島は一方的に水没するだけではない。サンゴ礁において健全なサンゴや有孔虫の群集が維持されていれば、その破片や殻が州島の維持に働いてくれるはずである。逆に、サンゴ礁の生物が衰退すれば、砂の供給能力も劣化して、州島の水没は促進されるだろう。残念ながら、世界のサンゴ礁は劣化しつつあることがわかっている。生態系の維持だけでなく、州島の維持のためにもサンゴ礁の再生が重要である。

国境の島々

ところで、環礁の島々の水没は、遠い南の島の国々だけの問題だろうか。実は、この問題はわが国の領土・領海の維持にとっても、きわめて重要な意味がある。わが国の東西南北の端のうち、実に東西南の3つの端がサンゴ礁の島で、しかもそのうち東と南の端が、ここで説明した州島なのだ。

東端は、東京都小笠原村の南鳥島である。この島は太平洋プレート上の島で、プレートにのって西に移動しながら沈降する火山島の上に作られたサンゴ礁である。1辺が1.5-1.9kmの三角形で、島の外周の標高が5-8mと高く、内側に -1mの凹地を持つ卓礁である。南鳥島の外周の高まりは、サンゴ片や有孔虫の殻からなるとする考え(先に述べた成因1、2)と、離水サンゴ礁であるとする考え(成因3)がある。

南端は、東京都小笠原村の沖ノ鳥島で、九州からパラオまで続く海底の山脈(九州-パラオ海嶺)上に位置する卓礁である。水没しつつある島弧である九州-パラオ海嶺上にあるために、環礁の頂部がどんどん狭まって現在の地形になった。東西4.5km、南北 1.7kmの細長いサンゴ礁で、外周はほぼ海面近くまで達する平坦面を作り、内側は水深数mの凹地である。島は、サンゴ礁上の東小島と北小島の2つで、離水したサンゴ礁である可能性が高い(成因3)。以前は、このほかに3つの島があったとされ、これらの島は暴浪によって打ち上げられた岩塊であった可能性がある(成因2)。

南鳥島も沖ノ鳥島も、海洋にぽつんとある孤島である。しかし1つの島がその周囲に43万km2もの200海里排他的経済水域を有する。わが国の水産資源、地下資源管理の点から、その重要性は計り知れない。これだけ重要な国境の島でありながら、島の形成と維持の源であるサンゴとサンゴ礁に関する調査は不十分である。そもそもこれらの島が、上で述べたどのような過程で形成されたのかすら、はっきりわかっていないのだ!

両島の形成過程を、サンゴ礁の生物群集との関係において明らかにすることが急務である。波による運搬と浸食という、物理過程だけから島の成因と維持を考えようとすると、島の再生はおろか、現存の島の維持にさえ問題が起こるだろう。沖ノ鳥島では、島の浸食を防ぐため島を取り囲んで防波がなされている。しかし石灰岩の島の浸食には、物理・生物・化学過程がそれぞれ同程度に関わる。防波は物理的な浸食を和らげるが、波がなくなって潮間帯の位置がはっきりしてしまって、むしろ生物浸食や化学的な溶食の効果を強め、島の浸食を早める危険がある。これは、パラオなど外洋と画されたラグーンにある石灰岩の島は、海面付近がえぐれたキノコ状になっていることからも明らかである。

州島を作るサンゴや有孔虫の殻の生産・運搬・堆積プロセスを明らかにすることによって、自然のサンゴ礁の再生能力を高め、州島の形成を促すこともできる。沖ノ鳥島に、前頁写真にあるような州島を、ほんの少しだけ人間の助けを加えて作ることも、決して不可能なことではない。こうした生態工学的な再生技術の構築は、劣化したサンゴ礁生態系の再生に役立つだけでなく、水没の危機にあるわが国領土の保全と、太平洋島嶼国の国土維持に貢献するだろう。(了)

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