Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】バックナンバー

第99号(2004.09.20 発行)
第99号(2004.09.20 発行)

永久塩泉の原理による海洋砂漠の肥沃化:ラピュタ計画

東北大学流体科学研究所教授◆圓山重直

1950年代に提唱された人為的エネルギーを用いないストンメルの永久塩泉の原理を応用して、栄養塩に富む海洋深層水を汲み上げる実験をマリアナ海域で実施し、初めてその実証に成功した。沖ノ鳥島などの海域に大規模な人工湧昇施設を設置し、透き通って美しいが生物生産が低い海洋砂漠と呼ばれる海域を肥沃化して豊かな海の森に変えるラピュタプロジェクトを提案する。

食糧増産と海洋の生物生産能力

世界人口の増加にともない食糧やエネルギー資源の確保が急務である。地上の食物生産能力は限界に近づいており、急速な供給増大は難しいと考えられている。その中で、地球表面の7割を占める海洋利用に期待がかけられている。しかし、回遊魚の稚魚放流による食糧増産は、海洋そのものの生物生産能力の限界を超えた放流によって、捕獲魚の小型化などの影響が現れているともいわれている。

環境に負荷を与えないで食糧生産を増大させるには、海洋そのものの生物生産能力を増大させる必要がある。つまり、太陽光が浸透する海洋表層域を肥沃化し、そこにおける植物プランクトン生産を増大させ、動物プランクトンから大形魚までの食物連鎖を増大させることが重要である。また、食糧だけでなくバイオマスエネルギーとなる大形海藻の育成にも海洋表層の富栄養化は重要である。

ストンメルの永久塩泉による海洋深層水汲み上げ

■図1 ストンメルの永久塩泉の原理

海洋を肥沃化するために、栄養塩に富む海洋深層水を表層に汲み上げることが考えられる。膨大な量の海洋深層水を汲み上げるには、自然エネルギーを利用して、深層水を汲み上げ、かつ、その海洋深層水の温度を上げて海洋表層に滞留させる技術が必要となる。また、波浪や嵐による機器の損傷を考えると巨大な海上構造物を長期間維持することは、経済的に成り立たない可能性が高いので、なるべく機器等の稼動部が少なく設置コストや維持コストも低いものが望まれる。

ストンメル※らは、管外の暖かい海水から熱を受けて管内の低塩分濃度の海洋深層水を温め、その浮力によって海洋深層水を汲み上げることを1956年に提案した。この永久塩泉の原理を利用することによって、海洋の温度差と塩分濃度差だけで海洋深層水を汲み上げることが可能である。この原理を図1に示す。太平洋中緯度域では、海洋深層水は塩分濃度が表層に比べて小さいので、生物生産性が低い原因となっている。しかし、深層水は海水温度が低く表層水と混合しない。ここにパイプを挿入すると、冷たい海洋深層水が外部の海水で加熱され軽くなることによって、ゆっくりとだが自動的に汲み上げられる。この作用は、海洋の温度分布と濃度分布が維持される限り永遠に続く。このとき、管内は外部の圧力と平衡状態にあるので、使用するパイプには応力がかからない。そのために薄いプラスチック膜のパイプでも十分である。パイプ内の海洋深層水は加熱されているので、表層域に放出後に再び沈降することはない。

ラピュタプロジェクト

沖ノ鳥島や南鳥島、マリアナ海溝などがある海域は、表層の栄養塩が極端に少なく海洋の生物生産が低いので海洋砂漠と呼ばれている。栄養塩の豊富な海洋深層水を太陽光が届く表層に大規模に汲み上げることができれば、海洋砂漠に生物生産性の高い海洋の森または牧場を作ることが可能であろう。

図2は、多数のパイプを海中に展開して海洋砂漠に海洋牧場を作る概念図を示している。このような施設を海中に展開することによって、栄養塩が多い海域を局所的に実現し、バイオマス生産や食用魚の養殖が可能となる。この海域では、植物プランクトンの生産性が増大しているので、地球全体の海洋の生物生産に負荷を与えない利点がある。また、パイプ内に鉄分を溶かし出す物質を設置することによって、海洋の生物生産に不足している鉄イオンを海洋深層水中に供給し、生物生産をいっそう促進することも可能である。

■図2 ラピュタプロジェクトの概要図

海域にもよるが、パイプの長さは300-1,000mであり、パイプ出口は海面下10-50mに設置する。海面にはブイのみが浮遊しているので、台風や波浪などによる海上構造物の破壊も最小限にできる。この構想の実現には、図2のようなパイプを大量に広範囲に展開する必要があるが、日本が独自技術として発展させた養殖イカダや延縄漁業の技術が大量のパイプ展開と維持に応用可能である。海洋深層水は生物学的に清浄なので、パイプ内が生物で閉塞する可能性は少ない。しかし、パイプ出口に付着する生物の定期的除去は必要かもしれない。

著者らは、スウィフトの小説「ガリバー旅行記」に登場する飛行する浮島「ラピュタ(Laputa)」を海中に置き換えて、本プロジェクトを"ラピュタ計画"と称している。ガリバー旅行記のラピュタは要塞都市であったが、われわれのラピュタは海洋砂漠に浮遊する豊かな緑の浮き島である。

永久塩泉の実験的検証

■図3 実験装置概略図

ストンメルは、永久塩泉の実証を行おうとしたが湧昇速度が波浪などの動きに比べて極端に小さいことから実証実験には成功しなかった。著者らのグループは、実験装置をマリアナ海溝海域に設置し、2002年に世界で初めて海洋深層水の湧昇速度の測定に成功した。海洋実験は2002年の8月に、東京大学の研究船白鳳丸航海中に、マリアナ海溝付近で行われた。図3に実験装置の概略図を示す。流速測定のため、管内で放出したトレーサーの濃度変化を測定したデータと、トレーサーの移流拡散の数値シミュレーションとの比較により、流速を算出した。永久塩泉による上昇流の流速は管中心軸で2.45mm/s、または212m/dayと測定された。放出装置の下側に設置したセンサーではトレーサーが検知されなかったことからも、上昇流が発生していたことが分かる。数値シミュレーションで得られた管内速度分布から海洋深層水の湧昇量は日量約200トン程度と推定された。2004年5月にもマリアナ海域での実験を前回に比べて長期間にわたり行い、同様な結果が得られている。

今後の展開

ラピュタプロジェクトを展開する海域としては、汲み上げた海洋深層水が拡散しないように、表層の海流が弱いことが望まれる。沖ノ鳥島およびその周辺海域は、海洋砂漠で表層の海流も弱いことから、海域肥沃化をもたらすラピュタプロジェクトに適している。このプロジェクトによって、バイオマスの生産、食用魚の養殖を行い、恒久的な自立した経済活動を行う拠点とすることが可能である。沖ノ鳥島のラグーンの内部海域へ湧昇海水を導入して文字通りの海の牧場にすることも可能であろう。

今後、海洋生物の海洋環境に関するアセスメントなど、多くの課題が残っているが、海洋砂漠に森を作るという観点から、本プロジェクトは海洋肥沃化と海洋の生物生産性の向上に寄与できることが期待される。(了)

※ ストンメル(Stommel, Henry Melson)=1920年米国デラウェア州生まれ。海洋物理学者。'48年強大海流の西岸強化理論を発表、このほか深層大循環、水平混合などにも独創的理論を多数発表。20世紀後半における世界の海洋力学研究の指導者である。

ページトップ