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オーシャンニューズレター

第93号(2004.06.20発行)

第93号(2004.06.20 発行)

提言:海洋学の学位を大学に

東京大学名誉教授◆奈須紀幸

2003年に東海大学海洋学部に入学した学生には、卒業時に日本で初めて学士(海洋学)が授与されることとなった。いずれはわが国の大学院からも海洋学修士が生まれ、海洋学博士誕生への期待がかかる。日本の多くの大学で海洋学の学位の設置を望みたい。

東海大学海洋学部で日本初の海洋学の学位授与へ

東海大学海洋学部名誉教授の酒匂敏次さんと私は親しい。最近、すばらしいニュースを伺った。2003年に海洋学部に入学した学生が卒業する際には学士(海洋学)が授与されることになった。日本初となる海洋学の学位である。将来は修士課程に進学する学生さんにも、修士(海洋学)進学の資格が許可されることになろう。

いずれ、修士(海洋学)が生まれ、博士(海洋学)進学の資格が与えられ、博士(海洋学)が日本で生まれることにも期待がかかる。まことに喜ばしい。快挙である。

日本の多くの大学で海洋学の学位(学士、修士、博士)の設置を

道は開かれた。例えば、私が奉職していた東京大学で、論文の内容によっては、学士(理学・海洋学)、学士(工学・海洋学)、学士(農学・海洋学)、学士(教養学・海洋学)、学士(法学・海洋学)、学士(経済・海洋学)のように、複合的な学士が授与されるようになれば、すばらしいと思う。修士、博士についても同様に、複合的な授与があってもよいのではないかと思う。

徳川幕府270年の鎖国の影響が色濃く残る日本

日本は四面を海に囲まれた海洋国家である。明治維新後、130年余りを経過した。海洋の基礎研究、技術、経済、法律、水産の面での進歩は目覚ましいものがある。が、鎖国時代、漁船は目視できる範囲を超えて外海に出ることは禁止されていた。当時の漁師の方々の目は2.0を越えていたであろう。地球は丸い。水平線の上に帆柱の先が見えるのは、距岸20km程度である。

その外に出ることは国禁を犯す。夢見ても、お上に馴致された日本人は外海に乗り出すことはなかった。その影響はその後、百年以上を経た今日でも色濃く残っている。この殻は破りたいものである。日本人が、世界人として地球上を、海上、海中、海底を含めて、縦横に活躍して欲しい。そのつもりになればできるはずである。

2003年東海大学入学式(写真提供:東海大学)

学術博士の学位

かつて私は、文部省の大学設置審議会の委員を務めた。学位新設はその分科会で審議され、審議会から文部大臣、総理に答申され、国会の承認を経て実施されていた。

当時、学問の進展につれ、医、工、農、理、法、経、教育、教養等の範疇からはみ出す博士論文が表れ始めた。審議の過程で、欧米の博士の普遍称号であるPh.D.(哲学博士)を適用しよう、ということになった。本来、ギリシャ語の愛知の意である。学術の名こそふさわしい。それで、学術博士の新語が生まれ適用された。

私は東大では、理系大学院の教官であった。時折、物理、化学、地学、動物学、植物学、人類学等の複合範囲をまたがるような論文が表れたので、系の総意として、学術博士を授与したことがあった。

東大定年が昭和59年なので、20年以上前の話である。以後十年間、放送大学の教授として務めた。その間に多数の学生さんの卒論を指導したが、中にはまさに海洋学の学士にふさわしい論文が相当数あった。放送大学でも学士(海洋学)の学位を授与する時が来るであろう。海洋学で修士、博士を取得するにふさわしい大学になるものと期待する。

私の場合

私は東京帝国大学で昭和21年に工学士、東京大学で昭和25年に理学士、昭和36年に理学博士(論文博士)を取得した。この博士はまさに海洋学の分野に相当するものであった。

理学部地質学教室の助手を拝命した昭和26年、恩師の先生方の心温まるお計らいで、カリフォルニア大学ロスアンジェルス校スクリップス海洋研究所(現サンディエゴ校附属)の大学院に留学した。2年後の昭和28年、修士(M.S.)、その2年後の昭和30年、博士(Ph.D.)をまさに海洋学で取得して帰国した。

当時、すでに、欧米の大学、あるいは大学と連携した海洋研究機関では多くの機構で海洋学の学士、修士、博士が授与されていた。

スクリップス海洋研究所では、修士段階で、論文は課せず、海洋物理学、海洋化学、海洋生物学、海洋地学の単位取得と洋上研究が条件付けられていた。

海洋学の範囲は広い。帰国後、大学で、官庁の委員会で、国際会議などで、海洋関係の他分野の話を伺うのに、こうした知識の背景が、どれほど役立ったか計り知れないものがある。

日本の大学で、海洋学の大学院での単位取得に、理工学、洋上研修等のみでなく、海洋法、海洋経済、IT等の単位取得を条件付けるところが現れることも期待したい。海洋は多様性そのものだからである。

文部科学省傘下の独立行政法人として、本年4月、旧海洋科学技術センターから衣替えされた海洋研究開発機構は大学との連携を謳われている。連携の一環として、教官、学生さんも相互乗り入れで、海洋学の修士、博士を取得する人材の育成にまさにふさわしい場であると私には映る。ご発展を心より期待したい。(了)

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