Ocean Newsletter
第88号(2004.04.02発行)
- 市立酒田病院飛島診療所長・医学博士◆杉山 誠
- 独立行政法人 航海訓練所理事◆小川吾吉
- (株)ゼネシス エンジニアリング事業部◆實原定幸
(株)ゼネシス エンジニアリング事業部◆桜澤俊滋 - ニューズレター編集委員会編集代表者(横浜国立大学国際社会学研究科教授)◆来生 新
<日本の島から>山形唯一の有人離島"飛島(とびしま)"
~高齢過疎とともに消え去るもの~
市立酒田病院飛島診療所長・医学博士◆杉山 誠飛鳥。日本海に浮かぶ山形県唯一の有人離島。北前船時代の要衝の島。最盛期1,788あった人口が現在312人。高齢化率57%で全国平均の約3倍。小中学校は平成14年度をもって休校。この極端な高齢過疎の中、漁業と自家用栽培と観光の島は今......。
過疎化が進む、山形県唯一の有人離島「飛島」

ここ飛島は、山形県唯一の有人離島である。明治までは北前船の西回り航路の要衝の島であった。それとともに幾多の伝承文化を育んできた。祭りなどにそれが色濃く残っている。平安時代の延喜式にも所載されているという小物忌(こものいみ)神社の春の例大祭には、神社本庁からの遣幣使が威儀を正して神事を行い、夕刻には20隻余もの漁船が編隊を組み、沖合から神社を遥拝して大漁祈願をする。夏には鳥海山の大物忌(おおものいみ)神社との間で、互いにかがり火を焚き合う「火合わせ神事」が行われる。が、過疎化のために幾多の年中行事が維持できなくなってきている。早い話が、稚児がいないことには稚児行列は組めない。明治9年の創立で、多い時には生徒450人もいた学校が、平成14年度をもって休校になった。寂しい限りである。
島の周囲は12キロ。酒田港から39キロ離れ、一日一便の定期船で一時間半かかる。日本海のシケ本番の一月など月の6割は欠航して不便さにダメをおす。交通信号、なんていうものは島にはない。
人口は312人。高齢化率57%で、全国平均の3倍という極度の高齢過疎の島である。だが、こんなちっぽけな島なのに、MAXの昭和15年には1,788人もの人が住んでいた。ただでさえ不便な時代、どうやって生きてきたのか。人間に本来そなわった英知と互譲の精神が支えであったのに違いない。
漁業と自家用栽培と観光の島
ここは一口でいえば、漁業と自家用栽培と観光の島で生計をたててきた島である。漁業といえば、周囲は豊かな漁場で、メバル、タイ、イナダ、サザエ、アワビなど、四季折々の漁がある。イカたるや、イカ様の方から押し寄せて来たほどだといわれている。それを利用してのイカの塩辛は、タレの仕込みも入れたら一年がかりの発酵食品で、ちょっとインスタントにというわけにはいかない。年季がかかるだけに独特の風味を醸す。ソーメンのツユのダシに最適なトビウオは、未明からの網はずし、開いて炎天下での炭火焼き。そして天日に干すという手の混みようである。アラメの知名度は低いが、ワカメと違った味と歯ざわりがある。五月晴れの日をねらっての計画採取で、裁断から日干しまで、お日さまと競走で一気に処理する。しかしそのままでは食べられず、水に戻し、アク抜きしなければならない。いずれもがスローフードの極致であり、保存のための英知の所産であることはいうまでもない。そして豊かな海産物は島で栽培できない米と引き換えに、蛋白源が不足する庄内地方と物物交換され、列島改造期まで、互いの不足分を補う良好な関係が保たれてきた。
農耕といえば、海抜50mほどの頂きに広がる平地で、自家用栽培が営まれ、魚介類とともに重要な食糧の源となった。中でもブランドものといわれるジャガイモは、種芋が北海道の男爵なのに、本場のものを凌駕するともいわれているが、生産量が減少している。交雑から避けられるという島の地の利を生かして、ネギや青菜(せいさい)の種採りが小規模ながら行われてきた。丘の利用は農耕だけではない。島の春は山菜採りから始まる。フキはもとより、ワラビ、ミツバ、タラの芽、固有種ともいわれているトビシマカンゾウ、タケノコなどなど。いずれも保存して、通年食卓を彩る。山の幸は食べ物にとどまらない。身の丈2mにも及ぶオオイタドリは食用にもなるが、かつては重要な燃料源として伐採された。それが結果的には下草刈りとなり、カンゾウやワラビに陽を与えるという好循環を生み、里山は守られてきた。漁場は放置しても漁場であるが、耕地は放置されて2年もすれば立派な荒蕪地となる。
観光はといえば、人は時として離島など孤独の地に、身を置きたくなるものだ。用もないのにローカル線の終着駅に降りたり、そういう思いをゆさぶるように、「日本最北端・最南端の○○○」というようなフレーズで人をひきつけようとする。飛島はこれまで幾度かの離島ブームが推進力となって、観光地としての地盤を固めてきた。しかし、不景気風や海外旅行・温泉ブームなどで、客足は遠のいてきている。打開策はというと、すぐに自然破壊付の温泉掘削やキャンプ場設置、イベントホールの建設などが提唱される。島の風光や寂寥感を求めてきたものに、そんな施設が必要であろうか。上高地の梓川・明神池を見て「何もないではないか」とがっかりする若者が多いという。モニュメントか何かがないと気がすまないらしい。私は訪ねてきてくれた人に島を案内すると、口々に良いところだといって帰って行く。運よく展望台から日本海に沈む夕日が見られると、感激し、それだけで満足する。入り日など太古の昔からあるはずなのに!
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定期船発着所、飛島勝浦港の冬。 | 酒田小中学校の前浜。もう児童たちの声は聞こえない。 | 小物忌神社火合わせ神事。対岸の鳥海山大物忌神社とかがり火を焚き合う。 |
葬り去られようとしている島固有の伝承文化
島の人口が300人を切ることは、心理的にも島の機構上からも、一つの節目になろうか。
過疎とは何か。それは単に人口の減少や経済活動の停滞を意味していない。丹頂や朱鷺の絶滅に、人はいたく心をくだいてきた。その気持ちは大切である。それと同じように、あたかも絶滅種のように、有史以来営々として培われてきた地域固有の伝承文化とその担い手が、世間に顧みられることなく葬り去られようとしている。人は自分が大切にしてきた「お宝」をにべもなく破棄されようとしたら、激怒するであろう。だが、それと似たことが全国各地で、連鎖的に、一斉蜂起的に起こっていることに、人は少し無神経ではないだろうか。
何よりも回避しなければならないのは、物事の跛行的進展である。年齢構成、貧富の差、過密と過疎の極端な地域差、サービスの不平等、先端科学の先走りと、日の目を見ない分野の等閑視など。ここにいると、私はそんな日本のいびつさが気になってならない。(了)
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(株)ゼネシス エンジニアリング事業部◆桜澤俊滋 - 編集後記 ニューズレター編集代表(横浜国立大学国際社会学研究科教授)◆来生新