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オーシャンニューズレター

第85号(2004.02.20発行)

第85号(2004.02.20 発行)

米国依存の船舶の位置情報と新たなシステム構築への日本の役割

コナー株式会社顧問◆池田 保

カーナビ等に利用され、社会生活においても不可欠となっているGPSだが、そのシステムの脆弱性についてはあまり知られていない。各国でGPSへの一元的依存によるリスクを軽減する試みがなされているが、わが国もこのままGPSだけに依存するのではなく、ロランCの組み合せによるGPSのバックアップシステムを構築すべきだ。

GPS一辺倒の位置情報システムの危険性

GPSを知らない人がいても、カーナビを知らない人はいないだろう。いつでもどこでも簡単に精度よく船舶、航空機、自動車など移動体の位置を算出するアメリカ空軍が運用する衛星利用の全世界的汎用位置測位システムがGPSである。20世紀最大の発明のひとつと言っても過言ではない。

今やこのシステムは携帯電話などと結びついて、目的地の探索などが容易になるなど、社会生活に不可欠なものとなっている。

GPSは元々軍事用に開発されたシステムであることをご存じだろうか?民生利用は1983年の大韓航空機撃墜事件を契機として、当時のレーガン大統領が民間航空機に利用させよと国防総省に命令したのが始まりと言われている。1993年米国は自国の絶対優位性を確保したまま、世界にその全面的民間開放をしたわけであるが、これにより船舶、航空機はもとより世界中の自動車までが全面的にGPSに依存することとなり、加えて携帯電話網、電力線網などの時刻合わせもGPS時計に同期しなければならなくなっている。

位置情報の利用に関して、こうした米国一国支配の懸念が強まる一方で、2001年9月10日米国ミネタ運輸長官は、GPS衛星の撃墜もシナリオに入れたGPSの脆弱性を指摘するVOLPE国立運輸システム研究所の研究成果を公表した。彼らにとってGPSのどこに心配しなければならない問題があるのだろうか。

GPSは衛星から発射される非常に直進性が強く微弱な電波で位置を測定するため、橋の下や高いビルの近くでは正確な位置を出すことが不可能な場合がある。また、衛星からの信号は非常に弱く他からの妨害を受けやすいため、ピンポン球ぐらいの簡単な装置で意図的にGPS妨害を起こさせ、例えば東京湾内のGPSに依存する全ての海上活動を数時間単位で麻痺させることも可能である。2001年9月11日の同時多発テロ以降、米国運輸長官はすべての政府機関及び地方政府に対して、GPSの脆弱性を国民に知らしめるとともに、危機的局面においてもなおその正当な利用を達成する方策の検討を指示している。

これを受けて米国内でも、米連邦航空局、米沿岸警備隊、スタンフォード大学、オハイオ州立大学などは、GPSの出現により役目を終わったとして墓場に捨てられたロランCシステム※1を復活させ、GPSが使用不能であってもロランにより同精度の位置と時刻が得られるGPSバックアップシステムの検討を進めている。欧州でも航行、位置さらに時刻もすべて賄える独自の航行衛星計画(ガリレオ計画)を推進し効率的、経済的活動の独自基盤を構築し、さらに世界がどのような局面になろうとも米国に依存することなく、且つ、衛星故障時にも既存制度が破綻しないような政策を推し進めようとしている。さらに、中国は現在ロランCを基幹的システムと位置付け、陸上、海上、航空を統合した利用を政策的に進めるとともに、爆発的に増加する携帯電話網の時間供給源としている。これと併行して欧州が推進するガリレオ計画に25%出資することにより、宇宙と地表系システムによる中国の航行、位置、時刻の総合的政策を推進しようとしている。各国でGPSへの一元的依存によるリスクを軽減する試みがなされているといえよう。

GPSバックアップシステムの最有力候補であるロランC局が設置されている南鳥島 (写真:海上保安庁)

ロランCの組み合せによるGPSのバックアップシステム

翻って日本では、GPSの便利さゆえに、他の移動体と同様に船舶でもGPS一辺倒で位置確認をしており、その恩恵にどっぷり浸っている。すでに見たようなリスクを軽減するための対応を、わが国でも普段から講じておく必要はないのか?その対応は如何にすべきであるのか?

第一に、衛星システムが最良のシステムである事実はGPSの例を見れば明白であるが、現在のアメリカのシステムに代替するシステムを単独で構築することは、効率面から見ても、政治的に日本が米国のパートナーシップを前提としている面から見ても困難である。しかし、現在、日本周辺で利用する準天頂衛星計画※2が始まろうとしており、これの活用を工夫することは、米国のGPSを無料で利用させてもらっている現状から、相応の対価を払う政策転換への第一歩として位置づけられるのではないか。

第二にシステムをひとつに限定することのリスクを軽減するためにも、効率的なバックアップシステムを構築し、パニックを起こさせない措置を早急に講じることが必要である。

具体的に何が最良であるのか。今、エンジンとモーターを併用して車を動かすハイブリッド自動車が注目されている。エンジンが故障してもモーターで車が動かせる非常に便利なものである。衛星についていうと、GPSとロランCの組み合せはハイブリッド自動車のような非常に利便性が高いシステムである。この組み合わせこそが、現時点で最良のバックアップシステムと考えられる。日本が主役になって、すでに各国で動きが見られるロランとの組み合わせで、GPSへの一元的依存のリスクを軽減するための、新たな国際的システムの構築に励むべきだと考えるものである。(了)

※1 ロラン(LORAN)=Long RangeNavigationの頭文字をとったもので、長波(100kHz)帯の電波を使用し、方向の異なる2地点から同時に発射された電波の到達時間差から自分の位置を特定する地上系(即ち人工衛星を一切利用しない)の電波航法システム。このシステムは第二次世界大戦中に開発され、初期システム(A)から発展し、現在実用化されているシステムがCと呼ばれている。

※2 準天頂衛星計画=複数の衛星(最低3機)を用いて、常時1機が日本の天頂付近に見えるように配置する衛星通信システム。他の衛星システムとは違い、常に衛星が真上にあるので、ビルや山などの障害物の影響が少なく、広い地域をカバーすることができる。また、GPS(全地球測位システム)の機能を向上させるシステムとして、測位可能時間、精度の改善なども期待される。

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