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オーシャンニューズレター

第85号(2004.02.20発行)

第85号(2004.02.20 発行)

水産加工場におけるHACCP導入の有効性についての考察

水産庁加工流通課指導班◆佐藤庸昭

「食品の安全・安心」について関心が高まるなか、安全・安心を確保する手法としてHACCPが注目されている。HACCPの考え方は、食品の安全・安心を確保する以上にその有効性が認められるのではないか。

HACCPとは

HACCPとは、1960年代、米国で宇宙食の安全性確保の観点から生まれた食品の衛生管理の手法であり、HazardAnalysis and Critical ControlPointの頭文字をとってHACCPと標記し、ハサップ等と読ませ、危害分析・重要管理点と訳されています。HACCPの導入に当たり、(1)危害の分析と(2)重要管理点の決定という二つの作業を行う必要があります。

(1)危害の分析とは、原材料、加工工程毎にそれぞれ発生する恐れのある危害をリストアップし、それらが実際に起こりうるものかどうかを検討し、危害の発生が予想される場合には防除手段を決めることです。

また、(2)重要管理点の決定とは、危害分析によって発生することが予想される危害を、予防、除去あるいは許容レベルにまで低下させるための、必須の工程を明らかにし、管理方法を決めることです。例えば、病原細菌については加熱工程が重要管理点となり、製品の中心温度等を科学的根拠に基づき具体的に決定します。

さらにHACCPでは、分析結果及び分析に基づく防除手段、重要管理点及びその管理方法などを文書化し目に見える形で管理します。もちろん、HACCP導入の前提として、一般的衛生管理の徹底並びに一定の施設整備が必要であるとされていますが、何をどのように管理するのか、どんな施設が必要なのか、なぜ管理が必要なのかなどを製品毎に具体的に分析すること、分析に基づき管理方法を決定・実施することこそがHACCPの基本です。

HACCPによる管理の必要性と有効性

今日、「食品の安全・安心」に対する消費者の意識は非常に高く、食品業界では、これを軽視することはままならないとの危機意識も生じ、消費者の信頼をいかに確保するかが重要となっています。このことは、食品産業全体の課題とする必要がありますが、食品加工業者が消費者の信頼を確保するために取り組むべきこととして、(1)製品を自信をもって販売できること、並びに(2)製品の品質等に対する説明責任を果たすこと、の二点を挙げることができるのではないでしょうか。具体的には、どういった原料を用いて、いかなる加工工程によって製品が製造されたのか、なにを根拠に製品の衛生が確保されているということができるのかなどについて、いつでも説明できる体制を整えておくことが必要であると考えられます。

一方、不況による消費の冷え込み、製品価格の低下等、水産加工業にとって非常に厳しい経営を強いられている現状において、多くの経営者は自社製品を点検するとともに、製造工程の見直しによって生産コストを削減するなど、経営改善のために多大な努力を続けていると想像されます。水産加工業にとって利益を生み出すものが製品である以上、製造工程等の要件を見直すことは、経営改善のために必須の作業と考えられます。そこで、HACCPの導入により危害分析をすること(=製造工程を検証すること)は、消費者の信頼を確保するための体制を整備するだけでなく、同時に経営の改善を探る方法として有効ではないかと私は考えています。実際にHACCPを導入した工場では、重要管理点を設定することにより、より品質管理に重点をおいた製造が可能になっているように見受けられます。

HACCPの導入は優秀な人材の育成・確保の一方法

HACCPを導入した企業からは、HACCPの導入そのものよりも、その後継続してHACCPプランに基づいて管理を行うこと、従業員の衛生管理意識を保持することの方が大変であるとの声を耳にします。その一方で、定期的に外部の審査員が工場を訪れることによって日々の製造に張り合いがでて、更に衛生的に、効率よく製造しようと意欲が湧くとも聞きます。また、実際に見学させて頂いたいくつかのHACCP認定工場の特徴として、従業員が製品及び製造に関して知識が豊富であり、仕事への取り組みが非常に積極的であるという印象を受けました。これはHACCP導入の端緒として、「やるのだ」というトップの決断、トップダウン(経営の責任者、社長)によるHACCPチームのリーダーの指名、チームの編成が要求されていることに大きく関係していると考えられます。各製造工程において、責任者を明確にするとともに、モニタリングの実施に当たり末端の作業員の協力なくしてHACCPプランを遂行することは不可能であるからと考えられます。すべての社員の協力がなければ、HACCPプランはまさに絵に描いた餅となります。しかし、危害分析の結果、製造工程が整理されるとともに、それぞれの工程における危害に対する知見とそれに対処する方法、作業目的が明確となり、管理者と作業者が情報を共有することによって無駄のない効率的な製造が可能になるものと考えられます。HACCPの導入は、チームリーダーの確保に始まり、知識豊富な優秀な社員の育成に他ならないと考えられます。優秀な人材を確保することは、これからの厳しい時代を企業が生き延びていくための最も重要な条件の一つであると私は考えています。

期待される「食品の安全・安心」に関する積極的な役割

■水産加工場におけるHACCP導入の推移
平成15年1月現在(水産庁資料にもとづく)

現在、比較的規模の大きい水産加工場のうち約200工場が厚生労働省や民間認証機関からHACCP導入工場の認定を受けています。これら認定工場は、蒲鉾等の魚肉ねり製品、サンマ蒲焼き等の缶詰、ホタテ貝柱、養殖ハマチフィレー等の冷凍品、蒸し蛸、シシャモ、イカ加工品等の調整品、イクラ、タラコ等の魚卵製品、カツオ節などを製造しています。

一方、中小零細企業の多い水産加工業では、外部の経営コンサルタント等から助言を受けることはなかなか難しい現状にあると想像されます。しかし、今年度より、社団法人 大日本水産会では、「水産物安全・安心推進強化事業」を国の補助事業として実施し、一般的衛生管理講習会、HACCP講習会を開催し、希望のある各地に講師を派遣しています。また、HACCP認定の際に必要な外部審査員の企業への派遣等に対しても同事業で支援を行うこととしています。これまでHACCPに興味はあるけれども何から始めればいいのか想像もつかない、経営の見直しの新たな視点としてHACCPが参考になるかもしれないなどと感じている企業があれば、これら講習会の受講をおすすめします。HACCPの導入を手がかりに、外部から見た自社の実態を知ることは企業経営にとってプラスになることが期待されます。また、HACCPを知ることによって、多くの水産加工業者が「食品の安全・安心」に関して積極的な役割を果たすことを期待しています。(了)

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