Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第82号(2004.01.05発行)

第82号(2004.01.05 発行)

新型の安全な原発を浮体式で

数理解析研究所◆一色 浩

従来の原発と違って、暴走する心配が無く、かつ、廃棄物問題も解決できる新型原発を、メガフロ-トに搭載するならば、二重、三重に安全な原発フロ-トが誕生することになる。

はじめに

筆者が大学院で初めて行った研究は、「原子炉圧力容器ノズル取り付け部の応力集中」というものであった。約40年前のことであるが、日本の原子力産業の黎明期で、原子力はまさに夢の技術であった。その後、原子力のたどった道はいばらの道であった。米国のスリーマイル島や旧ソ連のチェルノブイリ事故や、わが国の高速増殖炉"もんじゅ"の事故などにより、原子力は危険なものと相場がきまってしまった。また、廃棄物問題も原子力アレルギーを生む大きな要因であった。原子力のような危険なものは廃止して、太陽光や風力に頼るべきだという風潮が生まれた。冒頭で述べたような個人的な理由の故に、原子力にある程度の関心と感傷をずっと抱いてきた筆者にとっては、耐えがたいことである。

原発の問題点

しかし、原子力を抜きにして、未来のエネルギー問題を語れるであろうか? 現在、原子力とともに、電力の基盤を荷っている石油、石炭、天然ガスのような化石燃料は、資源枯渇の問題と炭酸ガス排出による地球温暖化という深刻な環境問題を抱え込んでしまっている。また、太陽光・熱、風、波などの自然エネルギーは高コストであるばかりでなく、変動エネルギーであるので、大規模な電力網に取り込んで変動を吸収する方式を採用すると、あくまでもサブの役割しか荷えないという宿命を負っている。自然エネルギーは、むしろ水素製造などに利用すべきで、変動しても構わない一種の農業型エネルギーと考えられよう。

100年、200年は核分裂で、それから先は核融合というのが、安定的なエネルギー確保の道であろう。最近、環境問題が声高に叫ばれるようになって、原子力が幾分見直されているようであるが、国民的コンセンサスを得るにはほど遠いといわざるを得ない。「原子力は危険である」、「廃棄物問題の解決は不可能である」という強い固定観念が国民に植え付けられてしまっているためである。工学、技術の立場でいえば、このような問題を解決する技術開発が成功すればよいということになる。

原発の安全性について

いかにも根拠のないことを大言壮語しているようであるが、人間はいつも不可能と思える問題を解決してきたという面がある。事実、最近になって原子力技術の根幹的な部分で、大きな技術的展望が開けて来つつある。最近の加速器の進歩と新しい冷却材の開発により、新しい技術が生まれつつある。皮肉なことに、新しい冷却材は、チェルノブイリ事故を起こしたロシアが、旧ソ連時代に原子力潜水艦の推進用原子炉の冷却材として開発した鉛ビスマス合金を使う技術が、東西冷戦の終了で西側に開放されたために可能になったのである。

この新しい技術は、加速器駆動未臨界核分裂炉(ADSR:Accelerator Driven Subcritical Reactor)と呼ばれる。従来の原子炉では、ウラン235とかプルトニウム239のような核分裂物質を含んだ燃料を一定量近接すると、いわゆる臨界に達して、次々に中性子が生まれて核分裂が進行するという連鎖反応が持続するようになる。

制御装置により反応の進行を制御するが、制御装置の故障や人間の誤操作のために、何らかの原因で連鎖反応が異常になり、しかも運悪く2重3重の安全装置が働かなかったとき、原子炉は暴走してしまう。単なる可能性の問題ではなくて、スリーマイル島やチェルノブイリの事故となってしまったのであるから、現在の原子炉の安全性は十分とはいえない。仮に問題点が克服されたとしても、国民の不安を払拭することはできない。

ところで、ここに提案する未臨界炉では中性子を外部から供給する。すなわち、加速器で作った陽子ビームをタングステンなどの金属に当てると中性子を発生するが、それを使うのである。したがって、臨界に達しない状態で、必要な中性子を必要な量だけ供給するのである。このような方式にすることにより、原子炉の安全性が飛躍的に増すことになる。また、加速器による核変換処理技術により、危険な高レベル廃棄物の核種を変換して安定または短寿命核種に核変換することで、希少金属の回収や長期にわたる環境への負荷を低減することができる。これが分離変換技術である。

産業廃棄物におけるごみの分別収集、リサイクル、埋設により処分量を低減する考えと同様なものといえよう。加速器を動かすために大量のエネルギーが必要となるのではと危惧する向きもあろうが、加速器技術の進歩により、現時点では全発電量の10%を使えばよいとされている。

一方、原子核分裂で発生した熱を蒸気に変えて発電機を回すためには冷却材が要る。この炉は高速の中性子を使うため中性子を減速してしまう水を冷却材に使えない。液体ナトリウムなどを使わねばならないが、従来の技術では、これが実に厄介な問題で、高速増殖炉"もんじゅ"はナトリウム流出事故を起こしてしまった。1930年代から、鉛ビスマス系の合金が冷却材として知られていたが、難しい技術課題があって、米国は1950年代にその開発を諦めてしまった。ところが、ロシアが旧ソ連時代に原子力潜水艦の推進用原子炉としてその開発に成功していたが、東西冷戦の終了で西側にその技術が開放されたのである。液体ナトリウムと違い液体鉛は空気や水と接触しても爆発するようなことがないので、安全性が桁違いに向上したのである。

浮体式の原子力発電所を

電力は欲しいが、原子力発電所は近くに来て欲しくないのが、多くの国民の気持ちである。NIMBY(Not In My Back Yard)といわれる所以である。ことに地震国日本では、原発の耐震設計に、大いなる不安を感じている。このような危険な迷惑施設は、近くに来て欲しくないと思うのが人情である。幸いメガフロ-トの実証試験では、浮体は地震に強いことが立証されている。耐震設計上問題となる地震の水平動に対して、メガフロ-トはほとんどその影響を受けない。またメガフロ-トの様な浮体は、好きなところに移動することが可能である。このようなメガフロ-トの上に、安全な新型原発を設置するなら、二重、三重に安全が保証されることになり、安心して、電力や温水などの熱供給をふんだんに受けることができるので、このような原発フロ-トは、誰しも近所に来て欲しいと思うものである。BIMBY(Be In My Back Yard)というわけである。このような、安全な原発フロ-トを導入するならば、経済発展、エネルギ-問題、環境問題の3Eのトリレンマを解決することが可能となり、海洋を利用して、持続的発展を実現することになる。(了)

■浮体式原発の概念図
浮体式原発の概念図

第82号(2004.01.05発行)のその他の記事

  • 便宜置籍船は無くなるのか? 日本郵船(株)企画グループ海運・船主政策チーム◆高橋正裕
  • 木造帆船文化の伝承 宮城県慶長使節船ミュージアム館長◆跡部進一
  • 新型の安全な原発を浮体式で 数理解析研究所◆一色 浩
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(横浜国立大学国際社会学研究科教授)◆来生新

Page Top