Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第81号(2003.12.20発行)

第81号(2003.12.20 発行)

海洋でのエネルギー・食糧生産

(株)大内海洋コンサルタント代表取締役◆大内一之

人類が今後直面する食糧、エネルギー、環境問題について、これらを同時に解決し得る海洋固有の資源として、海洋深層水の利用が大きな柱になり得るものと考える。海洋深層水の富栄養性利用の一例として、マリノフォーラム21の深層水活用型漁場造成技術開発委員会が取り組んでいる海洋肥沃化装置「拓海」を紹介する。エネルギー・食糧・淡水の同時生産をめざすこの研究が、新たな海洋産業創出の突破口となることを願う。

新たな海洋技術・産業の創出に向けて

これまで人類は海洋に関して、どのように利用し恩恵を受けてきたのだろうか。ざっと考えると、直接的に海と関わっている水産業、海運業、海底石油・鉱物生産業、海洋観光業等と、それを支える造船業、海事建設業等が主な海洋産業といえるだろう。しかし今、四面を海で囲まれたわが国において、これらの海洋産業はあまり元気がない。わが国の一般世論も、海洋技術に比べて情報技術や宇宙開発等のある意味で歴史の浅い分野に、華々しい将来有望技術として高い価値を与えているように思える。また、「日本人は本質的に農耕民族であり海洋民族ではなく、したがって今後も海洋産業は発達しないだろう」というような極端な結論を下す向きもあり、海洋産業には逆風が吹いているのが現状といえるだろう。

地球上の人口が100億人に近づき、さらに生活レベルの向上に伴う消費の拡大という急激な環境変化の中で、今後の人類は「食糧不足」「エネルギー不足」「地球環境悪化」という種の存続を揺るがす大問題に直面せざるを得ない。その時に、わが国の主たる研究開発対象が、モノを何も生産しない情報技術や、何も存在しない宇宙空間ばかりに向かっていては、上記大問題の解決が遅きに失してしまうであろう。

問題解決のためのフィールドとしては、ほとんど開発され尽くした陸域に求めるよりは、全地球面積の2/3を占め、かつフロンティアが圧倒的に多く残っており、生物・資源・エネルギーの宝庫ともいえる海洋に目を向け上手に利用する方が、大きな成果が得られると思われる。幸い、広大な200海里水域を持つわが国は海洋を利用する地勢的条件において非常に恵まれており、これらの大問題を解決するための先導的海洋技術の研究開発とそれを基盤にした新産業の創出は、人的にも経済的にも高いポテンシャルを持つわが国に相応しい事業であり、このような活動を通じてオリジナルな技術を発信することにより、わが国も世界から真に評価されると考えられる。

本質的に海洋民族かどうか云々を論じている場合ではなく、海洋へのこのような働きかけはわが国の将来を考えれば必然であるとの発想を持って事を進めていくべきであろう。

海洋深層水の大規模・多目的利用

海洋の恵みを享受するための突破口の一つとして、水深200m以深の海水「海洋深層水」の大規模・多目的利用を提唱したい。海洋深層水は「低温」「富栄養」「清浄」という三大特徴を有し、資源自体の密度は高くないが地球上の全海水の95%というほとんど無尽蔵な資源量を持ち、さらに再生可能で恒常性を持っている。海洋深層水の低温性をCO2放出のないエネルギー生産に、富栄養性を食糧生産に、清浄性を淡水生産に、というように上手に結びつけることができないだろうか。人類が今後直面していく食糧、エネルギー、環境問題について、これらを同時に解決し得る海洋固有の資源として、海洋深層水の利用は今後の海洋利用の大きな柱になり得るものと考える。

■海洋肥沃化装置「拓海」

■拓海作動概念図

海洋深層水の富栄養性利用の一例として、(社)マリノフォーラム21が水産庁の補助を受けて、平成12年度から5年計画で発足させている深層水活用型漁場造成技術開発委員会(委員長:高橋正征東大教授)の取り組みを紹介する。筆者はこの中で、機器開発プロジェクトマネージャーとして海洋肥沃化装置「拓海」の開発・設計・製作・設置・運用に従事している。拓海は直径1mの深層水汲上用ライザー管を持つ排水量1,700トンの浮体構造物であり、相模湾平塚南方沖25kmの水深約1,000mの海域に一点係留方式で設置されている。作動原理は概念図に示すように、水深205mの海洋深層水をポンプで汲み上げ、表層水と混合し密度調整の上、有光層に360度全周方向に放出、拡散、滞留させる。そして、深層水のもつ「富栄養性」により海域の一次生産力を増大させる、つまり植物プランクトンを飛躍的に増殖させることにより、動物プランクトン、小魚、大きな魚といった食物連鎖の環を拡大させて、付近に漁場を造成していこうとするものである。平成15年7月18日より約10万m3/日の海洋深層水を連続して汲み上げて、これを実施している(写真参照)。今後の海洋計測等により一次生産力の増大、魚類等の増加の定量的調査、解析が行われる予定である。

一方、海洋深層水の「低温性」の利用としては、20世紀初頭より表層水との温度差を利用した海洋温度差発電(OTEC:ocean-thermal energy conversion)の実海域での実験が数多く行われており、最近では佐賀大学上原教授グループの設計製作によるOTECプラントを搭載した、インドでの1,000kWの実海域実験の計画が注目を集めている。OTECは、CO2放出のないエネルギー生産方式として技術的には充分可能な段階に入っているが、経済的採算性の面でまだ実用化にまでは至っていないと考えられる。しかし、最近の自然エネルギー利用への積極的な取り組みにより、改めてOTECにも目が向けられつつあるといってよい。

エネルギー・食糧・淡水の同時生産

このような技術的・経済的背景、特に将来の水素エネルギー社会到来による水素の大量消費を睨んで、筆者は、海洋深層水を大量に取水して、OTEC電力を利用し、海水を淡水化し、その淡水を電気分解して水素エネルギーを生産するとともに、富栄養性を生かした魚類生産と、淡水生産を同時に行うことのできる多目的な洋上型生産プラットフォームの研究開発を、わが国が世界に先がけて行うことを提案したい。多目的化により海洋深層水の特性を使い切ることで、各々の生産コストが大幅に下がり採算性が増し、実用化が可能となることを期待するものである。

このような幅広い総合的な研究開発を円滑に推進するためにどうしても必要になるのは、現在の日本が陥っている官民挙げての縦割り組織及び意識の改革である。海に眠っている宝物を、上手に、粘り強く、感謝をこめて利用していく努力を積み重ねることによって、新たな海洋産業創出の突破口が切り拓かれていくことを願うものである。(了)

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