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オーシャンニューズレター

第81号(2003.12.20発行)

第81号(2003.12.20 発行)

船舶用プロペラの魅力と憂鬱

ナカシマプロペラ(株)IOS開発グループ◆久保博尚

船舶用プロペラは職人技と最先端テクノロジーの融合による一品生産であり、「モノづくり」の悦びにあふれた世界である。しかしながら、船舶用プロペラの国内市場規模はたったの176億円であり、市場規模も30年間で30%も減少している業種でもある。創業以来77年の間に100万個のプロペラを製作してきたナカシマプロペラ社では、いま新たな事業への展開が積極的に進められている。

100万個、100万種類のプロペラ

45ノットの超高速艇用スーパーキャビテーションプロペラ

どんな業界にもあまり一般の目に触れることのない、「縁の下の力持ち」的な存在があるものです。恐らく船の世界はその宝庫です。何しろ海に浮かぶ乗り物ですから、少なくとも船の外側はほとんどの人にとっては未知の世界です。そこで拙稿では、第74号の中村技研工業の橋本正春さんの錨の話につづき、プロペラの知られざる世界をご紹介したいと思います。タイトルの100万個は、当社が77年間の社歴のなかで作ってきたプロペラのおよその数です。月間に直すと約1,000個で、これは漁船用の小形プロペラから直径10メートルクラスの大型プロペラを含めたすべての個数の平均値です。

この100万個がそのまま100万種類のプロペラになる、すなわち、究極の一品生産というのが、プロペラのモノづくりの大きな特徴です。このような極端な一品生産になる理由は二つあると思います。ひとつは、船体、エンジン、運行状態といった様々な要素の最後の受け止め手がプロペラであるという技術的な理由です。もうひとつは、日本人の精神構造です。

プロペラの性能は、流体計算や模型試験でかなり厳密に把握することができるとはいえ、実際の運行中にその性能を正しく知ることは、現在の技術をもってもまず不可能です。それでもなお、0.5%のプロペラ効率が議論の的になるのは、少しでもよいものを求めようとする精神構造に原因があるといわざるを得ません。私たちが大トロマグロを求め、霜降り肉を好むのと同様に、少しでも有利に漁場に着き、少しでも価値のある獲物を手にし、競りに臨もうとする人々の努力がある限り、日本のプロペラは今後も一品生産を続けていくに違いありません。

職人技とテクノロジーの愉悦

6翼、直径9mの大型プロペラ

モノづくり一般にいえることですが、生産量が少なくなればなるほど、生産手段としての人間の技量がものをいうようになります。その究極の姿は、例えば工芸品に見られる職人芸であり、その至高の技は職人の悦びでもあります。毎回が一品のプロペラの場合、このあたりの事情はよく似ています。プロペラの原形となる鋳型製造には鋳物師の高度な職人技が必要です。また、翼後縁のごくわずかな部分に施される鳴音防止加工は、極め付けの職人技といえるでしょう。

鳴音とは、プロペラの翼後縁から発生する微細な渦の動きが翼の振動数と共鳴して発生する音です。人間の耳にも聞こえますが、音響器機では鮮明に捕らえることができ、プロペラごとに固有のいわば声紋となることから、発生すると大きな問題になります。しかし、この現象は極めて微妙である上に、複雑な自然現象の影響を受けるために、事前に流体計算で予測するのは容易なことではありません。

このような場合も、人間の指先の感覚が問題の所在を見つけ、問題解決に至ることが多いのです。これほどの職業能力を身に付けた者にとって、作り上げる対象としてのプロペラは職人の意欲をかきたてる、まさに生きがいなのです。

しかし、人間技には欠点もあります。再現性の低さです。プロペラでこの問題がいちばん大きく現れるのが翼表面の仕上げです。大型プロペラでは一枚の翼といっても畳数畳分になることがあり、その微妙な曲面を手仕上げで正確に仕上げることは不可能です。

こうした問題を解決するには、流体力学によって得られた三次元のプロペラ形状と、それを金属の塊として正しく再現するNC翼面加工技術が必要です。当社がこれらの技術をはじめて具体化したのは1974年でした。これによって実際のプロペラの形状は設計寸法に近付き、キャビテーションエロージョン ※ が生じたとき各翼同じ位置に損傷が出るなど、著しく形状の再現性が向上しました。

このようにプロペラの一品生産は、職人技とテクノロジーの融合なくしては成り立たないモノづくりの世界なのです。そこにまた、一品生産ならではの悦びがあります。

プロペラづくりの悩みと憂鬱

ところで、巨大な工芸品ともいうべきプロペラの値段はどのようにして決まるでしょうか。一品生産といえばオーダーメイドです。服飾の世界では、高級注文婦人服にはオートクチュールという特別な名前が与えられたりもします。しかし、プロペラは一品生産といえども特別注文の高級品という扱いではなく、中身や性能とはほとんど無関係の計り売りです。キロ当たりいくらの世界なのです。しかも、大トロや赤身といったクラスもありません。

それでは船舶用プロペラの市場規模はどれくらいなのでしょうか。2002年度の統計によると、その国内市場規模はたったの176億円です。なんとこれは、平均的なパチンコ店10店鋪の売上と同じなのです。しかも市場規模は30年間で30%も減少しています。価格といい、市場といい、海の縁の下は冷え冷えとして暗いというほかありません。

以上は問題のほんの一端ですが、プロペラ製造の世界は、その部分においてはどこか悦楽的でありながら、全体としては相当に老熟し、いかにも天変地異に弱そうな性質を持っています。私たち当事者にとってこれは、ニッチ企業やオンリーワン企業などという言葉とはうらはらの、根本的な憂鬱をもたらすものといえます。

憂鬱から最適創造カンパニーへ

こうした状況を解消しようと、私たちは2000年に企業コンセプト策定のためのプロジェクトを設けました。およそ半年間の活動や総合カタログの制作などを通じて私たちがたどり着いたのは、<最適創造カンパニー>という企業コンセプトでした。私たちはこの最適のなかに、プロペラのモノづくりの原点を思うと同時に、企業文化の継承と発展の鍵があるのではないかと考えたのです。

そして現在、この新しい企業コンセプトのもとに、医療、生活、環境の三つの分野に新規事業を展開しています。<カンパニー>とは、最適創造で広がる人々のつながりです。そして、最適の広報活動とは何か、最適の新商品とはなど、最適をめぐってさまざまな議論が交わされるようになりました。<最適創造カンパニー>という企業コンセプトはまだ生まれたばかりですが、これを足掛かりに一日も早く憂鬱を超え、新しい最適世界を切り開いていきたいものです。(了)

キャビテーションエロージョン:プロペラを長期間使用していると、翼表面が虫歯状に削り取られたり穴が空いたりすることがある。この現象をキャビテーションエロージョン(壊食)と呼ぶ。その発生メカニズムは次のとおり。プロペラが水中で回転すると翼表面に低い圧力が発生する。圧力が一定限度以上下がると、その部分の水は沸騰し気泡を形成する。気泡は翼の前縁付近で発生し、翼後縁に向かって流れると同時に回りの圧力回復により押しつぶされ消滅する。この気泡崩壊の際、回りの水が気泡に向かって引き込まれ、マイクロジェット流を形成する。この流れは微細だが、気泡が短時間で崩壊するためその流速は、ライフル銃の弾丸速度を超えるほどの高速になる。このジェット流を受けて翼表面が物理的に破壊される現象がキャビテーションエロージョンである。

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