Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第81号(2003.12.20発行)

第81号(2003.12.20 発行)

島国日本の学校で海の教育は?

北海道大学名誉教授、日本海洋学会海洋教育問題研究部会長◆角皆(つのがい)静男

小・中学校の学習指導要領理科編に海は登場しない。これは大学の理学部に海洋学科がないことに起因している。それはまた、海洋の科学を十分に教えられる教師が極めて少ない原因にもなる。こうして、海の正しい理解が日本人から遠いものになっている。

理科教育が得意で熱心な先生がクラス担任になると理科好きの子供が、国語教育に情熱的な先生が担任になると文学や作文の好きな子供が増えるとよく言われる。学校教育は、単に知識を与えるだけでなく、子供たちが将来伸びていく方向にも大きな影響を与える。それゆえ、多くの人々にとって、学校で教える教科の内容と教える教師とが極めて重要である。そこで、海の教育においてその2点がどのようになっているか取り上げてみたい。なお、ここでは、海の科学に関わる教育、つまり、理科に限ることにし、社会科に関わるものは取り上げないことにする。

理科の教科の中で海がどのように扱われているか

これについて驚くべきことを発見し、本年2月「わが国の初等・中等教育における海洋学教育の現状に思う」を書き、私のホームページ(http://www.h5.dion.ne.jp/%7Emag-hu/著作リストII-6-24)に掲げるとともに印刷公表した (海洋調査協会報,No.72, 8-14, 2003)。これは、学校での教育、教科書の基本となる学習指導要領が昨年4月に改訂されたのに伴い、平成11年に当時の文部省が発行した学習指導要領とそれを解説した冊子を調べた結果である。驚くべきこととは、その小学校学習指導要領解説理科編全122ページと中学校学習指導要領解説理科編全162ページの中に、マグマ、プレート、アメダス、前線という語はあっても、海という字がまったく見られないという事実である。つまり、海は小・中学校でまったく教えられない、教えなくてよいということである。

さて、高校ではどうであろうか。高校の理科は選択制になり、多数の科目がある。そのうち、物理I、物理II、化学I、化学II、生物I、生物II、理数物理、理数化学で海はまったく登場しない。理数生物には、わずかに海浜という1語がある。これは当たり前という人がいるかもしれない。しかし、私はそうは思わない。物理に地震の波、化学に衣料・食品の化学、生物に川や池のプランクトン調査があるから、物理に海の波、化学に海水の化学、生物に海のプランクトンがあってもおかしくないと思う。理科基礎に海嶺、海洋資源、海洋開発の3語、理科総合Aに海洋底の1語、理科総合Bに海岸、海溝、海嶺、海洋底、海洋等の水質汚濁の5語があるが、海洋の科学からはほど遠い。地学Iと地学IIには、海は多数登場する。大気海洋のペアでの構成、構造、運動、現象、相互作用があり、海洋の層構造、海流、海水の循環、海洋の観測、海洋による輸送、海洋研究船、海底の地形、海面水温、海洋潮汐、(気候の形成)海洋の働き、海洋資源、海洋開発がある。まとめれば、海洋は高校の地学で教えられているが、地学は履修者が少ないという問題とその内容が偏っているという問題がある。海の化学成分や海の生物(生態)が関わることは、地学ばかりでなく、理科の全科目を通してまったく登場しない。

どのような教師が理科を教えているか

この問題は、教育課程の中には、理科のほかに、特別活動及び総合的な学習の時間があり、中学校では選択教科としての理科があることから述べたい。新たに総合的学習の時間が設けられ、いろいろな狙いが書かれているが、要は個性を伸ばすという点にある。その時間数は、小学校では理科より多く、中学校で同程度、高校でも毎週1-2時間ある。その内容については、その学校や教師の創意工夫に任されているから、ここに海洋が食い込む余地はある。しかし、私は次の2つの理由により、このような時間を設けることに懐疑的、むしろ反対である。

その理由の第一は、冒頭にあげた理科好きの子供が増える問題と同根である。本来は、理科好きになることで個性が発揮できる者が理科好きになればよい。全員が理科好きでも困る。私は日本の教育の最大の問題は、画一教育だと思う。この総合的な学習の時間も、個性を伸ばすといいながら、子供たちを一斉にある方向に動かすのではないかと危惧している。もう一つの理由は、1人の教師が、クラス全員が満足するようにこの種の教育を行うことは不可能だからである。その教師の守備範囲内の限られたものしか教えることができないから、教科の補講的なものでなければ、学習というよりは遊びになってしまうだろう。

したがって、もし個性を伸ばすために総合的な学習の時間を強いて実行するとしたら、まず基本的な教育をすべての子供たちに共通的に行い、それをもとに総合的な学習の時間に何をやるか各自に決めさせればよい。具体的には、例えば、その時間には学年、クラスの壁を外して、それぞれが全校の中から1人の先生を選び、その下で学習するのである。つまり、これは個人またはグループで行うクラブ活動のようなものである。そして、海洋がそのクラブの一つとして認められていればよい。そのためには、基本的共通的部分の教育に海洋が入っていなければならない。そして、海洋を教え、リードできる教師がいなければならない。しかし、現状は、海洋を十分に教えられる教師は極めて少ないだろう。

実は、海が教えられていないことと海を教えられる教師がいないことの根本的原因は同じで、それは大学の理学部にある。高校の理科の教科書は、理学部の編成とほぼ同じである。これは理学部出身者が高校へ行って理科を教えるので、理学部にないものは教えられない(教えるようにならない)からである。海の化学や生物学は、理学部にないから高校の理科の中にない。小・中学校の理科は高校の理科に行き着くようにできているから、高校にないものは、小・中学校にありえない。海洋物理は、それが地球物理学の1分野として大学にあるから高校にある。しかし、新参のため、気象に比べるとずっと少なく、小・中学校に入り込めていない。

海の科学が教えられないことの影響は何か、またなぜその教育が必要か

海の炭酸のこと、生物生産、温室効果などその基本の教育は不十分であるにもかかわらず、結果が重要なために関連分野の教育で無視できない場合がしばしばある。しかし、他分野の者が教科書を書き、教えると、往々にしてレベルが低かったり、間違ったりする場合(例えば、海洋深層水)がある。そんな例を私のホームページに「高校地学教科書の誤りと問題表現」(03.5.9記、著作リストIV-4-76)という題で載せた。

初等・中等教育においてなぜ海の科学の教育が必要か、その対策は何か(上記から判断できるとは思うが)について書く紙数が尽きてしまった。これは別の機会に譲るが、この小論のタイトルに注目してほしい。海の正しい理解が日本人の偏狭な島国根性を棄て、世界人となるために不可欠と私は考えている。(了)

第81号(2003.12.20発行)のその他の記事

  • 島国日本の学校で海の教育は? 北海道大学名誉教授、日本海洋学会海洋教育問題研究部会長◆角皆(つのがい)静男
  • 船舶用プロペラの魅力と憂鬱 ナカシマプロペラ(株)IOS開発グループ◆久保博尚
  • 海洋でのエネルギー・食糧生産 (株)大内海洋コンサルタント代表取締役◆大内一之
  • 編集後記 ニューズレター編集代表((社)海洋産業研究会常務理事)◆中原 裕幸

ページトップ