Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第7号(2000.11.20発行)

第7号(2000.11.20 発行)

ダイアローグ「竜馬と乙姫」

東海大学海洋学部教授◆酒匂敏次

20世紀後半、海洋研究は驚異的といってもよいほどの展開を果たし、多大の成果を挙げることができた。その結果、海洋が地球環境の変化に果たす役割とその資源的なポテンシャルがきわめて大きいことが明らかにされつつある。同時に、近年の人間活動が海の健康を蝕みはじめているという証拠も見つかりはじめている。世界各国は協力して早急に海の健康管理にたち向かう必要があるのではなかろうか?

残留PCB濃度
晩秋の浜辺はここ南国でも一抹の寂しさを感じさせるものだが、太平洋を見おろすスロープに腰をおろして話し込むふたりの周辺には華やかさと熱気が漂っているようにも感じられる。
竜馬:地上ではもうすぐ21世紀がはじまるということで、20世紀の評価、21世紀への期待などが語られる昨今ですが、姫のいるあたりではいかがですか?
乙姫:私の住んでいるところは時間の感覚が地上とはまったく違うので、世紀とかミレニアムとかいわれてもピンとこないかもしれないわね。
竜馬:とにかく最近四半世紀というのかな、この間の海洋研究の発展とその成果はすごいものだということのようだね。その結果、地球環境、地球資源に関わる海の役割がかなりの精度で確かめられたのだが、結論から言えば、以前想定していたレベルをかなり上回る影響力、ポテンシャルを海はもっているということのようで、明るい話とも言えるし、「賢い利用」がますます重要になるとも言えるだろうという気がするね。
乙姫:たいへんいいお話ね。私たちもいつも歌と踊りで遊び暮らしていると伝えられているようだけど、環境のモニタリングや蒐集した情報の解釈をめぐっての議論など結構熱心にやっているのよ。奥深いところに匿しておいた資源、地球・生命の秘密、とうとう見つけだしてしまったのね。私たちには独占しつづけるつもりはないので、それはそれで人類のためにおめでたいこととしてお祝いを申し上げたいわ。ただ、お願いしたいのはせっかく手に入れた資源、手に入れた知識を賢く使ってもらいたいということかしら。

青年は美女の「人類の......」という言葉に寸時の間こだわった。妖しい光を放つ美しい肌の断片でも手に入れば、DNA鑑定という手もあるのだが......。妄想を断ち切って、彼は話をつづける。

竜馬:「賢い利用」、これが21世紀のもっとも重要な課題になるだろうけどね。その実現のためにはいろいろ乗り越えなければならない障害はある。簡単に言えば力を合わせるということかな。垣根だとか既得権だとかをとり払う。各国がその沿岸海域についての責任を果たす。その上でグローバルな問題については国際協力でということになる。
乙姫:竜馬さん、あなたならできるわね。まず手始めにこの日本の中の垣根を低くしてEEZの総合管理に向けてみんなの協力をとりつける。そんなことから手をつけることになるのかしら?

青年はこの異境からの訪問者が意外に的をついた意見を述べるのを感心して聞きながら、一世紀半の昔、自分と同名の青年が大きな目標に向かって歴史を駆け抜けていったことを想った。あの頃、日本という国は多くの藩に分かれてはいたが、自然は美しかった。循環型資源利用も実行されていた。鎖国、ああ!なんと甘美に響く言葉だろう。でも、あの同郷同名の先輩はそうは感じなかったにちがいない。

乙姫:ところで、もうひとつお願いしたいことがあるわ。海の無限の可能性も極上の宝も、海が病に倒れてしまったら絵に描いた餅になってしまうかもしれないのが気がかりなのよ。今日も亀吉の背に乗ってここまでやってくる間にたくさんのプラスチックの群に出会ったわ。亀吉にはよく言い聞かせてあるけれど気になるわね。
竜馬:姫の住んでいるあたりまで、工業化社会の製品が押し寄せているのかな?
乙姫:竜宮城そのものは四次元空間に浮かんでいるので、直接には影響を受けることはないけれど、接点を通って三次元空間に旅をするごとに、工業化社会の産物というのかしら、これが海の健康を蝕んでいるのではという危惧を感じないわけにはいかないのよ。
竜馬:たしかに、科学技術に支えられた20世紀社会の繁栄は今後も貧困と不平等から人類を解放するために続いてほしいけど、その間に海や地球が病に倒れてしまっては何もならない。海の健康管理、この方が先かもしれないな。

夕方の気配が濃厚となり、風も出てきたようだ。姫はいつの間にか掌の上の小さな箱に向かって話しかけている。

乙姫:亀吉に連絡がとれたわ。ふつうは発信機を海水につけないといけないのだけれど、今回はアンテナを伸ばすように言っておいたから、ちゃんと言いつけを守っていたみたい。
竜馬:もう戻らないといけないようだね。しかし、海の健康管理の話、どうすればいいか、もう少し教えてほしいな。僕はやるつもりだよ。
乙姫:ありがとう。竜宮城の資料館には昔のデータもあるかもしれないしね。昔といっても一昔が何億年になるかしら。いいわ。また地上に来るときに落ちあえるようにこの箱を肌身につけておいていただけるかしら?

いつしか姫は、シャツのポケットに入る大きさの薄型のケースを青年に手渡していた。これが玉手箱というものかもしれない。青年は昔話を思い出して一瞬不安になったが、箱にはどこにも開けるときの手がかりのようなものが見当たらない。ブラックボックスというところか。まあいい、どうしても内容を知りたくなったら友人の勤務している病院でCTスキャンしてもらえば、開けなくても何とかなる。そんなことを考えているとすでに海辺に向かっている姫からの声が聞こえてきた。

乙姫:今度は亀吉より速く泳げる仲間と来ることにするわ。そうすればもう少しゆっくりお話ができるでしょう。水中から出たところでシグナルを送ると、その箱があなたにメッセージを伝えてくれるはずよ。
See you again !
ウミガメ類から出現する廃棄物
 

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