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オーシャンニューズレター

第79号(2003.11.20発行)

第79号(2003.11.20 発行)

海事保安の本質的な問題

株式会社エム・オー・マリンコンサルティング 海洋技術部首席研究員◆大井伸一

米国同時多発テロ以後、「海事保安」への危機感は急速に高まった。米国主導による船舶及び港湾施設に関連したテロを防止するための国際ルールの策定が進められるが、その実施には課題が山積すると言える。海事保安の問題は画一的・機械的に処理できるものはない。各方面にわたっての調整や多面的かつ慎重な検討が必要な困難なものばかりである。

急がれる海上港湾テロ対策

港の貨物
複雑かつ多様な運用実態に合わせた保安措置が求められる

「海事保安」というのは「MaritimeSecurity」の訳語であり、2001年9月の米国同時多発テロ以後急速にクローズアップされた言葉である。乗っ取った航空機を武器として米国が主導する自由主義経済の象徴である建物を瓦解させ、何千もの生命を奪うというこの事件を目の当たりにした海事関係者にとっては、船舶が国際的な大規模テロの標的として、直接の手段として、また、大量破壊兵器やテロリストの輸送手段として利用されることを懸念し、恐怖するというのは極めて普通の反応であろう。事実、密輸・密航や海賊の事例は後を絶たず、2002年10月にはイエメン沖でタンカーに自爆ボートが突っ込むという事件が起きている。米国国務省は2003年9月26日付けのWorldwideCautionで、海事関係テロへの警戒を呼びかけてもいる。

9・11以後、米国はIMOにおいて強力なイニシアチブを発揮し、船舶及び港湾施設に関連したテロを防止するための国際ルールの策定を主導し、2002年12月にSOLAS(海上人命安全)条約の改正決議が採択された。これにより新設された附属書第XI-2章では、国や船舶管理者、港湾施設管理者に対し、保安を高めるための措置をISPS(国際船舶/港湾施設保安)コードに従って講じるよう義務づけている。

活動を規制する必要がある区域(制限区域)を設けて、そこへの武器や爆発物の持ち込みをはじめとする不法な行為を防止するための措置(ガイダンスには採用できる措置としてフェンス等による仕切り、出入りする人・車両・物品のチェック、巡回や立哨、監視装置等による制限区域内外の監視等が挙げられている)を、船舶・施設の特性や状況に応じて適切に実施することが要求されることとなる。

この改正SOLASの発効は2004年7月1日であり、残された準備期間は本稿執筆時点で約9ヶ月となっている。

実施のために解決しなければならない課題は正に山積みであるが、ここでは基本的な実施上の問題点を一つ挙げてみたい。

保安基準の策定と公表には限界がある

保安事件の予防を目的とした措置を盛り込んだものが、船舶保安計画と港湾施設保安計画である。それぞれの保安計画は国の承認を受ける必要がある。なお、ここでいう「保安計画」は将来の計画ではなく、合理的な移行期間の後はそこに記載された措置が決められた手順通りに実施されている状態(その検証のための手順も設けられる)が必要となる。

国際条約・コードの履行の上では、「首尾一貫した公平な適用と効果的な実施」が重要とされており、そのためには、「何をどの程度実施すれば良いのか」という具体的な基準やガイダンスが必要との声が上がっている。これはもっともな話ではあるが、この作業はそう簡単なものではない。「基準」を検討する上での本質的な問題点が二つある。

一つは、「保安措置はその実行可能性と有効性を考慮し、リスクに応じた適切なものを適切な程度に実施する」という基本思想がある。One-size-fits-all※の考え方はまずここで退けられている。これにより、保安措置というのは画一的な基準を作る考え方になじみにくいという性質がある。

もう一つは、保安措置の具体的な内容はSensitiveSecurityInformation(SSI:機密保安情報)の性格を有するものであり、不用意に公表することができないという点である。「どういう施設ではどういう保安措置をとっている」ということが一般に知られてしまっては、テロリストにその情報を悪用されるおそれがある。必要に応じて必要な者に(「needtoknow」ベースで)知らせる場合でも、情報の不正な流出を防ぐために厳格な管理が求められる性質のものなのである。

つまり、従来論じられてきたような、施設・設備や運用の安全基準のようなものとは根本的に異なる側面を有しているのである。相当程度に画一的な仕様基準や運用基準を決めて公表して終わりというわけにはいかない。ISPSコード上の機能要件と国が定めようとする(あるいは外国から求められるであろう)保安水準とをにらみながら、何をどの程度まで基準化し、誰に対してそのうちどこまでを知らせるか、慎重に判断しなければならない。

意識の高揚と人材育成こそが最も重要

基準の明確化に限界があることから、実際の方策や手順はどうしても実施主体である人や組織の裁量によるところが多くなる。船舶や港湾施設の管理者の立場からすれば、リスクと保安措置の効果を適正に評価し、効果的な保安措置を策定・実施・維持できるよう、個人や組織の能力と保安意識を高めることが海事保安施策の効果的実施のために非常に重要な要素となる。

ISPSコードは船舶/港湾インターフェースの保安性向上をその主目的としており、これを履行するための措置は、船や港をその活動の場とするすべての海事関係者に及ぶこととなる。海事関係者は伝統的に海賊・密航・密輸・貨物盗等の脅威にさらされて来てはいるが、これが大規模な国際テロによる甚大な被害に結びつくとの視点が必要となった今、その取り組み方は大きく変わらなければならない。

今回取り上げた問題にとどまらず、海事保安の問題はどの側面をとっても、画一的・機械的に処理できるものはない。各方面にわたっての調整や多面的かつ慎重な検討が必要な困難なものばかりである。人材育成や調査研究に注力(財政面での支援を含む)して意識の底上げと知見の深化を図ると共に、従来の船舶、船員、海運、港湾(海上貨物)、治安などに関する行政組織や団体の枠に縛られない、横断的かつ有機的な取り組みが必要である。(了)

※ One-size-fits-all:いわゆるフリーサイズの意味。単一の規格品を多様な個々の存在に一律に当てはめる考え方や手法を称して言う場合がある。

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