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オーシャンニューズレター

第79号(2003.11.20発行)

第79号(2003.11.20 発行)

森と里と海の連環研究

京都大学フィールド科学教育研究センター教授◆山下 洋

京都大学フィールド科学教育研究センターは、生態系間の複合的な作用機構の解明という視点から地球環境学研究を推進するために設置された。研究の核となる森里海連環学の創生と、関連する教育研究について紹介したい。

平成15年4月に京都大学フィールド科学教育研究センターが設置された。当センターは、農学研究科附属3施設(演習林、水産実験所、亜熱帯植物実験所)と理学研究科1施設(瀬戸臨海実験所)を統合したものであり、90名近い職員(うち教官26名)を擁する。現在、多くの大学でフィールド系の施設がフィールドセンターへと再編されているが、そのほとんどは研究科内の附属施設の統合である。当センターは北海道大学北方生物圏フィールド科学センターや琉球大学熱帯生物圏研究センターなどとともに、数少ない全学的フィールドセンターとして位置づけられる。

設置の背景と理念

■フィールド科学共同研究ネットワーク
フィールド科学共同研究ネットワーク

京都大学は、平成8年度に京都大学環境フォーラムを発足させ、地球環境問題を多様な側面から総合的に取り組む教育・研究機関を組織することが必要であると結論した。その後、これを具体化するための地球環境学研究構想に沿って、生態学研究センター(平成13年度)、大学院地球環境学堂・学舎(平成14年度)が設立され、フィールド科学教育研究センターの設置により、体系的な地球環境学に関する教育研究体制が完成した。これら3つの組織は、地球規模で急速に進行しつつある環境の変化やそのメカニズムに関する教育、研究を連携して推進し、共生系※1としての健全で循環的な地球生物圏の回復と維持に貢献することを目標としている。また、本センター上賀茂試験地に設置された国立総合地球環境学研究所との密接な共同関係を構築することにより、地球環境学研究を推進する。

有史以来人類は環境に働きかけ、環境と"対話"しながら巧みに生きてきた。しかし20世紀の人口の急激な増加と科学技術の進展は、人類の生存基盤である環境をその許容限度を超えるまでに改変し地球環境問題に直面するに至った。一方で、人類が自然と共生するシステムとして築き上げてきた典型的な例が、里山に代表される自然と調和した人間の生き方が集約される里域である。里域の生態系は、わが国の自然環境を特徴づける森林生態系と沿岸海洋生態系の間に位置し、その不可分な連環をつなぐ重要な役割を果たしている。

これまで、生態系は既存の研究体制の下に個々のユニットごとに研究されてきた。しかし、圧倒的な人間活動のインパクトは、個々の生態系の枠組みを超えて生態系間の循環に大きな影響を与えており、人類の生存のためには、複合的な自然生態系と人類との共存システムの解明が不可欠である。当センターでは、森林域、里域、沿岸海洋域の生態系間の連環機構を解明する「森里海連環学」という新しい学問領域の創生とそれに基づく新しい価値観の創造を目指している。

今後の研究の展開

「森は海の恋人」と言われ始めて久しい。沿岸海域の環境を健全化し豊かな海を作るために、日本各地で森に木を植える運動が盛んである。しかし、森に木を植えることにより沿岸域の環境がどの様な機構でどの様に変化するのか、科学的にはほとんどわかっていない。すでに述べたように、両者の関連を複雑にしているのが里域の存在であり人間活動である。

京都府北部を流れる由良川は、当センターの芦生研究林を源流域とし、中規模の都市と農村により構成された里域を経て、舞鶴水産実験所のある舞鶴湾近くに流入しており、森里海連環学の研究フィールドとして絶好の立地条件を提供している。森林域、里域、海洋域の異分野の研究者が、物質循環、生物生産、生物多様性などの視点から、森から海までの生態系間相互作用に関する研究に取り組んでいる。また、森、里、海の関係は、気候帯によっても大きく異なると考えられる。特に、亜寒帯域の北大北方生物圏フィールド科学センターや亜熱帯域の琉大熱帯生物圏研究センターとの積極的な連携と共同研究は重要な課題である。さらに、熱帯域フィールドを求めて、京都大学の研究拠点が多数あるタイにおいて、共同研究ネットワーク作りを具体化しているところである。

今後の教育の展開

教育は、研究とともに当センターの最も重要な柱である。京都大学の学生、大学院生に対する環境学、生態学、生物生産学等のフィールド教育の場として、全学に実習を中心とした教育プログラムを提供している。本センターの教育活動を特徴づけるものとして、1回生を対象とした少人数セミナーと、1-4回生を対象とした森里海連環学実習がある。前者は10名以内という少人数の1回生に、テーマを絞ってフィールド科学を体験させるものであり、フィールド科学への興味を拓く場として重要な役割を果たしている。来年度はセンターとして11科目を提供する予定である。また、後者はわが国では他に例を見ないユニークな実習である。今年度は由良川に沿って、芦生研究林から舞鶴湾まで約1週間かけて、環境および生態構造の変化を調査した。今年度は初めての試みであり反省点も多々あるが、実習を通して学生とともに森里海の繋がりについて新しい視点を探す旅の始まりとなった。来年度は、近畿圏での実習(森里海連環学実習I)に加えて、北海道の京大標茶(しべちゃ) 研究林から別寒辺牛(べかんべうし)川を通して厚岸湖までの複合生態系についても、北大と共同で森里海連環学実習IIとして実施の予定である。

最後に社会との連携について簡単に述べたい。各研究林、実験所は地域との連携と社会貢献を模索して、様々な講演、公開講座、市民と子ども達のための実習、小中高等学校への出張講義等を行っている。舞鶴水産実験所では、市民が自然との共生を体験を通して学ぶことができる人工塩性湿地(saltmarsh)のビオトープ ※2を敷地内に建設する、人と自然の共存学習センター構想を温めている。平成16年5~8月には、京都大学総合博物館春季展示として、本センターの活動を紹介する「自然に抱かれた教育研究拠点から地球再生を展望する(仮題)」を計画している。(了)

由良川源流域(芦生研究林)での実習の写真舞鶴湾での実習の写真
由良川源流域(芦生研究林)での実習舞鶴湾での実習の写真

※ 1 共生系:人類が地球環境を破壊せずに自然生態系と共存するシステム

※ 2塩性湿地のビオトープ:塩性湿地は、海の入り江に発達する沼地であり、ビオトープとは野生生物が動植物の共同体である生物群集全体として生息する空間を指す

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