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オーシャンニューズレター

第77号(2003.10.20発行)

第77号(2003.10.20 発行)

海上保安庁と武力紛争法

防衛大学校国際関係学科教授◆真山 全(あきら)

海上保安庁は、警察であると認識されているが、武力紛争時に敵対行為に踏み込むことがありうる。海上保安庁は大勢力で装備も充実しつつあるだけに、その活動と武力紛争法の関係を整理しておく必要がある。

はじめに

わが国では有事法制整備が継続中で、国際法の一部たる武力紛争法※1への関心も高まっているが、警察の武力紛争法上の地位が議論されることはあまりない。行政法上の警察概念はさておき、一般に警察は、武装した法秩序維持文民機関と理解されている。しかし、わが国を当事国とする武力紛争においては、国内法が警察に与えた任務が武力紛争法上の敵対行為となることがあるかもしれないし、警察施設が軍事目標とされることもありうる※2。警察の武力紛争時の地位を有事法制整備の機会をとらえて確認しておく必要がある※3 。

1.陸上警察と海上警察

陸上警察の地位を武力紛争法関連条約は直接に規定していないものの、陸上警察は、文民機関であって敵対行為から保護されることが条約上間接的に示されている。例えば、わが国も近々に締約国になるといわれるジュネーヴ諸条約第一追加議定書は、第59条で無防備地域に「法及び秩序の維持のみを目的」とする警察が存在してもなお同地域は攻撃から保護されるとしている。このことは、陸上警察は法秩序維持という任務に従事している間は保護対象となることを示している。

とはいうものの、法秩序維持任務と敵対行為が武力紛争中常に明確に区別されるとは限らない。この点については、例えば、村の駐在さんがベイルアウトした敵国軍用機搭乗員の身柄を拘束できるか、あるいは発電所警備の警察官がその破壊を企図する敵国軍隊に抵抗してもよいか、といった問題がすぐに思い浮かぶ。敵対行為に直接参加すればその保護が奪われる点は文民一般と同じであるけれども、警察は組織として動き、しかも武装しているため、何が敵対行為を構成するかは一般の非武装文民の場合よりも重大な問題となる。

海上警察については、外国との接触が陸上警察に比し頻繁であるために、その行為を武力紛争法上いかに位置付けるかの問題がさらに顕著に生じるはずである。しかし、武力紛争法には海上警察の地位を定める具体的規則は見あたらない。これは、多くの諸国において海軍が海上警察を兼ねるか、あるいは米沿岸警備隊のように対外的防衛任務をも持ち武力紛争法上軍隊であるような機関に海上警察機能が与えられているので、武力紛争時の海上警察の地位を云々する必要がさほどなかったからであると思われる。

2.海上保安庁

しきしま
巡視船「しきしま」(7,175総トン)。船橋前に35mm連装機関砲及び20mm多銃身機関砲2基が見える。「しきしま」は、わが国巡視船としては重兵装で対空レーダーも装備し、武力紛争時に補助兵力として使用するための相応の能力がある。(写真:読売新聞社)

海上保安庁は、米沿岸警備隊とは異なり、国内法上も武力紛争法上も軍隊ではないといわれている※4。また、自衛隊法第80条で海上保安庁が防衛庁長官の指揮下に入ってもなお武力紛争法上の軍隊にはならず、本来の警察的任務のみに従事すると解しておけばよいとされる※5。しかし、武力紛争の存在している状況では、海上保安庁の任務で敵対行為となるものがあるかもしれない。

例えば、公海やEEZでの軍事情報送信は敵対行為とされる場合があり、そのような送信を行う船舶は目標たりうる。海上保安庁は、武力紛争時には哨戒を一層強化するであろうが、わが国を当事国とする武力紛争で巡視船が敵国海軍艦艇位置を通報するなら、当該巡視船は攻撃又は拿捕を免れない。

また、武力紛争中にも継続される密入国阻止任務として、「しきしま」のような重兵装巡視船が所要の手続の後、侵入する敵国海軍小舟艇を阻止又は破壊したとすると、かかる行為は敵対行為を構成し、相手からの攻撃を法的に非難できない。さらに、海上保安庁が武力紛争法上の軍隊ではないとの立場を貫徹すると、「しきしま」乗組員は戦闘員資格のないまま組織的敵対行為に参加したことになり、敵国により乗組員が捕らえられた場合に捕虜として保護されない可能性も生じる。

加えて、武力紛争中に外国商船を臨検し、船体や戦時禁制品等を捕獲法の手続に従い引致できるのは軍隊だけである※6。したがって、海上保安庁巡視船がこの種の任務を行うならば、軍隊として扱われるか又はそのような組織でないにもかかわらず捕獲を実施したと非難されるかのいずれかである。本年、海上保安庁は、珊瑚海において諸国と臨検の演習を行ったが、こうした行動と武力紛争時の捕獲との相違を整理しておく必要もある。

なお、敵対行為に従事していないときでも、海上保安庁の施設等が目標とされることがある。同庁管理の港湾・通信施設や航法援助施設等は、軍事目標に該当する可能性が強く、これらは敵対行為に直接的に使用されずとも攻撃を受けよう。このことは、一般の文民が運用・管理する同種の施設についてもいえる。

おわりに

国内法上警察としての任務しか付与されていないと認識しても、武力紛争時に警察部隊が武力紛争法上の敵対行為に踏み込むことがある。また、敵対行為に従事していなくとも施設等が軍事目標とされることもある。海上保安庁は大勢力であって装備も充実し、任務も拡大されつつあるだけに、その活動と武力紛争法の関係を整理しておく必要は大きい。海上保安官の安全確保のためにも、わが国行政府と立法府においてこうした検討がなされることを期待したい。(了)

※1武力紛争法(国際人道法)は、武力紛争における戦闘方法・手段や戦争犠牲者保護等に関する詳細な規則から構成される。

※2敵対行為には、戦闘員殺傷、軍事目標破壊及びそれらの捕獲並びにそのような行為の直接的支援が含まれる。軍事目標は、軍事活動に効果的に貢献するものでその破壊がその時点において明確な軍事的利益をもたらすものをいう(ジュネーヴ諸条約第一追加議定書第52条参照)。

※3本論ではわが国を当事国とする武力紛争が既に存在している状況のみを想定し、海上警察の行為だけで武力紛争のトリガーが引かれるかにつき論じない。

※4近年、海上保安庁英語名称はJapan CoastGuardに変更された。Coast Guardという呼称は、米沿岸警備隊(US Coast Guard)の強い印象から、軍隊的と感じられることもままある。英語名称変更が諸国にどう受け取られたかは興味ある点である。なお、軍隊ではないという立場を反映して、海上保安庁巡視船及び航空機は、自衛隊とは異なる塗色と標識を持つ。特に海上保安庁機の国籍標識は、自衛隊機の使用する赤丸(ミートボール)ではなく日章旗で、これは軍用機との区別のため重要である(他方、わが国民間航空会社機は軍用機と同じ国籍標識を主翼に記しているので問題なしとしない)。

※5第一追加議定書第43条3項は、武装法執行機関を軍隊に編入する際には、他の紛争当事国に通報することを求める。自衛隊法第80条の措置をとった際にこの通報をすれば、海上保安庁を軍隊として機能させることをわが国が明らかにしたと敵国が理解する可能性があるので、注意を要する。

※6わが国憲法上否認される国の交戦権の一行使形態として捕獲がしばしば挙げられるが、わが国政府は、自衛権行使としてであるなら、敵国商船及び敵国と通商を行う第三国商船の通航を妨害できるとする。第三国商船通航妨害を自衛権に基づき実施可能と明言する国はまだ少数で、しかも比較的最近そのようなことが言われ始めたに過ぎない。また、自衛権に基づくか否かは別にしても、武力紛争中の外国商船とその積荷の没収には捕獲審検所の審検を要すると解されており、この種の行動を想定するならば、捕獲審検所設置を検討する必要も生じる。

本論執筆にあたり、防衛大学校総合安全保障研究科学生の猪瀬雅樹1等海上保安正及び辰巳屋誠1等海上保安正から海上保安庁の任務につき御教示を受けたので、ここに記して謝意を表する。

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