Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第75号(2003.09.20発行)

第75号(2003.09.20 発行)

小学校・中学校の教科書にみる「海」に関する教育の現状

日本大学理工学部教授◆横内憲久

四周を海に囲まれていながらも、日本国民は海への関心度は低いといわれている。その一因として、小学校から大学(大学院)まで含めた学校で行われる海の教育が十分でないという指摘は多い。そこで、義務教育である小学校や中学校では海に関する教育がどの程度行われているか、実際の教科書の海に関する記述を集計した。その結果、小・中学校の主要科目の教科書の約8パーセントのページを海に関する事項が占めていることが分かった。

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初等・中等教育が海への理解を促す

学問でもスポーツでも層の厚い分野は、レベルの高い研究者や選手が多いことが知られている。それは裾野(底辺)の広さが頂点の高さに比例するからであるが、層の厚さはまたその分野の情報量の多さにも連動し、そのことは当該分野の理解度を深めたり、それに伴う行動力を促したりする。したがって、そのような分野は年少時より興味をもたれているのが一般的であろう。

わが国は四周を海に囲まれ、古くから水産業や海運業など海からの恩恵を受けていながらも、海への理解が乏しいとはよくいわれている。この海に対する理解や知識の乏しさの要因が、広い裾野の形成に不可欠な、学校教育に問題があると指摘する識者は多い。花輪公雄氏は国民と海との付き合いが希薄な要因のひとつとして、「初等・中等教育において、海の科学に対する適切な教科書・教材・実習設備などが十分に準備されていないこと」※1を上げている。同様に、村田良平氏は「海洋国であるにしては国民一般の海に関する関心が他の海洋国に比べて低いこと(略)、初等・中等教育を通じて、少年少女に海そのものの(略)関心を持たせるべきでしょう」※2 としている。

これらの指摘は、著者も学生などと接するたびに実感はするが、これらの批判が適正なものであるかの確証はデータとして持ち得ていない。さらにいえば、初等・中等教育※3で海の何を教えれば、国民と海との付き合いが濃密になるのかも分からないのが本音である。そこで、まず義務教育である小学校および中学校では現在、海に関する事柄をどの程度教えているかを、実際に使われている教科書からできるだけ客観的に捉えてみた。小論では、現在(2002年)の教科書に海に関する記述がどれだけの量を有しているかを報告する。

海に関わりがある記述ページ数は教科書の約8パーセント

小・中学校で教える18教科・数百冊に及ぶ教科書すべてに目を通すことはきわめて困難である。そこで海に関する記述が多い教科ならびに学校現場で使用率の高い教科書の選定を行った。その結果、小学校では「社会」、「生活」、「理科」の3教科、中学校では「社会」、「理科」、「美術」の3教科に記述が多く、これら合計6教科を分析対象の教科とした(表1)。また、これらの教科に対応する教科書のうち、実際に学校で使用する比率(使用率)が高い教科書(出版者別)が表1にある合計75冊である。この75冊をみれば義務教育で用いられているすべての教科書の約9割を把握したことになるため、これらを調査対象のテキストとした。

調査は75冊の教科書を1ページずつ繰りながら海に関する事項を抽出した。抽出した事項は、「海の環境保全」、「日本の領海」など海そのものから、「遣唐使などによる文化交流」、「黒船来航」など海が間接的に関与したものまで、すこしでも海が介在するものすべてとした。これらの事項の総数は834掲載数となったが、掲載数では教科書全体のどの程度を占めているかは分からないため、1掲載を1ページに便宜的に換算※4 した結果、 表2にあるように、75冊の総ページ数7,384ページの約8%に当たる618ページが海に関する事項に割かれていたことがわかった。この8%が多いか少ないかは、論議を生むところであろうが、本稿においては事実のみを記しておくこととする。

海の科学と日常生活の視点が少ない

表3表4は、小・中学校別の使用率上位3つの出版者いずれにも掲載されていた教育事項であり、したがってこれらはほぼ9割の小・中学生が習っている共通する海に関する内容といえる。教科別では、小学校(275掲載)では84%が「社会」、残りが「理科」で、「生活」では3者に共通した項目はみられなかった。中学校(346掲載)では、「社会(地理・歴史・公民)」がさらに増えて海に関する内容の約95%を占め、総数も小学校の25%増となっている。内容の分類としては、小学校は「水産業」(32%)、「歴史」(20%)、「環境」(15%)を中心として教えているが、中学校では「水産業」関係は9%とごく少なく、「環境」関係も9%と減少し、代わって「歴史」が43%と小学校の2倍以上となっている。

具体的な教育内容としては、上述の花輪氏や村田氏の指摘のように、「海の科学を知る」、「海そのものに関心を持たせる」といった側面が少なく、とくに中学校「理科」では小学校でも習った「海水から食塩を生成できること」程度の項目しかなく、海の科学的メカニズムなどダイナミックでかつ定量的な視点が欠落しているようである。定量化といえば、わが国の約4,000港もの港の数、約3万5,000kmの海岸線総延長などの海洋国ならではの特徴は、領海や経済水域の範囲(中学校)と同様に数字として教えておく必要があろう。また、海に関心を向けさせるには生活や文化(小学校7%、中学校5%)などを多く取り上げるのも効果的であろう。さらに、多くの人々が訪れる都市のウォーターフロント開発や自然環境再生のための海岸整備など、積極的に海洋・環境の「楽しさ」についても記述が欲しい。これらの身近な事項を教えることによって、海への関心が増して裾野も広く、層も厚くなっていくはずである。

今回は義務教育における海の教育内容の現状を報告※5するにとどまったが、今後はこれらのデータのさらなる分析、本ニューズレターの読者や識者等からご意見等をいただき、初等・中等教育での海の教育のあり方を探っていく所存である。(了)

【補注・参考文献】

※1花輪公雄,我が国における海の科学の教育と研究についての所感,月刊海洋,Vol.32,No.1,2000

※2 村田良平,海洋をめぐる世界と日本,成山堂書店,2001.10

※3 学校教育法では、初等教育とは小学校、中等教育は中学校と高等学校を指している。

※4 同一ページに複数の内容の異なる記述があった場合、掲載数は複数としたが、ページに換算する場合は1ページとした。

※5 高樋克也,横内,岡田智秀ほか3名,海の教育に関する研究,日本沿岸域学会研究討論会,2003.7

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