Ocean Newsletter
第75号(2003.09.20発行)
- 独立行政法人 産業技術総合研究所 海洋資源環境研究部門◆小川洋司
- 函館国際水産・海洋都市構想推進協議会副会長、元函館海洋科学創成研究会会長◆沼崎弥太郎
- 日本大学理工学部教授◆横内憲久
- ニューズレター編集委員会編集代表者((社)海洋産業研究会常務理事)◆中原 裕幸
水中溶接・水中切断システムに関する技術開発の意義、今後の方向性
独立行政法人 産業技術総合研究所 海洋資源環境研究部門◆小川洋司海洋を身近にまた有効に利用するためには、活動基盤となるプラットフォームの経済的な建設と保守点検技術を確立する必要がある。水中における溶接と切断は海洋建築物における中心的な技術であり、より高い品質のための技術開発と経済性のいい作業のための自動化・システム化が研究されている。
はじめに
海洋を身近にまた有効に利用するためには、活動基盤となるプラットフォームの経済的な建設と保守点検技術を確立する必要があります。また、目的変更や目的の終了あるいは突然の事故に応じて、適切な補修や改造あるいは解体作業を安全にかつ速やかに実行できることが重要です。これらの作業の基礎となる技術が、溶接と切断です。溶接と切断は鋼構造物を建設し解体するための最も経済的な技術です。しかし、非常にデリケートな技術でもあり、溶接や切断に起因した大きな事故のニュースに接することもまれではありません。海洋という人間にとって過酷で危険な自然環境で、高品質な作業を迅速に実施する技術を開発しています。
何故自動化を
実際の海は、穏やかで美しい時ばかりではなく、猛々しく荒れ狂う時も多くあります。さらに、作業すべき水深は人間が直接潜水できない深さに及んでいます。溶接作業は特に熟練を要求する作業であり、体調の良し悪しが品質に大きく影響します。水深が深くなると周囲の圧力は高くなり、溶接や切断で用いるアーク放電は大きくその性質を変化させます。そのため、作業水深に応じて、適切に作業条件を対応させる必要があります。人間は非常に適応力が高く、効率良い作業を行えます。しかし、海中という行動の自由が制限され、思考力も陸上よりは低下する過酷な環境で、神経を研ぎ澄ませる作業を長時間持続することには限界があります。潜水作業による物理的・肉体的な問題のみでなく、圧迫感・脅迫感・孤独感などの心理的な作業阻害要因も多くあります。このような問題点を解決する手段として自動化・システム化の研究を実施しています。
技術開発の要素は
水中での技術開発に必要な研究要素は、(1)大気中と共通の技術の根幹にかかわる研究要素、(2)没水または湿潤雰囲気環境という特殊性に起因する研究要素、(3)高圧力環境という特殊性に起因する研究要素に区別できます。
溶接や切断は産業界で多く活用されており、すでに確立された技術だと認識されている人が多いと思います。しかし、実際は、非常にデリケートな技術であり、溶接する材料に含まれる微量な元素や水分、あるいは周囲の空気のほんの少しの巻き込みで、溶接現象はがらっと変化し、思いもかけない結果になる場合があります。自動化についても、過去の膨大な技術と知識の積み重ねを体現した熟練技能者が溶接ロボットに教示して、効率良く行っているのが実情です。熟練技能者が大量に退職しつつある現在、経験に裏打ちされた多くの技能を、誰にでも理解・継承可能な技術へと発展させることが急務となっています。
この解決のために、経済産業省の重要地域技術研究開発プロジェクト「溶接技術の高度化による高効率・高信頼性溶接技術の開発」が、主に関西圏の大学と企業を中心にして平成12年度から16年度まで5ヵ年計画で実施されています。私どももその一員として、極限的な環境だからこそ出現する物理現象を詳細に解析・分析することにより、陸上での溶接技術の高度化を図り、信頼性を向上させるべく研究を行っています。
ただでさえ溶接材料の防湿に気を遣う溶接を水中で実施するというのは、技術的には不可能と思えたほどの難題でした。高温で溶融した金属は非常に活性が高く、周囲の空気がほんの少しでも混入すると、とたんに溶融している金属の中に多くの気泡が発生し荒れ狂うことがあります。しかし、水に浸かったままで溶接・切断したほうが合理的、あるいは、嫌でも水の中で実施せざるを得ない対象が存在します。このため、私たちは実際に溶接している部分だけを局部的に不活性ガスで安定にシールドし、水中でも大気中と同等な溶接・切断が可能な技術を開発してきました。特にメガフロート技術研究組合が実施したプロジェクトでは、実際に現場で水中溶接・切断を実施し、多くの貴重なノウハウを蓄積し、明らかになった問題点の開発に傾注することができました。現在では、洋上に浮かぶ商用空港は、水中溶接・切断を実施することにより、経済的にかつ短時間で建造でき、また、途中での構造の変更や用途終了後の撤去などを合理的に実施できる格好の対象となっています。
高圧力環境に関しては、理論と実験の両面から基礎的な研究を積み重ねており、実用に必要なデータは充実していますが、アーク溶接の本質に関して未解明な部分が多く残されています。
今後の方向性
水中では人間の作業能力や安全性の問題から、陸上での技術より相当高い安全性や信頼性が要求されます。技術開発の方向としては、自律化・知能化という方向が中心ですが、技術自体の成熟度と経済性との関係で一足飛びに完全な自律作業ロボットの開発に向かうのは困難な状況です。作業対象によっては、手動工具の開発改良あるいは作業支援機器の開発改良を行うのが最善な場合もあります。最終目標は鉄腕アトムのような存在ですが、現実を見据えて実用的なシステムの開発をすすめていきます。(了)
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メガフロート技術研究組合と作成した水中補修溶接装置。 | メガフロートの水中ガス切断(開始時に船内に噴出する海水に無関係に切断可能) |
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- 編集後記 ニューズレター編集代表((社)海洋産業研究会常務理事)◆中原 裕幸