Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第71号(2003.07.20発行)

第71号(2003.07.20 発行)

海洋科学・技術の将来

海洋科学技術センター理事◆木下 肇

海洋の利用と管理には多方面の論、例えば水産資源/天然資源/エネルギー/防災/レジャー/可利用空間等に係わる議論がある。以下では海洋の水そのものが地球の生命にとってかけがえのない共有財産すなわち資源である事を、少字数内では極難問だが、社会的ニーズと管理体制問題は別に譲り、科学・技術的視点から一考する。

海洋の利用と管理における課題

海洋開発は未だ多くの難問を抱える※1。海洋の一側面は世界を循環する飲料から海運までを支配する水が主体である事だろう。水に直接/間接に関わる素晴らしい着想も、永い目で見ると間違いだった事もある※2。わが国では水が国民生活に深く溶け込んで「水」に関る言葉も「水も滴る、水も漏らさぬ、水に流す、水際、水臭い、水掛け論、水清ければ魚棲まず、谷川は三尺流れれば澄む......水盃」と数多ある。水は微生物、蘆や藻等の植物や地殻によって浄化され、また逆に地球の環境は海水が決める。今日の地球大気の温和な平均気温は巡廻する海水のお陰である。然るに海洋は高い能力を秘めた無限の宝庫ではなく、海を浪費して良い訳はない。海を汚し続ければ結局は海を殺し、人は生きられない。人の血清は海水とほとんど同じ構成※3で、人の胎児は成長する過程で擬似鰓を持つなど、人間にも過去に海中生物の一員を祖先に持つ系統発生的な痕跡がある。海との調和的付き合いに科学と技術力の応用が可能か、社会的対応の時が来たと言われて久しい。

海洋を時間/空間的に変動する入れ物ではなく、単純な物質として観てもその役割りは多岐に及ぶ。環境媒体としては生物資源も含め生命の源、地球大気温度の調節弁、資源の格納庫等の役割りがある。反応媒体としては、地殻を溶かし空隙を作り大地震を引き起こしたり、有機無機物を分解し尽くす超臨界水の激性がある。伝達媒体としては音波を捕捉し、かつ伝播する機能がある。以下では海運やレジャーあるいは文明の道等の問題は他に譲るが、海を利用するためには本性の把握、長く付き合うためには保全方策立案とそれらの周知は欠かせない。現状を大雑把に括ると以下の項目が揚げられる。

(1)利用する=・閉鎖海域水質改善 ・波力/温度差発電 ・海洋深層水利用や淡水化 ・鉱物資源(ウラン抽出など) ・音響(通信や海洋物理的イメージングなど)

(2)知る=・物理や生物観測 ・地質や地震探査・掘削に依る地殻-マントル探査など。(地質調査/掘削は超臨界水の分野も含み、広義に水の物性研究。国内では気象研究所/海上保安庁海洋情報部/産業技術総合研究所/大学/海洋科学技術センター/金属鉱業事業団等が主たる研究機関。相互の連携は比較的未熟)

(3)管理する=・海洋汚染防止/公害対策 ・大陸棚/排他的経済水域 ・海岸防災(津波など)※4

(4)広報および啓蒙=個々の機関の努力はあるが、全体として国家戦略を模索中。

地球環境の保全を睨んだ海洋開発を

海洋を国家的戦略物質ではなく、世界的共有資源との意識変革が必要だ。水は氷、液体そして蒸気へと変化しつつ移動するので境界は引けず、国際的連携で保全する必要がある。水の保全を科学・技術的側面から支援する事は最も興味深い問題の一つである。空から地上に降る水分の7割は蒸発し、3割が海に注ぐと言われ、したがって地上の水の逃げ足は速い。

海洋を保全する事は地球環境を保全する事に他ならない。地球はすなわち水半球で、太陽から海洋へ熱の注入、大気と海洋の熱交換(つまり加熱と冷却)、海中の生物群集による物質とエネルギーの上下輸送、海底熱水と海洋深層水との熱交換、マントル対流と附随する火成作用に起因する地球内部・海洋間の水の交換、等など水に支えられた巨大システムである。人類が海洋を持続的に利用するために、技術的対応が必須である。

プロジェクトを立てるために知識の整理が必要である。大気や太陽のエネルギーの加熱冷却などへの利用法。陸域の植生改良による海洋生態系の維持法。海洋生物(CO2炭素循環の主役)の海洋環境への量的関与の推定。微量物質であるダイオキシンや重金属による海洋汚染に対する浄化能力の数値限界の推定。海水表層温度を支配する海洋深層大循環を持続させるメカニズムの効率算定。火成作用の海洋環境への量的寄与の推計。複雑なシステムを把握するためには衛星技術も包含した全球的時系列計測と同時に高速計算技術を駆使する必要がある。

新たな技術的開発が必要である。逃げ足の速い水を捕捉するための冷却凝集システム。陸の植生が沿岸海洋の生態系の生殺を支配するなら、海から上流に至る水供給システムと水系に頼る生物との共生機構の創造(例えば植林や可動式溯上マス)。大気・海洋間のエネルギーと物質交換のグローバル時系列モニター機構の構築(ことに炭素循環機構の解明には荒天海域観測装置や衛星と海中ブイやAUVに拠る連携観測が必要)。微量元素が海洋循環と生物食物連鎖で移動し蓄積される連鎖系の追究(高機能小型AUV(写真参照)と衛星とのリンク追跡など)。海洋深層大循環を保持する人工的機能の設計(広域熱塩ポンプなど)。海底熱湧水のエネルギーや新物質あるいは特殊機能を有する生物生産の場としての利用法。大気・海洋エネルギーの低密度・広域での有効利用の設計(波力/温度差/熱湧水発電システムと、その動力として新物質による超低抵抗導線による電力輸送)など新たな技術的挑戦は山積する。

日本での成果を示す事から始めては如何か。技術は人類共有財産である事を示すべきである。日本から地球の環境持続メカニズム創出に先導的貢献が可能であろう。本年夏G8主催の地球観測サミットが開催され、持続可能な海洋・大気環境対応戦略が検討されるが、実行には指導的国際協力と国の一元的管理運営が必須である。

最近における海上保安庁海洋情報部発信による大陸棚画定の基礎調査の緊急性への国の対応は歯痒い。海洋開発(開発研究、環境保全あるいは海洋生産関連)の提言は複数あるが、推進役の省庁間連絡会議はほとんど無機能状態である。縦割りと利権保持を排除する強力なリーダーシップが必要と言われて久しい。この難題は日本固有とばかりは言えないが、国の安全に密接な事柄をトップダウンで運営する以外に道はあるのか?第二次世界大戦の反省は必要だが、実行力への過度の牽制は国を危うくする以外の何物でもない。産・学の有する危機意識の程度、さらに先進国の政官と日本の温度差等を総合的に識る必要もある。(了)

開発中の自立型無人潜水艇開発中の自立型無人潜水艇
開発中の自立型無人潜水艇。海の環境等を継続的にモニターする。動力源、識別能力(通信・航法・観測)、作業性能等の開発は革新的技術の粋である。開発中の海中自立ロボットは自立式鯨追尾用等この他にも多数ある。「何時でも・何処でも・何にでも」が合言葉。

※1 第27回海洋工学パネル報告:2003/1/31

※2 Our Stolen Future, T. Colborn, D. Dumanoski and P. Myers;邦訳2001

※3 Ship & Ocean Newsletter66号(2003年5月号)「海のミネラル」

※4 国の総合的施策が必要。一元的に管理する中心的官庁はない。

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