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オーシャンニューズレター

第67号(2003.05.20発行)

第67号(2003.05.20 発行)

漂流メガフロートで農業生産を ~飢餓の世紀を生き抜くために~

株式会社自然環境リサーチ代表取締役◆寺本俊彦

世界人口の急増により食物連鎖ピラミッドが崩壊し、飢餓の世紀に突入した。その解決には世界がこぞって人口削減策をとる必要があるが、それには3世代にわたる1世紀近い時間を必要とする。そうした過渡期を生き抜くために、二毛作、三毛作が可能な漂流メガフロートでの農業生産を提唱する。

1.地球上の生態系―生産者と消費者

地球上の生物のあらゆる生活活動のエネルギー源は、生物体内に取り込まれたグルコース、それに加えて植物では澱粉、動物ではグリコーゲンに含まれている化学エネルギーである。これらの物質は、もともと、緑色植物による光合成を通じて、大気中のCO2 と植物が根から吸ったH 2Oとから合成されたものである。光合成の過程を通じ、太陽放射のエネルギーは、化学結合のエネルギーに変換され、上述の各種分子の中に蓄えられる。この意味において、緑色植物は、地球生態系の中で、エネルギー生産者の役割を担っていることがわかる。これに対して動物は、自分自身への太陽放射および周辺大気からの熱伝導や放射を受けて体温を保つことに役立てながら、緑色植物が蓄えたエネルギーを消費して生活活動を行う、エネルギー消費者に過ぎない。

2.食物連鎖と生態ピラミッド

■図1 海域・陸域での食物連鎖ピラミッド
海域・陸域での食物連鎖ピラミッドの図

生産者である緑色植物を捕食する消費者を1次消費者、生産者及び1次消費者を捕食する消費者を2次消費者、以下順次に3次、4次消費者が存在し、食物連鎖系が構成されている(図1)。消費者が捕食・消化した食物の一部は体内に蓄積され、動物体の成長に寄与するけれども、大部分は生活活動に消費されてしまう。このため、動物の成長量の餌生物生産量に対する割合、すなわち、動物の生態効率は、1より小さいが、栄養段階の上位の動物ではこの値は幾分高いといわれる。いずれにせよ、食物連鎖の上で高次の消費者ほど、その生産量及び生体量は小さく、食物連鎖系は基本的にピラミッド型を保つ。

生体量は、栄養段階が1つ上がるごとに、ほぼ1/10になるといわれており、この状態が維持されていれば生態系は、安定に維持されると考えられる。海洋生態系を例にとると、植物プランクトン-動物プランクトン-小型の魚-大型の魚という食物連鎖(図1)が形成され、3~5の栄養段階が含まれると考えられている。

3.地球陸上生態系の現状

人類は、陸上生態系において、4次消費者としてこの生態ピラミッドのトップに位すると考えられている。人口60億にも達したその生体量は、平均体重を30kgとして、1.8億トンと見積もられる。これより、この系が定常的に保たれるためには、ピラミッド底層の生産者である緑色植物の生体量は、その1万倍1.8兆トンであることが必要である。しかし、現実には、これはたかだか0.8兆トンに過ぎない。この現実を無視してトップの4次消費者である人類の生物量が増えすぎたのである。ピラミッドを定常的に維持するためにはトップの人類の生物量を、言い換えると人口を、少くとも現在のそれの1/3、できれば1/10に減らすことが要求される。全世界において、1人っ子政策が、今世紀を通じて実施されるならば、世界人口はその3世代を通じて1/2×1/2×1/2=1/8に減少すると期待される。ためらうことなく、実施されねばならない。

次に、地球上の緑色植物の生物生産量と、4次消費者である人類の必要とする食糧との関係を見よう。必要食糧は、穀物換算で1人年間平均250kgとされる。全人類ではその60億倍、15億トン/年に上る。安定的な食物連鎖ピラミッドが成り立つためには、緑色植物にその1万倍、15兆トン/年の生産量が要求される。しかし、現実の生産量は1700億トン/年に過ぎない。この面から見ても、現在における世界人口が過剰状態にあることは明白である。このような非整合が生じている理由はただ1つ、4次消費者である人類が無法に増えすぎたことである。緑色植物の生産量は、それに降り注ぐ太陽放射の量に依存する。これを人為的に増やすことは不可能である。世界人口を減らしていく以外に生き残る道はない。

4.現在における農業生産の実態

無理のない農業生産を行うためには、適度の気温(20℃以上)と適度の降水(月間100mm以上)の双方の条件が満たされる必要がある。1年の内で、これらの条件が同時に満たされている月数を、温暖湿潤指標と呼ぶ。この指標の世界的分布を図2に示す。現実には、現在、穀物生産の相当な部分が、この指標が0の地域で行われており、そのおかげで、世界が極端な飢餓状態に陥らないですんでいる。しかし、そのような地域での農業では、高温期における自然の降水が不足なので、それを補うべく灌漑を、すなわち、河川水や地下水を人為的に利用せざるを得ない。これらの水には、塩分が含まれている。水分が蒸発した後、これらは農地に残留し、農地を次々に荒廃させる。さらにまた、灌漑のため、途中で取水された河川が本来流れ込むはずであった湖が干上がるという、アラル海の悲劇の多発が憂えられる。

5.メガフロートで農業生産を

世界人口の削減には、前述のように、3世代にわたる1世紀近い時間を必要とするが、その間、手をこまねいている訳には行かない。人類が現在、勝手に利用している陸地を少しでも多く自然生態系に返す必要がある。そのために、灌漑に代わる農業生産を提唱したい。

それは、海洋の表層循環、特に亜熱帯表層循環(図3)に、多数のメガフロートを自然漂流させ、その上で農業生産を行うというアイデアである。

メガフロートは数年で大洋を一巡すると見られ、その上では二毛作か三毛作が期待される。漂流させるメガフロートはなるべく分散させる。このためには、メガフロート群のコントロールのために整えられるべき、タグボート船群の力を借りる必要もあろう。

では、どのくらいの規模のメガフロートを用うるか?その昔、わが国には5反百姓という言葉があった。自立して農業で生計を立てるためには、最低5反(1500坪)の農地が必要であった。これがひとつのヒントかもしれないが、実際の検討には世界の頭脳を結集してあたらねばならないだろう。メガフロートで農業生産を実現するためには、本体の建造・運用技術、その上での農業システムおよび農作業の実施と管理のための居住システム、海洋環境の保全、国際法に係る事柄等々、いろいろな問題が複雑に絡んでくる。

しかし、飢餓の世紀はもう足下に迫ってきている。既存の陸上の土地を利用する農業だけではなく、このような新たな技術を生かした、地球の陸地環境を悪化させない耕地を創出し、それを陸上の農業を助け、補う形で実現するために、大胆な発想の転換が必要であろう。(了)

■図2 世界各地の温暖湿潤指標
世界各地の温暖湿潤指標図
■図3 北太平洋における海洋循環の模式図
北太平洋における海洋循環の模式図
K.E.:黒潮続流 K.C.:黒潮反流 S.C.:亜熱帯反流
N.E.:北赤道海流 E.C.:赤道反流 S.E.:南赤道海流 P.C.:ペルー海流

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